可愛い友人

 帰りのホームルームが終わった。


 部活に行く者もいれば、いそいそと帰宅する者、友達と寄り道がてら遊びに行く者など様々だ。教室に残り、友達とおしゃべりする者もちらほらいる。


 夕菜はいつも通り、愛梨と一緒に教室を出た。


 倉科学園の二年生の教室は二階にある。一年生の教室は一階、三年生の教室は三階という配置だ。


 突き当りにある階段に向かう途中、廊下の窓側半分を塞ぐ騒がしい集団が目に入った。一人の男子生徒が三人の女子に囲まれている。


「ねえ秋人君、帰りカラオケ行こうよ。部活が終わるまで待ってるから」

「いいよ。じゃあみんなも誘っていこっか」


 女子生徒の誘いに対し、男子生徒は爽やかに微笑みながら答えた。


「え~。たまには二人きりでいいじゃない? ね?」

「何を言ってるの? 柴崎君は今日は私の買い物に付き合って貰うのよ」

「あんたの買い物なんて知らないわ」

「待ってください。今日は私の家に秋人君を招待するんですよ」

「は!? バカなこと言わないで」

「あなた柴崎君を家に連れ込んで何する気!?」

「あなたたちには関係のないことです」

「まあまあ、じゃあ今日はみんなでカラオケってことで。買い物も今度付き合うからさ」

「私の家は!?」

「「行くわけないでしょ!」」


 三人の女子の中の誰が一人の男子と放課後を過ごすかという言い争いをしており、その男子が適当に話を纏めていた。


 彼の名前は柴崎秋人。夕菜や愛梨たちのクラスの二つ隣である、二年A組の男子生徒だ。


 明るい髪に整った顔の彼は、女子たちに爽やかな笑顔を見せている。


 容姿端麗だけでなく成績は常に学年トップで、さらにスポーツ万能。現サッカー部のエース。誰にでも愛想良く話し、人気者という完璧人間だ。


「秋人君、じゃあねー」

「ああ。宮里さん、さよなら」


 すれ違いざまに愛梨が愛想良く手を振ると、秋人が小さく手を挙げ、笑顔で応えた。


 どうやら愛梨は彼とそれなりに仲が良いらしい。彼とはクラスは違うが、愛梨も秋人もお互い人当たりの良い性格なので、仲良くなっていても不思議ではないと思う。


 三人の女子は一瞬ちらっとこちらに振り向いたが、気にも留めずに再度彼の方へ向き直った。


 愛梨がそのまま通り過ぎて行くので、夕菜は彼女の後に付いて行く。


「いつ見ても凄いわね」

「まあ、もう見慣れたけどね」


 夕菜が感心すると、愛梨も呆れたような顔で同意した。


 突き当たりまで来ると、階段を降りて玄関へ向かった。



 下駄箱の前で靴を履き替えながら、愛梨はふと思い付いたことを提案してみた。


「ねえ、今度奥山君も誘って一緒に帰ろうよ」

「……! なっ、何で!?」


 夕菜は突然頬を赤らめて狼狽えた。


 愛梨はそんな夕菜を見て少し驚いたが、優しく微笑む。


「まあクラスメイトだし、別にそれくらい普通じゃない?」

「……それもそうね」


 夕菜は斜め上を見ながら考え込むような仕草を見せると、小さく呟いた。ごく普通のことであると思い至ったようだ。


 頬を赤く染めながら平然と振る舞おうとする夕菜を、愛梨は微笑ましく感じていた。


 夕菜は友人からのひいき目ではなく、誰が見ても美少女だと思う。男子生徒から人気もあり、今まで数多く告白をされてきたことも知っている。しかし本人はというと恋愛には疎く、交際も全て断っている。


