第58話 すべてと引き替えに、世界を救った
キリタを送り出した(蹴り出した)後、パニーは大急ぎで部屋に戻り、ナウマに
「話を聞いてほしいの」
と切り出した。戦場でなにが起きているか、遠目から俯瞰していたパニーには渦中のサイやアシュラド以上に見えていた。
アシュラドは敵を殺さない。
『過去を変えられるだけの俺になってあそこに戻らなきゃ、また何度でも繰り返す』
という言葉の重さをパニーは目の当たりにしている。端から見て『操作』自体が非道に見えることもあるだろうが、アシュラドはアシュラドのルールを持ち、そこから外れないことをなにより重視していた。
特に、ひとが死ぬのは単純に、嫌なのだろう。パニーはもうその理由を知っている。
だから『操作』で同士討ちを仕向けながらも、アシュラドは軍服たちの命をぎりぎりのところで気遣っていたに違いない。ガダナバはそれを知ってか知らずか、自分が死んででも、仲間を殺してでも、アシュラドを殺せと命じた。
(あれは、アシュラドが唯一取られたくない方法だった)
もしアシュラドが、敵の命を奪うことになんの呵責も感じないなら、ガダナバの指示は苦し紛れと映っただろう。しかしアシュラドにとっては、見事に弱点を突かれた形になる。
キリタが加わっても、まだ劣勢は否めない。さらに『操作』の効かないガダナバの実力は未知数だ。
加勢したい衝動を抑え、パニーはナウマの説得を選んだ。
アシュラドが『頼んだ』と言ったときの顔が脳裏に焼き付いていた。
ナウマの条件では、町を守り切ったら願いを聞いてくれるということだったが、そんな悠長なことを言っていられる状況ではない。
「……そんな顔しないで。解った。聞くよ」
どんな顔なのか自分では解らないが、ナウマはそう言った。
そしてパニーは話した。まずは自分のことを。
ヴィヴィディアの国セルクリコで生まれ、過ごした日々。『人間』の移民を受け入れ発展し、種族間の平等と平和を目指した父である王と、『色鬼狩り』のこと。
内乱に発展する寸前、自分はサバラディグへ人質という名目で疎開させられたこと。
サバラディグの王家は頑なにパニーの身柄を保護してくれたこと。
だけど内乱がどちらの勝利もなく共倒れの形で終結し、ヴィヴィディアはひとりだけになってしまったこと。絶望に心を閉じていたところに、アシュラドが現れたこと。
ヴィヴィディアの生き残りであるパニーを狙って、『奴ら』の一部がサバラディグを襲撃し、それをアシュラドらが撃退してくれたこと。
そしてナウマを捜す旅に同行したこと。
「わたしは……やりなおしたい。どうすればよかったのかはまだわからない。だけど、こんな風になる前に、きっとできたことがある。すくなくとも、セルクリコから遠く離れたサバラディグで守られるだけじゃなくて、その場にいたら、もっと……ちがった結果が……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
真面目な顔で聴いていたナウマが慌て出す。喋りながら、昂ぶったパニーが涙を流し始めたからだろう。その背をマロナがそっと抱き締めた。パニーはその腕に指で軽く振れながらも、視線はナウマから逸らさず、涙も拭わずに続けた。
「それに……アシュラドが」
言った途端また新しい涙が溢れる。
サイから聞いた話とアシュラドの顔が同時に浮かび、喉の奥から叫びたいような衝動がせり上がってくる。が、無理矢理唾と一緒に飲み込んだ。
そして今必要な言葉を懸命に探し、舌の上に載せた。
「あのひとは、すべてと引き替えに、世界を救ったんだ」
そのひと言から、堰を切ったように言葉が、溢れ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます