秘密の落ちこぼれクラスメイトと妹たち

第1章

プロローグ1

 春うららかな四月。


 幸介はいつものようにだらだらと学園での日常を過ごしていた。


「行ったぞ奥山!」

「えっ……?」


 反応したときにはすでに遅く、鈍い痛みが顔面を襲った。味方からのパスを顔面で受け止めた幸介は、屈み込み、痛む顔を押さえる。

 

 現在は二限目の体育の授業中であり、バスケットボールの試合中である。


「大丈夫か!? 奥山!」


 コートの外にいた体育教師が駆け寄ってきた。スポーツ刈りで筋肉質な男性教師だ。


「いや、大丈夫じゃないです。痛いです」

「ぼーっとしてるからだぞ」

「……すいません」

「とりあえず保健室行くか?」

「はい、行ってきます。あ、一人で大丈夫なんで」


 幸介は立ち上がると、フラフラと体育館を出ていく。



「何やってんだ、あいつは」


 壁際で腰を下ろして試合を見学していた亮太が、体育館を出て行く幸介の後ろ姿を眺めながら呟いた。


 三上亮太は茶髪にピアスの、チャラそうな見た目の男子生徒だ。


 試合中の生徒たち以外はコートの周りで観戦していたため、よろよろと体育館を出て行く幸介の背中には注目が集まっている。


「やばー。顔でパスを受ける人なんてほんとにいるんだね」

「俺も初めて見たわ」


 愛梨が呆れたように言うと、隣に座る亮太も、頬杖をついて頷く。


「何か奥山君っていつもぼーっとしてない?」

「基本的にやる気がないからな。あいつは」


 奥山幸介は少し長めの黒髪に黒い瞳、細身で草食系な見た目の男子生徒だ。


 彼はいつもやる気がない。授業中はぼーっとしているか寝ているし、体育の時間もだらだらと適当に過ごしている。そのため、教師に叱られていることも多い。さらに遅刻、早退、サボりなども多く、テストは毎回赤点ギリギリ。いわゆる落ちこぼれだ。


「でもあんたって奥山君とけっこう仲良いよね」

「いや、あいつノリだけはいいんだよな」

「え、それだけ?」

「それだけだな」

「ふーん。まあ確かに他にいいところもなさそうだけど。ね、夕菜?」

「うん。そうね」


 愛梨が話を振ってきたので、夕菜はフラフラと体育館を出て行く幸介を眺めながら、そっけなく答えた。


 今日は珍しく男女同じ体育館で授業が行われているため、周りで男子の試合を見ている女子も多い。夕菜もその中の一人だ。


 そのためか張り切っている男子が多かったが、彼はいつも通りだらだらと適当に過ごしていた。


 試合が始まって数分後、彼は顔面でバスケットボールを受けて退場という悲惨な結果になった。



※※※



 体育の授業が終わり、次の授業が始まっても、幸介は教室へ戻って来なかった。


 窓際の彼の席はその後二時間空席だった。


 いつものようにサボっているのだろう。もしかすると、保健室のベッドで熟睡しているのかもしれない。


 結局彼が教室に戻って来たのは、昼休みも終わりに近づいた頃だった。


「幸介、放課後カラオケいかね?」


 教室に戻って来た幸介に、最初に声を掛けたのはやはり亮太だ。


「カラオケ? 何で?」

「新しいクラスだし、親睦会ってことでみんなで行こうって言ってるんだよ。女子もいっぱい来るぞ」

「何? 女子がいっぱい来るだと!?」

「そうだ。十人は来る」

「よし、行こう」

「オーケー。じゃあそんな感じで」


 それだけ彼に伝えると、亮太は自席へ戻って行く。


 夕菜は何となくそんな二人を眺めていた。


 夕菜の向かいの席では愛梨が弁当箱を片付けている。昼休みは彼女と弁当を食べるのが日課だ。


「なあなあ、佐原さんも放課後親睦会行くだろ?」


 夕菜と愛梨の周りには、いつの間にか数人の男子が集まっていた。


「え? あー、どうしようかな」


 夕菜は胸の辺りで結んだピンクがかった髪を、指でくるくると巻きながら答える。


「いいじゃん。いこうよ。みんな行くし」

「んー。愛梨はどうすんの?」

「行くよ。夕菜も行こうよ」

「うん。じゃあ行く」

「おお!」

「マジ?」

「やったぜ!」


 急にわいわいと盛り上がる男子たち。どうやら夕菜が親睦会に参加するのを喜ばれているらしい。


 話し掛けてくる男子たちに適当に相槌を打ちながら窓際に視線を移すと、また幸介の姿がちらっと目に入った。


 彼はいつものように窓の外を眺め、ぼーっとしながら過ごしていた。



※※※



 放課後になると、カラオケに行くクラスメイトたちはワイワイと騒ぎながら教室を出て行った。


「よし幸介、行くぞ」


 亮太が彼に声を掛ける。


「おっけぃ。つーかちょっと用事があるから先に行っといてくれ」

「……わかった。じゃあ駅前のカラオケ店だから」

「おう」


 彼は親指を立てながら調子良く答えた。


 学校を出て駅前のカラオケ店に向かうクラスメイトたちは、わいわいと盛り上がっていた。


 カラオケ店に入ると、みんなで大部屋に入り、飲み食いし、順番に歌った。


「佐原さん、次歌う?」

「あ、うん」

「佐原さん何か飲む? 俺取ってくるよ」

「えっと、じゃあウーロン茶をお願いします」

「佐原さん、今度俺とデートしない?」

「へ?」


 周りの男子たちが次々と夕菜に話し掛けてきた。そう言えば去年の親睦会もこんな感じだったかもしれない。


「佐原さんって、彼氏はいるの?」

「いや、いないけど」

「マジ? じゃあ俺なんてどう?」

「えっ、いやー、やめとこっかな」

「う……」

「じゃあ俺は!?」

「あ、俺も俺も」

「え、えっと……」

「こら! あんたら! 夕菜が困ってるでしょ!?」


 見兼ねた愛梨が割って入ると、男子たちは大人しくなった。


 愛梨は男子たちに恐れられているらしく、だいたいの男子は素直に言うことを聞くのだ。


 親睦会はある程度盛り上がり、特に問題なく終了した。


 結局、彼はそこには来なかった。


 亮太は彼のことは特に気にしていない様子で、クラスメイトたちと盛り上がっていた。

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