 夕菜とは一年生のときに同じクラスになり、気が合ってすぐに仲良くなった。休み時間や帰りなど、しょっちゅう一緒にいるようになった。


 だから、夕菜のことはそれなりに分かっているつもりだ。


「じゃあ、今度奥山君を誘ってみよーっと」

「……うん、そうね」


 夕菜が頬を赤く染めて俯く。少し照れているらしい。


 夕菜が特定の男子に興味を持つのは珍しい。少なくとも、愛梨は今まで見たことがない。


 だから夕菜がこのような反応を見せることが愛梨にとっては新鮮であり、彼女が可愛くて仕方がなかった。


 

 玄関から校門までは両側に木々が立ち並んでおり、生徒たちはささやかな自然の中を歩いて校門を出て行く。


 二人も校門に向かって歩きながら前方を見やると、幸介が一人の女子生徒に話しかける姿が目に入った。


 今年入学した一年生であり、幸介の妹である美優だ。


 校門で待ち合わせでもしていたのだろう。幸介の姿を確認した美優は、満面の笑顔になった。そして嬉しそうに彼の腕にしがみつくと、そのまま校門を出て行く。


「あの二人、仲良いよね」

「っていうか、ただのカップルじゃん。あの雰囲気が兄妹?」


 夕菜が前方の二人を見ながら呟いたので、愛梨もそれに同意した。彼らはべたべたとスキンシップが多く、普通の兄妹のような雰囲気ではないと思う。


「血が繋がってないんでしょ? じゃあ恋人になっててもおかしくないよね」

「夕菜、諦めないで!」


 何となく夕菜が切ない目をしていたので、適当に励ました。夕菜の言う通り、あの二人は血が繋がっておらず、恋人にもなれる関係らしい。


「いや、そんな楽しそうに言われても……っていうか違うし!」

「ぷっ、はいはい」


 途中ではっと何かに気づいて訂正する夕菜。それが可愛くて愛梨はまた笑ってしまう。


 幸介と美優が腕を組んで歩いていく姿は、はたから見ると恋人同士のように見えた。二人が兄妹だということを知らない生徒なら、普通に勘違いすると思う。


 愛梨と夕菜もまた、義兄妹と知っているため、その疑惑を抱かずにはいられなかった。




 校門を出ると最寄り駅へと向かう。


 夕菜は自宅が近いので徒歩で帰宅するのだが、大体は駅まで愛梨に付き合っている。どこかに寄り道をすることも多い。


「ていうか奥山君、ほんとに亮太たちとナンパに行かずに帰っちゃったね」


 愛梨が言っているのは、先程幸介が亮太に誘われていた件だ。


 多分彼は亮太に見つからないよう、放課後の喧騒に乗じて教室から抜け出したのだと思う。恐らくこのまま妹と帰宅し、遊びにも行かないのだろう。


「うん。ほんと何考えてるんだろね」


 一緒に遊びに行く気がないのなら、最初から調子良く答えなければいいと夕菜は思う。


 愛梨が言うには、亮太は彼のノリの良いところを好ましく思っているらしいが、その場では調子良く答えていたとしても、実際にばっくれていれば好印象とはならないと思うし、そんなことをし続けていれば普通に考えて友達を失くすと思う。


 しかし何故か亮太は彼を気にかけ、愛想を尽かすこともないのは不思議だ。女子だと中々こうはいかないと思うが、男子同士だと普通なのだろうか。


「何も考えてないんじゃない?」

「まあそうだろうけど」


 彼は授業中にぼーっとしているか眠っているため、教師に叱られていることが多い。大体のテストも赤点ギリギリらしい。


 にも拘わらず、彼は全く気にしている様子はなく、叱られても笑顔で教室から出て行ったりする。本当に何も考えていないのだと思う。


「でも良かったね、夕菜。奥山君がナンパに行かなくて」

「もう! そんなんじゃないから!」


 愛梨がにやにやしながら言うので、夕菜は少しムキになって否定した。


 愛梨は「はいはい」と微笑んだ。


「それに、どっちにしても、あいつには可愛い義妹がいるじゃん……」


 そう呟いた直後、はっと顔を上げると、愛梨がさらににやにやとした笑みをこちらに向けていた。

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