1日の終わり

 女性を襲っていた男の記憶を消してから三時間程が経過し、美優の能力を使っての巡回を切り上げた。普段に比べて早めの終了だ。


 幸介はベッドに仰向けに倒れ込むと、「ふう〜」と大きく息を吐いた。


「お疲れ様です」


 後ろ向きに座っていた美優が振り返り、幸介を労う。


「ああ。お前もな」


 今日は恐らく殺害されそうになっていた一人の女性を助けることが出来た。その他にも、スーツ姿の男性に暴力を振るっていたいかにも悪そうな風貌の二人の男の記憶を消した。


 その結果についてはよかったと言える。


 ほぼ毎日この作業をしていても、助けられない人たちはいる。それは、自分たちの能力による救済が完璧ではないからだ。


 美優の能力で幸介が『視覚同調』している人物かもしくは幸介自身の眼を見ている者にしか『記憶消去』は使えない。


 普段はランダムに同調する対象を切り替えているので、タイミング良くそういう場面に出くわすとは限らない。


 しかし不完全な救済ではあるが、犯罪者を抑制する抑止力にもなるはず。実際に恐怖を感じている者もいるらしい。


 幸介がベッドの枕元に頭を置いて仰向けに寝転がってぐったりしていると、美優が隣に並んでぴったりとくっついてきた。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 何かをねだるような上目遣いをしているので、いつも通り右腕を伸ばして腕枕をしてやる。


 美優は嬉しそうに幸介の腕に頭を乗せると、さらに強くしがみついてきた。


「さすが。わかってますね」

「まあ、いつものことだからな」

「そうですね」


 左手で美優の頭を撫でると、美優は嬉しそうに頬を赤らめた。


「今日は沙也加は遅いのか?」


 もう一人の家族がまだ帰宅していないようなので、それを気に掛けて尋ねた。


「沙也加さんなら今日は遅くなるって言ってましたよ。帰りはいつも通り、莉子さんが車で送ってくれるそうです」

「そうか」

「それにちょくちょく覗いてるので大丈夫ですよ」

「わかった。ならいい」


 美優は身近な人間や守るべき対象を優先して監視している。


 何かあった場合にすぐに対応出来るよう、幸介がそう指示している。


 それは犯罪絡みではなくても、例えば事故や災害などでも効果を発揮する。


 幸介たちが日課としている巡回をする際、美優は通常、自動的に頭にインプットされている人物の中からランダムで『視覚同調』する対象を切り替えている。


 この場合、顔を見たことがあるという実績のみを必要とし、意識的に顔を覚えている必要はない。


 しかし意識的に顔を覚えている場合、その人物を特定して視覚を同調することが出来る。


 なので身近な人間を監視することができるし、監視したい人物がいれば顔を覚えておけばいい。


 要するに美優の能力は有能過ぎる。

 その有能さを幸介が羨むこともあった。



 最近では三ヶ月前、美優の高校入試。


 美優は元々頭は良く、成績は恐らく学年で十番以内程度には入る。


 しかしどうしても合格を確実なものにしたかったため、試験で能力を使用した。


 分からない問題や不安な問題があれば、目に映る周りの受験者たちの視界を覗き見た。


 彼らの答案を見れば答え合わせも出来るし、分からない問題も何人かの答案を見れば答えが分かる。


 そのことにより、首席合格という桁外れな結果を残した。


 幸介が「お前、限度を知らなさ過ぎるぞ」と言うと、「えへへ〜、やり過ぎちゃいました」という答えが返って来た。そして「どうしてもお兄ちゃんと一緒の高校に行きたかったんです」という可愛い言い訳が続いた。


 何とも可愛い妹だと思うと同時に、羨ましい能力だと思った。



「っていうか、お兄ちゃん、寒いです。暖めてください」


 美優は白のタンクトップにショートパンツという格好なので、寒いのも頷ける。


「そりゃそんなカッコしてたらな」


 そう言いながら左腕で美優の肩を抱く。


 美優は満足そうに微笑み、目を閉じた。このまま眠るつもりなのかもしれない。


 足元に丸まっていた布団を引き寄せて掛けてやり、再び美優を抱き寄せる。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「私はお兄ちゃんと一緒にこの世界に来て良かったです」

「そうか」


 美優と初めて出会ったのはまだ小学生のときだ。それ以来、彼女は眠るときはほとんど幸介の隣にいる。


 二人きりで一日の大半を過ごすことも多かったためか、幸介にべったりの妹になってしまっている。


 幸介もそんな妹が単純に可愛いと思うし、幸介自身、彼女と一緒に眠ると安心する。


 しばらく後。


「沙也加さん、帰って来たみたいです」


 美優はそれだけ告げると、そのまま眠りに就いた。

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