妹のクラスメイト

 昼休み。

 幸介は一階の教室前の廊下へやって来た。


 ちなみに弁当は四限目の授業中に完食済みだ。


 幸介と美優は教室とは反対側の窓の外に目を向ける。


「あの男の子です」


 美優の視線の先を見る。

 ここから少し離れた、中庭の隅の辺りだ。


 一人の男子生徒が三人に囲まれているのが見える。先日美優が言っていた、恐喝されているらしい彼女のクラスメイトだ。


 見るからにそれらしい現場だ。彼は毎日のようにあのように囲まれ、何か因縁をつけられているのかもしれない。


「ん? あいつは……」


 三人に囲まれている男子生徒を見て、あることに気付いた。


「お兄ちゃん、知ってるんですか?」

「多分知ってるが……知り合いじゃない」

「……?」


 美優が不思議そうに首を傾げる。


「まあ、ちょっとな。とりあえずあいつの視界を見せて」

「了解です」


 人通りのないところまで行くと、美優の手を取って目を閉じる。


 美優が意識を集中し始め、頭の中に男子生徒の視界が映し出された。


 目の前には、三人の上級生らしい生徒の姿があった。


 三人とも名前は知らないが、真ん中の短髪を立てた男は幸介と同じ二年生だったと思う。


 彼はいかにも意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。


 美優のクラスメイトである男子生徒は、購買で買ってきたらしいいくつかのパンを目の前の上級生たちに渡した。


 どう見てもカツアゲだ。

 それも毎日となるとタチが悪い。


「もういいよ。とりあえず一人で行って来る」

「分かりました」


 美優をそのまま廊下に残し、一人で校舎の裏口から中庭へ出た。


 中庭は庭園のようになっており、緑の木々が立ち並んでいる。芝生が一面に敷かれ、ベンチも複数並んでいる。中央にはテーブルが置かれた屋根付きのスペースが一つある。


 そんな中庭の隅の方を見ると、すでに上級生の三人は校舎内へ戻っていったところだった。


 残った美優のクラスメイトは一人座り込んでいる。茶髪に金メッシュが入った小柄な男子生徒だ。


「よう。君、長瀬和也君だろ?」


 幸介が男子生徒に近付いて声を掛けると、彼は驚いたように見上げる。


「えっ……? ああ、そうっスけど。えっと……」

「俺は二年の奥山幸介だ。よろしく」


 彼のそばにしゃがみこんで自己紹介をした。


「はあ。奥山さん……? ですか。俺のこと知ってるんスか?」

「ああ、まあな。だって有名だろ?」

「いや……そんなバカな。俺のことなんて誰も知らないっスよ」

「でも長瀬君、剣道の中学大会の優勝者じゃん」

「……!」


 和也はまた驚いたような表情になった。


 去年の剣道の中学大会個人優勝者、長瀬和也。幸介は彼の試合を見たことがある。


 その彼が同じ高校に入学していること、美優のクラスメイトであることは偶然だ。


「そ、そんなこと、同年代の剣道やってる人くらいしか知らないっスよ。逆に先輩が俺のことを知ってるほうがびっくりです」

「ん、まあちょっとな。で、長瀬君、何か悩みごとがあるんじゃない?」

「いえ、まあ……そうっスね」


 和也が事情を話し辛そうにしているので、幸介から切り出すことにする。


「さっき君に絡んでたやつって、二年のやつだろ? 名前知らないけど」

「見てたんスね……あれは剣道部の先輩で、真ん中にいたのが池上さんって人です。団体戦で副将の人なんスけど、何か俺のこと気にくわないみたいで……」

「なるほど。妬んで突っかかってきてるのか」

「まあ、そうかもしれないっスね」


 和也はそう言って俯く。

 池上の思惑を何となく察していたのだろう。


 和也は剣道の中学大会の個人優勝者。

 彼の実力は、恐らく高校の剣道部では団体戦のレギュラーになれる。


 そして自分より実力が上かもしれない新人の後輩を、池上は妬んだ。


 自分の立場を脅かす優秀な者を排除しようとするのは、どの世界にもあることだ。


「でも長瀬君のほうが強いんじゃないの? やっつければ?」

「そっ、そんなの無理に決まってるじゃないっスか! ここの剣道部は強豪ですし、相手は池上さんだけじゃないんスよ? 一人じゃどうにも出来ないっスよ」


 確かに先程も彼は三人に囲まれていた。


「まあ、そりゃ一人じゃきついか」


 倉科学園の剣道部は全国大会常連の強豪だ。毎年、団体戦では良い成績を残している。


 さらに現部長であり団体戦大将の堂本は、去年の高校大会個人準優勝者だ。学校で表彰もされて話題になっていたため、現在の二年生以上なら大体は彼の顔を見たことがある。


 しかし、厳格そうな堂本がこんな下級生イビリに参加しているとは思えない。


 先程和也を囲んでいた中心人物らしき男が副将の池上であることから見ても、部長の目が届かないところで下っ端が悪さをしているといったところだろう。


「だからって、剣道はやめたくないっていう気持ちもあって……」

「まあ、そうだろうな」


 彼が今まで続けてきたことだし、実力もある。本当に剣道のことが好きなのだと思う。


「っていうか俺は剣道の特待生でこの学校に入学してるので、簡単には辞められないんです」

「なるほど。八方塞がりだな」

「はい。それに、嫉妬されてること自体もそうですが……」

「カツアゲのほうが問題か」


 和也は再び驚いたように幸介を見る。


「えっ、それも知ってるんスか!?」

「ああ。意外に目撃者がいるっぽいぞ。何かその辺のやつがそんな話をしてた気がする」


 まさか美優の能力で覗き見たとは言えないので、適当にごまかした。


「マジっスか。そうなんですよ。正直そっちのほうがきついっス。今日もパンを買いに行かされましたし……」


 和也はまた俯く。


「うち、そんな裕福でもないのに、せっかくくれたお金を取られてるとなったら親に顔向け出来ないっスよ……」

「それは大問題だな」

「はい……」


 親に顔向けが出来ない。

 両親を思いやるような発言を聞いた幸介は、しばらく考える。


「分かった。俺に任せろ」

「え……?」


 幸介の言葉を聞いて、和也はまた驚いていた。


 彼を助けようと思ったが、今回は能力を使って解決するわけにはいかない。


 能力を使って敵の記憶を消し、人格を消す。それをやるほどの相手ではないとも言えるし、何より同じ学校の生徒に能力を使うのはリスクがある。和也から事情を聞いてしまった後となればなおさらだ。


 幸介の頭には、ある別のプランが思い浮かんでいた。


 ただ単に、彼をこの状況から逃れさせるだけのものではない。


 彼の剣を見たことがあるからこそ思いついたプランだ。

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