第30話 女郎蜘蛛

 誰もいないと思われた廃屋には、全長二メートルほどの蜘蛛がいた。体の震えが止まらない。すると蜘蛛はこちらに気付いたらしく、女性的な声でこう話した。

「あぁ、そこにいらっしゃるのはどなた? あなたなの?」 

 どうやら視力が失われているようだ。あぁ、と適当に返事をしてしまう。

「私、寂しかったわ……。怪物になってしまったあの日から、あなたと息子には苦労をかけて。ねぇ、最近息子の声がしないの。あなたもどこに行ってたの?」

 蜘蛛の口は乾いた血に塗れていた。蜘蛛は恐らく、自分が何をしたのかすら気付いていないのだろう。蜘蛛を刺激しないよう「あなた」を装って話しかける。

「ごめんね。寂しかったね。僕は君のことを、忘れてなんかいないさ」

 蜘蛛はか細い声で嗚咽を漏らし始めた。これで、良かったのだろうか――。

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