生徒会長
幸介は和也と別れた後、校舎に向かって歩きながらポケットからスマホを取り出す。
一つの名前を呼び出して発信ボタンを押した。
『もしもし』
「どうも」
電話の相手は森川
『何かしら?』
「ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
『ちょうどいいわ。今生徒会室にいるから来て。私も話があるから』
「……わかりました」
内心面倒だと思いながらも了承した。
千里は気が強く、若干苦手なのだ。
中庭から校舎へ入り、そのまま近くの階段を上がる。そして三階にある生徒会室へ向かった。
生徒会室に着くと、軽くノックをして部屋へ入る。
部屋の中央には会議用の大きな机が置いてあり、その一つの席に千里は腰掛けて何やら書類を眺めている。部屋には他に誰もいない。
森川千里は倉科学園高校の三年生で現生徒会長。長い黒髪を後ろで束ねた清楚系美人だ。
彼女は書類仕事をするときや授業中は眼鏡をかけるらしく、それがよく似合っている。生徒たちの中には意外とファンも多いらしい。
「で、話って何ですか?」
千里の向かいの席に腰を下ろして尋ねると、彼女は書類を置いて顔を上げた。
「あなたの訊きたいことは?」
「俺のは後でいいです。すぐに終わるので」
「そう」
千里は顔を赤く染めながら視線を逸らす。
「えっと……秋人君は元気にしてる?」
千里は昔から秋人のことになるとデレる。
イケメンで完璧人間の秋人が相手だと、普段は気の強い千里でもこうなるのは仕方がないだろう。
「はあ……あいつの噂なら学校中どこに行っても聞こえてくるでしょう。なんならあいつのクラスに毎日でも見に行けばいい」
「そ、そんなこと出来るわけないでしょう! 気持ち悪がられてしまうわ」
若干面倒臭いと思った。
「じゃあたまにでも普通に会いに行けばいいだろうが。俺に毎回訊かれてもあいつの現状まで分かんないし」
千里に対しては普段は敬語を使うようにしているが、しょっちゅうタメ口が出てしまう。
以前はこのような口の利き方をすると、「私先輩なんだけど?」とよく抗議をされていたが、すでに慣れてしまったのか何も言ってこなくなった。
「そんな嘘はいいわよ。あなたに訊けば大体分かるわ」
「何だそりゃ」
内心そんなわけないだろうと突っ込みたかったが、何となく面倒臭いので反論するのを辞めた。
そして今後同じようなことを訊かれる面倒を避ける作戦に切り替える。
「でもあいつもたまには千里さんに会いたいって言ってましたよ」
「えっ!? 本当!?」
「間違いなく本当です」
嘘だけど、と思いつつそう答えた。
千里はこういう言葉を期待して彼のことを訊いてきているので、この程度の嘘ならついてもいいと思う。
「ど、どうしよう。まさかそんな……じゃあ会いに行ってみようかしら」
千里は両手で赤くなった頬を抑え、ぶつぶつと呟く。
「……で、本題は?」
「え……? ああ、そうね」
呆れながら尋ねると、千里は我に返って「こほん」と咳払いをした。
「じゃ、じゃあ言うわね。単刀直入に言うと、あなた生徒会に入らない? 色々と人手が足りないのよ」
「何で俺が?」
「暇そうにしているからよ。あと、あなたに頼みやすいっていうのと、適任だから、かしらね」
「俺が生徒会に適任だと思うやつなんていませんよ」
幸介は普段何事もやる気がなく、授業は眠ったりぼーっとしながら過ごしている。テストも毎回赤点ぎりぎりだ。
落ちこぼれの自分が生徒会に適任だと思う生徒などいるわけがない。
「普通の生徒たちから見ればそうかもしれないわね。でも、私はあなたのことを評価しているから」
「千里さんにそう言われるとは光栄ですね。でも、見た目より暇じゃないんですよ」
たかが高校の生徒会などどうでもいいし、興味があるはずもない。幸介にはやることがある。
「それはニュースを見ていればわかるわ。でもあなたがやろうとしていることなら、もう辞めておきなさい」
千里は全てわかっているかのようにそう言った。
彼女は沙也加の小学校からの同級生であり、沙也加とは昔から仲が良い。当然幸介のこともよく知っている。
「……何故ですか?」
「何も残らないからよ」
「少なくとも、命を奪われずに済む人たちはいますよ」
「私はあなたたちのことを言ってるの」
幸介は少し黙り込んだが、再び口を開く。
「じゃあ、助けられる人を見捨てろって言うんですか?」
「そうじゃないわ。助けられる人は助けた方がいい。でも、あなたの目的はそんなことではないでしょう?」
「……」
また黙り込む幸介に千里は続ける。
「私はあなたと、あなたの目的に協力している美優ちゃんのことを心配してるの。そしてもちろん、沙也加や秋人君のこともね」
幸介たちの過去を知っているこの人は、幸介の本当の目的もわかっている。
「美優は全て分かった上で付いてきてくれてるんですよ」
「だとしても! 私はあなたたちの未来を大切にして欲しいのよ!」
声を荒げる彼女は、本当に心配してくれているのだと思う。
沙也加や美優のことを思いやってくれる彼女の存在は本当にありがたい。
しかし、少なくとも自分に対してはその心配はいらない。
「千里さん、俺は『あいつ』がいない未来なんて考えたことがないんですよ」
「……!」
千里は愕然とした表情で幸介を見る。
少しの間、沈黙が流れた。
「……じゃあ、沙也加や美優ちゃんはどうなるの?」
千里は恐る恐るという様子で尋ねてきた。
「美優は、多分……俺がどうなっても付いてくるでしょうね」
「……沙也加は?」
「……分かりません。ただ、もし俺が居なくなったとしても、秋人に全て任せておけば大丈夫ですよ」
「そんなわけない! 分かってるでしょう!?」
「……千里さん、もう勘弁してください」
その言葉を聞いた千里は何も言い返して来なくなった。
説得は諦めたのか、千里は「はあ」と溜息を吐く。
「まあいいわ……で、あなたの訊きたいことって何?」
ようやく千里の追求が終わったので、こちらの用件を切り出すことにする。
「部活動のことについてです」
幸介は剣道部の現状を説明し、必要事項を確認した。
「わかったわ。あなたの言う通りで大丈夫よ」
「そうですか。ならいいです」
「それにしても、あの剣道部がそんなことになっていたなんて、生徒会の誰も気づいていなかったわ。本当にごめんなさい」
「それは仕方ないですよ。教師も恐らく気づいてないし。美優だからこそですかね」
「……そうね」
彼女は美優の能力についても知っているので、それ以上は訊いてこない。
「じゃあもう行きますね」
幸介はそう言って立ち上がる。
「その剣道部の子のこと頼むわね」
「わかりました」
幸介は生徒会室を後にした。
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