第54話 戻ったとき、やり直せる
ガダナバは、台地に立っていた。
町を取り囲む岩壁は、トンネルを掘れば数分は歩かねばならないくらい分厚い。つまり登り切れば十分な広さがある土地だった。ところどころ雑草は生えているが、基本的には平らな岩場である。
アシュラドたちが声に反応して窓から覗くと、確かに宣言どおりぐるりと軍服たちが取り囲んでいた。その数は百を下らない。
ケツネギ体験の直後、ガダナバは密偵を放ちアシュラド一行を捜させていた。同時に、島へ散らばった部下たちにも、一行の姿を見つけたら知らせろと伝令を出した。
ただし、見つけても決して手を出さずに泳がせろ、と付け加えて。
酒場で鉢合わせたときはその場で殺そうとしたが、冷静になってみれば自分たちとは違う観点で、賢者を捜し当てるかもしれない。そう考えてのことだった。
そしてその予想は的中し、放った密偵から『妙な洞窟の先に町がある』という報告を受けたガダナバは、全構成員を集結させたのである。
「この町にいることは解ってんぞ! 出てこねえなら、町に火矢を射かける! 罪のない町の人間を巻き込みたくねえなら、今すぐ姿を現し、死ね!」
やまびこでも起きそうな大音量に、パニーは顔をしかめる。
「声、でかい」
「まるで拡声器だな。どうなってんだ奴の声帯は」
サイが耳を指で塞ぐ。アシュラドがナウマに仏頂面を向ける。
「悪い。さっきの計画は変更だ」
「そうみたいだね」
「まあ、考えようによっちゃあ手間が省けた」
そう言うと、ふらりと扉へ向けて歩き出す。
「アシュラド!」
パニーが引き留めるような声を上げると、アシュラドは牙を剥き出す横顔で笑った。
「お前の役割に変更はねえ。頼んだぞ、パナラーニ」
静かな声で信頼を向けられ、パニーはなにも言えなくなった。
無言のまま、サイがアシュラドに続く。ふたりはそのまま扉の外へ出た。
部屋を出たところには、屋上へ続く梯子がある。上りきって、アシュラドとサイは風を受けた。こちらのほうが岩壁以上に高く、台地がよく見渡せる。ガダナバらは町を見下ろしているのでこちらにはまだ気付いていない。
「さて、どうする?」
サイが訊き、アシュラドは
「なんとかする」
と言った。肩が震えるのは、武者震いではないとサイは解っていた。無論、怯えでもない。
「く……ははは」
心底愉快そうに笑う。
「見ろよ、サイ。あれほどの人数……しかも素人じゃねえ。武装した軍人どもだ」
見下ろす目は、いつになく熱っぽい。爬虫類のような眼球は、いつも恐ろしげだと誤解を生む。しかし今だけは、サイにも見た目どおりの印象を抱かせた。
「あれをやれる力がありゃあ、
血走った目が細められる。
ああそうだな、とサイはただ言った。
「行くぞ」
二羽の大鷲がアシュラドとサイへ襲いかかるような角度で滑空してきた。その足を掴み、地面から足を離す。
町の中心にある塔から台地までの距離は、すなわち町の半径である。この町が縦に深い構造とは言え、ジャンプして届くような距離ではない。
だからアシュラドは飛んでいた大鷲を『操作』し、利用した。人間の体重をかけて長時間飛ばせるのは難しいが、台地へ届かせるには十分と見た。
ふたりはガダナバが立つのとは、真逆の方向へ降りていく。
塔の死角になっているから、ガダナバは恐らくまだ気付いていない。
台地に差し掛かった瞬間、アシュラドとサイは手を離し、軍服の群れに飛び込んだ。
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