あっちに入りたい

 部長である堂本の話が終わり、剣道部の部員たちはスペースを取り囲むように試合が始まるのを待っていた。


「なあ、何であんなやつらと試合やることになってんの?」

「さあ。知らねーよ」


 突然部活動が中断されて愛好会との試合を見学することになったのだが、部員たちにはその理由を知らされていなかった。


「つーか、長瀬は何で愛好会側にいるんだ?」

「噂なんだけど、長瀬君を辞めさせるかどうか試合で決めるらしいわよ」


 そう言ったのは、袴姿の女子部員だ。

 女子部も合同で見学するため、練習を中断して集まっている。


「え、それ絶対確かな情報じゃん。長瀬のやつ、あっちにいるし」

「ちょっと待って。私も聞いたんだけど実は堂本さんか長瀬君かどっちを部長にするかの勝負らしいよ」


 別の女子部員が横から口を挟んだ。


「は? マジ?」

「長瀬のやつ、部長に喧嘩売ったってことか?」

「いや、詳しくは知らないけど」

「てか元々は池上君たちが長瀬君をいじめてたのが原因なんだって」

「ほんと酷いよねー」

「えっ、そうなの!?」


 男子部員は女子部員たちの話を聞いて驚いた。


「つーか何で女子部員ばっかりそんなこと知ってんの?」

「さあ。多分池上君がどっかで女子に言っちゃったんじゃないの? バカだし」

「「……」」


 副将の池上に対する女子部員からの言われようが酷く、男子部員たちは言葉を失う。


「てかさー、そんなことより愛好会に柴崎君がいるじゃん」

「そうなのよ! 噂で聞いてたけど、ほんとに試合出るみたいだね」

「やっぱりカッコいいよねー。袴姿も超似合ってるし」

「私向こうの応援しよーっと」

「あ、ずるい! 私もそうする!」


 愛好会メンバーに学園人気ナンバーワン男子の柴崎秋人がいるため、女子部員たちは盛り上がっている。


「ちょっと待てよ女子部員ども! 敵の応援してどうすんだよ!」

「別にいいじゃん。部長が長瀬君になっても私たちに関係ないし」

「そうそう。池上君のこと嫌いだし」

「てか、柴崎君がいる時点で向こうの味方に決まってるよね」

「でも柴崎君、剣道出来るのかな」

「えー。わかんないけど柴崎君負けないで欲しい」

「何て薄情な奴らだ……」


 剣道部の女子部員たちがほぼ全員愛好会の味方となっており、それ見て男子部員たちは唖然となった。


「なあ、向こうに奥山さんもいるじゃん」


 一年生の男子部員が愛好会メンバーの中にいる黒髪の女子生徒を眺めながら言う。


「あ、ほんとだ。今日も可愛いなあ」

「愛好会のメンバーなのかな?」

「マネージャーかも」

「まじかよ。俺あっちに入りたくなってきた」

「俺も」


 彼らもかなり愛好会寄りになっていた。



※※※



「あの、幸介さん。大丈夫っスかね? 俺……」


 もうすぐ試合が始まるというときになり、和也が不安げな表情を見せた。


 自分が勝たなければいけないというプレッシャーでもあるのかもしれない。


「お前が本気を出せば大丈夫だろ。ま、最悪負けてもいい」

「えっ? 俺負けても大丈夫なんスか? 何か考えでもあるんスか?」


 幸介の言葉を聞いて、和也は驚いた。


 和也の考えていることはわかる。

 唯一剣道部の和也が負けてしまうと、試合に勝つのは難しくなる。三対三なので、一回負けてしまうとあと二回とも勝たなければいけなくなるのだ。


 しかし、そんな心配は不要だ。


「大丈夫だって言ってるだろ。しかも最悪、池上のことは部長にチクったしな」

「……本当に勝つ気あるんスよね?」


 和也は先程とは別の意味で不安げな表情になった。


「ああ。お前は自分の試合のことだけ考えてろ」

「はあ……わかりました」


 和也は半ば諦めたような表情で溜め息をついた。


 そんな和也に美優が近付いて言う。


「長瀬君、そんなに心配しなくても、お兄ちゃんに任せておけば大丈夫だよ」

「……本当っスか?」

「うん。あと、秋人さんもいるし何とかなるよ」

「そうなんスか? めちゃくちゃ信頼してるんスね」

「まあね。だから長瀬君も頑張って」

「は、はい頑張ります」


 美優に激励され、和也はやる気を漲らせていた。




「そろそろ始めますよー!」


 審判の女子生徒の声が響く。


 審判は剣道部の女子がやることになっている。特に公式の試合でもないので、気楽に、しかし公平にやるように言ってある。


「じゃあちょっと行ってくるよ」


 秋人が置いてある防具を身につけようと手に取った。


