愛する妹

 昼休みが終わった後、幸介と沙也加は午後の授業を受けずに学校を出た。


 二人でゆっくりと帰路を歩き、途中にあるスーパーで軽く買い物をしてから帰宅した。


「ただいまー」


 沙也加が玄関から帰宅を知らせるが反応がなく、幸介と沙也加はそのまま美優の部屋へ直行する。


「ただいま。美優、大丈夫か?」

「……お帰りなさい。お兄ちゃん、沙也加さん、早かったですね」


 パジャマ姿の美優はベッドから起きて立ち上がり、ゆっくりと近付いてきた。


「お前が風邪引いて寝込んでるから早く帰ってきたんだよ」

「……嬉しいです。お兄ちゃん、ずっとそばに居てください」

「ああ、もちろん」


 フラフラと美優がしがみついてきたので、彼女の頭を撫でながら答えた。


「美優ちゃん、お腹減ってるでしょ? すぐお粥作るね」

「はい、ありがとうございます」


 沙也加は「はーい」と答えて美優の部屋を出て行った。


 沙也加がお粥を作ると聞いて、幸介は少し不安になった。


 昔、幸介が風邪をひいたときに沙也加がお粥を作ってくれたことがあったが、酷い出来だったのを覚えている。


 先程の沙也加の弁当は美味しかったし、彼女の料理の腕は大分ましになっていることは分かっているのだが、昔を思い出すと何となく不安が拭いきれない。


 美優はそれを味わったことがないので、あまり気にしていないようだ。


「意外と元気そうだな」


 美優の頭を撫でながら言う。


 彼女がいきなり体調を崩したのは、昨日の夜、薄着していたせいだろう。


「薬を飲んで寝てたら少し楽になってきたんです。まあ元々そんなに酷くはなかったんですけど」

「そうか」

「なので、もう大丈夫ですよ」


 美優はそう言うが、まだ完全に治ったわけではないのだろう。少し辛そうだ。


「あまり無理をするな。もう少し寝てろ」

「じゃあ寝るのでお兄ちゃんもベッドにいてください」

「ああ」


 美優に腕を引かれ、ベッドに移動する。

 幸介がベッドに腰掛けると、美優はごろにゃんとしがみついてきて、幸介の太ももに頭を乗せて寝転んだ。


 幸介は嬉しそうに自分にしがみついている美優の頭を撫でながら、しばらくの時間を過ごした。


「美優ちゃん、お粥出来たよー」


 沙也加が再び美優の部屋に入って来た。

 いつの間にか制服から着替え、薄いピンクのフード付きの部屋着にエプロンをつけている。


 沙也加はお粥を乗せたお盆をテーブルに置き、そのまま腰を下ろした。


「ん……ありがとうございます。頂きます」


 美優は起き上がると、ベッドのそばの座布団に座り、沙也加が作ったお粥を食べ始めた。


 幸介もベッドから降り、美優の隣に腰を下ろす。


「美優ちゃん、どう?」

「……美味しいです」

「そう。よかったー」

「沙也加、お前最近どうしたんだ!?」

「どういう意味!?」


 幸介が大袈裟に驚くと、沙也加が手を腰に置いてぷんすかと口を尖らせた。


「俺の分は?」

「あんたはさっきお弁当食べたでしょ?」

「そうだった。お粥が美味いのが意外過ぎて忘れてた」

「は!?」

「ごめんなさい。冗談です」


 最近の沙也加の料理の腕からすれば意外でもないのだが、ときどき彼女に対してのお約束のノリが発動する。


「お弁当、沙也加さんが作ったんですか?」

「そうだよ。美優ちゃんが寝込んでたから。あ、そうそう。教室に持っていったら、幸介が可愛い女の子にお弁当を貰ってたよ」

「えっ……?」


 沙也加がにこにこと笑顔で言うと、美優はお粥を食べるのをピタリと止めた。


「げっ……余計なことを……」

「お兄ちゃん、どういうことですか?」

「まあ待て、美優」


 冷たい視線を向けてくる美優が怖い。そして可愛い。


「いつの間に女の子とそんな関係になってるんですか?」

「いつって……今日だな」

「今日ですか。私が寝込んでるときにそんなことをしてたんですね」

「そんなことってどんなこと? っていうか、何もしてないぞ。昼飯がなくて仕方なく寝てたらいつの間にかそうなってたんだ」

「何ですかそれ。寝てるだけでそんなことにならないでしょう」

「それがなったんだよなー、なぜか。それに腹が減ってたんだから弁当を貰うしかないだろうが」

「食堂とか購買があるじゃないですか」

「財布を忘れて金がなかったんだよ」

「むぅ……まあそれなら仕方ないですね……」


 美優は再びお粥を食べ始めた。


 彼女に浮気の追求のようなことをされるのは、以前から結構ある。


「あ、美優ちゃん。幸介がね、女の子たちのことを下の名前で呼んでたよ」

「え……?」


 美優が再び食べるのを止めて幸介に視線を移す。


「沙也加、お前はなぜ美優に全部チクるの?」


 沙也加は特に悪びれる様子もなく、にこにこと笑顔を浮かべている。彼女の料理の腕をバカにした腹いせかもしれない。


「はあ……お兄ちゃんがたった一日で女の子とそこまで進んでしまうなんて、私は悲しいです」


 美優はあからさまに悲しそうな表情を浮かべ、涙を拭うような仕草をし始めた。


「おい沙也加、お前のせいで美優が泣いたぞ」

「幸介がそんなことをするからだよねー」

「そうです」

「俺が何したっていうの?」

「自覚がないなんてタチが悪いですね。で、それって誰なんですか?」

「夕菜ちゃんと愛梨ちゃんっていう子だよ。二人とも可愛かったよ」

「ああ、あのいつも一緒にいる二人ですね。可愛いですよね」


 美優は冷たい視線を幸介に向けた。


「まあ、確かに可愛かったな。弁当を貰おうとしたらクラスの男どもが騒がしかったし」

「うえーん。もう泣きます!」


 また美優が泣く仕草をし始めた。

 女子を名前で呼び、可愛いと認めたことに対する抗議らしい。


 美優は「……ぐすん」と涙を浮かべている。若干本気なのかもしれない。


 幸介はキリッと真剣な表情を作り、美優の肩に手を乗せ、真っ直ぐに目を見つめながら言う。


「落ち着け、美優。俺はお前を愛している」

「うっ……! それなら別にいいですけど!?」


 美優は頬を赤く染めて狼狽える。どうやら機嫌も直ったようだ。大体いつもこのように収まる。


「美優ちゃん、お粥食べたらもっかいちゃんと寝なきゃだめよ」

「はい。あ、ごちそうさまです」


 沙也加は「はーい」と言って、美優が食べ終えたお粥の器をお盆に乗せて立ち上がった。


「よし、じゃあちゃんと寝るんだぞ」

「待ってください。お兄ちゃん、眠るまで一緒に居てください」


 沙也加と一緒に部屋を出ようと立ち上がったところ、美優に引き止められた。


「しょうがないな。特別に添い寝してやろう」

「添い寝はいつものことですが、嬉しいです」


 幸介がベッドに横になると、美優は隣に寝転んでしがみついてきた。


 頭を撫でると、美優は嬉しそうに微笑む。


 しばらくの間そうしていると、彼女の寝息が聞こえてきた。

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