早く恋人を作りやがれ

 今朝のニュースには連日当たり前となっている記憶喪失事件の発生報道はない。極一般的なニュースばかりだ。


 昨日は美優が一日眠っていたため、日課としている巡回をしなかった。


 美優がお粥を食べて眠った後、幸介は沙也加と二人でゆっくりと過ごした。



 幸介はテレビの音を聞きながら、沙也加が作った朝食を口へ運ぶ。


 焼き鮭に目玉焼きに味噌汁といった普通の朝食だ。


「どう?」

「……美味いよ」

「良かった」


 沙也加は作った料理については毎度味の感想を求めてくる。昔、散々彼女の料理を貶したせいかもしれない。


 沙也加は向かいに座り、同じように朝食を食べ始めた。


「今日は学校行くの?」

「うん。今日は午前中だけね。だから一緒に行こ」


 沙也加は笑顔を向けながら言う。


「ああ。久しぶりだな、一緒に行くの」

「そうだね。あ、お弁当も作ってあるから」

「おう。サンキュー」


 そんな会話をしていると美優がだらだらと起きてきた。


「美優、もう大丈夫なのか?」

「はい。大分良くなりました」

「よかったね。美優ちゃん、ご飯食べる?」

「あ、頂きます」

「はーい」


 沙也加は立ち上がり、キッチンで美優の分の朝食も用意し始めた。


 隣の椅子を引いて腰を下ろした美優に、先程沙也加にしたのと同じ質問をする。


「美優、今日は学校はどうする?」

「もう大丈夫なので行きますよ」

「じゃあ三人で一緒に行くか」

「はい」


 美優の分の朝食はすぐに出来上がり、三人で一緒に食べた。


 沙也加は最近までは仕事が忙しく、学校にもあまり行っていなかったので、朝食も別々になることが多かった。しかし今後は仕事の休みが増えるようなので、学校にも行けるし、朝食も一緒に食べることが出来そうだ。


 美優は普段通り、朝食を全て平らげていた。


 妹の元気そうな様子を見て安心した。


 朝食を食べ終えると、三人はしばらくの間リビングでくつろいだ。


 その後、それぞれ制服に着替え、学校へ向かうためにマンションの部屋を出た。


 幸介たちが住む部屋は二十階建てのそれなりのマンションの十五階で、セキュリティも万全だ。


 ちなみに家賃や生活費を支払っているのは沙也加で、部屋の名義人は秋人の母親。


 エレベーターを降りてマンションを出た。


 のどかな住宅街を歩いて学校へ向かう。


 右腕にはいつも通り美優がしがみついており、その隣を沙也加が歩いている。


 学校はマンションから歩いて十五分程度の距離にある。


 学校に近付いてくると、見知った人物の姿が目に入った。


「あれ秋人さんじゃないですか?」

「あ、ほんとだね」


 少し先に歩いている秋人を発見して美優が言うと、沙也加もその姿を確認して頷く。


 秋人の家は幸介たちのマンションより少し学校まで距離がある。そのため、彼は普段は最寄りの駅から電車で通っている。


 たまに学校の近くまで自家用車で送って貰うこともあるが、目立たないように途中からは歩いて登校している。


 今日は電車だったのだろう。来た方向が駅からのようだ。


 沙也加が秋人に声を掛けようと動き出す。


 それほぼ同時に、一人の制服姿の女子が現れ、彼に近付いていった。


 ベージュのブレザーに、灰色が主体のチェックのスカート。倉科学園、つまり同じ学校の制服だ。


「あ、あの、これ読んでください」

「ああ、ありがとう」


 何やら手紙のようなものを渡され、秋人がそれを受け取っている。


 その後、制服の女子は小走りで学校の方へ行ってしまった。


 それを見送ってから、三人は秋人に近付く。


「おはよー、秋人君。相変わらずモテるね」

「ああ、沙也加さん、おはよ。これは……まあ、そだね」

「ちっ、早く恋人を作りやがれ」


 沙也加の言葉を否定しない秋人を見て、幸介が不貞腐れながら言う。


「私はお兄ちゃんの味方ですよ」


 隣にいた美優が笑顔を向けてきた。


「わーん。美優ー、お前は何て可愛いんだ」


 涙を流しながら美優抱きしめると、彼女は「よしよし」と幸介を抱きしめ返した。


「美優ちゃん、体調はもう大丈夫なの?」


 幸介に抱きしめられたままの美優に秋人が尋ねる。


「はい、もう大丈夫です。秋人さん、心配してくれたんですか?」

「ああ、そりゃ心配だったよ。今日休んでたらお見舞いに行こうと思ってたし」

「本当ですか? 秋人さん、優しいし大好きです」

「おい、美優。俺の味方じゃなかったのか?」


 腕の中で秋人に笑顔を向ける美優を、半眼で見る。


「もしかして嫉妬ですか? 心配しなくても一番はお兄ちゃんですよ」

「それなら許す」


 美優の頭を撫でると、彼女は「えへへ~」と微笑んだ。相変わらず可愛い妹なので安心した。


「秋人君も一緒に行こ」

「うん、そうだね」


 沙也加と秋人は、熱愛の兄妹を置き去りにして学校へと歩いていった。



 しばらく歩くと、数分程で学校に着いた。


 校門をくぐると、立ち並ぶ木々が校舎まで続いている。


 沙也加と秋人の後ろを、幸介と右腕にしがみついたままの美優が歩く。


 沙也加とはもちろんのこと、秋人と一緒に登校するのも久しぶりだ。


 周りを歩く生徒たちの視線を感じるが、沙也加や秋人がいるせいだろう。


 現役女子高生女優の沙也加が普通に朝から登校してくるだけで珍しいし、その隣にいるのが学園人気ナンバーワン男子らしい秋人だ。


 彼らはその場にいるだけで注目を集める。


 中には声を掛けてくる生徒もいたが、秋人が笑顔を崩さず、それでいて適当にあしらっていた。


 沙也加は昨日のクラスメイトたちの反応を見る限り、高校生にもかなりの人気があるようだ。


 何か面倒なことが起きないとも限らないが、今日のところは秋人に任せておけば問題ないだろう。



 幸介と美優は二人の背中を眺めながら、校舎へと続く道を歩いた。


 玄関に入り、靴を履き替えると、四人はそれぞれの教室へ向かう。


「あの、お兄ちゃん。あの件お願いしますね」

「ああ、任せておけ」


 美優が風邪を引いていたことで一日遅れてしまったお願いの件だ。


 美優は安心したように笑顔で「はい」と言って、教室へ向かっていった。

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