「待て秋人。せっかく来てもらって悪いけど俺に行かせてくれ」

「え、幸介、出るの?」


 幸介が秋人を止めて言うと、秋人は驚いたように幸介を見る。


「ああ。出る気はなかったんだけど、玲菜が来てるからいいところを見せないといけないんだ」

「そ、そうか」

「だから集まった女子たちには適当に言っといてくれ」

「わかったよ」


 池上の悪評に加え、秋人が試合に出るという噂を軽く女子たちに流していたので、秋人が試合に出ないということになると若干申し訳ない気持ちがある。


「ってことで道着貸してくれ。上だけでいいから」

「……まあいいけど。下はいいのか?」


 幸介は黒のパーカーに、下はジャージ姿だ。


「まあ、別にいいだろ。ちゃんとした試合でもないし、何より着替えるのが面倒臭い」

「あ、そう。じゃあ」


 秋人が道着を脱ぎ、幸介に手渡す。


 秋人の上半身の肌が露わになり、それを見ていたらしいギャラリーの女子たちから「きゃ~!」と黄色い声が上がった。


「秋人さん、やばいです! 注目集めてますよ!」


 美優は笑顔を見せ、全然やばくなさそうな雰囲気で言う。


「ま、集まってくれた女子たちもこれぐらいのサービスをしておけばOKだろ」

「……いや、まあ別にいいんだけどさ」


 幸介もそれらしく対応したようなことを言うと、秋人は溜め息をついた。


 秋人は道着の代わりに幸介が脱いだパーカーを受け取り、それを羽織る。


 幸介は秋人から受け取った道着を羽織り、道着に下はジャージという何とも言えない格好になった。


「こうすけ、頑張ってね」

「おう!」


 玲菜の声援に力強く答え、幸介は防具をつけ始めた。



※※※



「お兄ちゃん、頑張ってください」

「おう。秋人、玲菜を頼む」

「了解」


 幸介に頼まれ、秋人は玲菜の手を掴んだ。


 防具をつけ終わった幸介は、竹刀を持って体育館の中央へ向かって歩いていく。


 和也はその姿を眺めながら、秋人に尋ねる。


「あの、秋人さん。幸介さんが出る気がなかったってどういう意味なんスか? 三人しかいないのに。まさか美優さんが出るんじゃないっスよね?」

「ああ、多分、もう一人来るっていう意味だよ」

「え? そうなんスか?」


 秋人の答えが意外だったので、思わず訊き返す。


 誰が試合に出たとしても剣道部に勝てるとは思えない。なので、わざわざ休日にこんな適当な試合に出させられる人にとってはいい迷惑だと思う。それなのに、まだ別の人を呼んでいるらしい。


「あの、秋人さん?」

「ん?」


 もう一度秋人に尋ねる。

 ふと和也の頭に浮かんだ疑問だ。


「何でこんな試合をすることになったのか聞いてます?」

「いや、聞いてないよ」

「マジっスか?」

「ああ」


 また秋人の答えに驚いてしまった。


 彼は理由も聞かずにこんな試合に来てくれたというのだ。自分なら試合をする理由くらいは知りたくなると思う。


「でも、多分、君を助けるためなんだろ?」

「えっ、何で分かるんスか?」

「それ以外考えられないから」

「そ、そうスか」


 彼は幸介と付き合いが長いのか、何でも分かっているという様子。


「長瀬君」

「はい」

「幸介の剣をよく見といた方がいいよ」

「えっ……?」


 まるで幸介が剣の手練れであるかのような口ぶりだ。


 幸介がまともに剣を扱うとすら思っていなかった和也は、秋人の言葉を聞いて戸惑う。


「こうすけ、勝てる?」

「玲菜ちゃん、幸介はめちゃくちゃ強いから見ててね」

「うん!」

「まじっスか!?」


 秋人の言葉を信じられない。


 幸介は細身で草食系な見た目の男子。決して強そうには見えず、頼りない印象だ。


 なので、まだ僅かに勝てる可能性のある一回戦は、何となく幸介よりも強そうな秋人に出て欲しかった。


 その秋人が、幸介を強いと言う。


 そもそも彼らが剣道の経験があるなどと思ってもみなかったし、秋人の言葉も疑いようしかない。


 剣道では勝てないから、試合をふっかけたのも何か別の狙いがあるのではないかとも考えた。


 しかし、ここに至っても本当にただ試合をするだけのようであるし、幸介も勝つつもりだと未だに言っている。


 和也は試合をする経緯や、幸介と秋人、そして美優の言動を思い返し、今になってようやくある一つの可能性が頭に浮かんだ。


(もしかして、本当に強いのか? それも剣道部に勝てるくらい……?)

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