気になるクラスメイト

 数時間前。


 倉科駅から電車で数分の某駅前に四人の男達が降り立った。


「おお〜! 可愛い子がいっぱいいるぞ!」

「さすがギャル女子校が近いだけあるな!」


 感動する西野に亮太が同意した。


 辺りには制服を着崩した華やかな女子たちがわんさかと歩いている。近くにある女子校の生徒たちだ。


「おい。どうするよ? 亮太」


 西野が歩く女子たちにだらしない視線を彷徨わせながら尋ねてきた。


「落ち着け。まずはいけそうなやつを見定めて……」

「そんなこと言ってる間にもう清水のやつが声掛けに行っちゃったけど?」


 呆れ顔の伊藤が指差す方向を見ると、既に清水が近くの金髪ギャルに声を掛けるところだった。


「よーよーお姉ちゃん。俺と一緒にホテルいかない?」

「は!? ふざけんな!」


 バシッ。痛烈な音が鳴り響いた。


 思いっきり平手で殴られ、清水の眼鏡が吹き飛んだ。


「くっ……痛え……!」


 手の形に赤くなった頬をさする清水。


 金髪ギャルはぷんすかと怒りながら、すたすたと行ってしまった。


「……お前バカなの?」


 亮太が呆れていると、清水は無言で眼鏡を拾い上げ、すっと掛け直す。


「まだだ……!」


 真剣な目でそう言うと、また近くにいる派手な女子に声を掛けに行った。

 その凛々しい後ろ姿を、亮太たちは感心しながら黙って見守る。


「ねーねー、俺と一緒にホテルでも……」

「死ね!」


 バシッ。

 先程と反対側の頬にも赤く手形がついた。

 再び清水の眼鏡が地面に落ちた。


「……なあ。お前、大丈夫か……?」

「俺は諦めん!」


 西野が心配するも気にも止めず、眼鏡を拾った清水は何かカッコいいセリフを言いながら歩いていく。


 その後ろ姿を、亮太たちは無言で見送る。


「ねー、俺とホテル……」

「きゃああ!」


 バシッ。

 また殴られた。

 しかし彼はすぐさま次に通りかかった別の女子に声を掛けた。


「ねー、俺と……」


 バシッ。


「「「…………」」」


 唖然と清水を見る亮太たち。


「ぐすん……」


 清水は地面に手を付いて項垂れ、涙を零した。


 その涙を見て亮太たちのやる気は著しく下がり、しばらくの間、言葉を発する者は誰もいなかった。



※※※




「ただいまー」

「あ、夕菜、おかえり~」


 夕菜が帰宅を知らせると、奥から母親の声が聞こえてきた。いつも通りのほんわか声だ。


 普段通りの声に安心しつつ、リビングの扉を開ける。


 母親は一人ソファに座ってテレビを見ていた。


 母親が見ているのは、ドラマ『戦乱のラブレター』。この春から始まった新ドラマだ。昨晩録画したものを見ているのだろう。


 高校生の少年が戦国時代にタイムスリップし、そこで出会った女剣士と恋に落ちる――という内容だ。


 母親はこのドラマをかなり好きなようで、毎週欠かさずに見ている。全話録画して見直す程だ。


 母親があまりに勧めてくるので夕菜もとりあえず第一話を見てみたのだが、予想以上に面白く、自分も毎週見るようになった。



 夕菜は鞄を適当に置くと、乾いた喉を潤すため、ダイニングへとやってきた。


 冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出してグラスに注いでいると、母親が話しかけてきた。


「ねえ、このヒロインの平峰沙也加って、倉科学園なのよね?」

「ああ、そうみたいね」


 ウーロン茶を一口飲んで、母親の質問に答えた。


 平峰沙也加は、二年前に高校一年生でドラマデビューした女優だ。


 その類い稀なる容姿と演技力で、あっという間に人気女優となった。『戦乱のラブレター』では、ヒロインの女剣士役を演じている。


 倉科学園に入学して、すぐさま彼女が同じ高校の先輩だと知った。しかし、友達からは色々と噂を聞くものの、この一年間実際に本人を見たことはない。どうやら女優の仕事が忙しいらしく、あまり学校には来ていないのだそうだ。


「あんた、会ったことないの?」

「うん。あんまり学校には来てないんだって」


 もちろん夕菜は彼女に会ったことなどない。


「そうなんだ……残念。サインもらってきて欲しかったのに」

「話したこともないのにそんなもん頼めないわよ」

「え〜。じゃあ学校来たらお話して仲良くなればいいじゃない?」

「いや、無茶言わないでよ。先輩だし、有名人なのよ。サインなんか山ほど頼まれてるだろうし」

「そっかあ……」

「っていうか、そんなに好きだっけ?」


 母親の本気で残念そうな姿を見て、夕菜は呆れながら尋ねる。


「うん! 好きになったの! 綺麗だし、演技もすごく上手いじゃない!? それでね、刀を持って戦うシーンが、めちゃくちゃカッコ良くて最高なのよ!」


 確かにそれはわかる。『戦乱のラブレター』では、ヒロインの女剣士である沙也加の戦闘シーンが数多くある。彼女はその剣で主人公を守って戦い、絶対絶命のピンチもその剣で切り抜ける。その姿は信じられないくらいにカッコ良いのだ。


「そ、そう……まあ、サインは話す機会があったらね」


 嬉しそうに話す母親を見て、夕菜は若干引き気味に答えた。


「うん、お願いね」

「あまり期待しないでよね」


 平峰沙也加とは一切関わりがない上に、全く話をする当てもない。彼女は一つ上の先輩だし、そもそもあまり学校にも来ていない。母親の期待に応える気は全くなかった。


 ウーロン茶を飲み終えると、リビングを後にして二階に上がる。


 二階の奥にある自室へ入ると、鞄を適当に置いて制服のままベッドに倒れこんだ。


 一人のクラスメイトのことが頭に浮かぶ。


 夕菜は愛梨の言う通り、幸介のことが気になっていた。


 ベッドに寝転がりながら、一週間程前に幸介が不良たちから助けてくれたことを、また思い返した。


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