第18話 来ないで……やぁあああああっ!

 アシュラドは、ひとり残った軍服の女性を睨んだ。

「おい、お前。城に向かった仲間の情報を教えろ」

 女性は一瞬怯んだものの、顔に恐怖を浮かべながら、引きつった笑い声を上げる。

「はは、ははは! 言うわけないだろう! 私たちは元よりいつ死んでも本望という覚悟だ。何人死のうと、必ず同胞が過去に戻り、忌まわしき過去を変えてくれる。貴様らに屈するくらいなら、私は……!」

 手にしたナイフを片方放り投げ、もう片方を両手で逆手に掴み、刃を自分の首に向ける。

「滅びろ、鬼ども」

 濃い憎しみでパニーを睨み付け、刃を

「……う……あ……?」

 突き立てる瞬間、腕が止まった。

 アシュラドの『操作』だ。

「……あのなぁ」アシュラドがゆっくり歩いて女性に近付いていく。

「来……来るな」

 忍耐と恐怖が天秤に掛けられ、激しく揺れ動くように目の色が変わる。

 アシュラドの両目は引き絞られ、明確な怒りが浮かんでいた。

「来ないで……やぁあああああっ!」

 恐怖が勝り、女性が泣き叫び、そして舌を噛み切ろうとする……刹那、アシュラドは首から上も『操作』した。恐怖に引きつった表情のまま、女性の全身が動きを止める。

「いつ死んでも本望、だと?」

 アシュラドは女性の手を取る。指を一本一本ナイフから引きはがし、放る。

「お前がどこの『鬼』にどんな目に遭わされたのかは知らんし興味もねえ。だがな……生きてる奴が、死のうとするんじゃねえよ……!」

 パニーは一時、城のことを忘れてアシュラドの横顔に立ち上る怒りに意識を奪われた。

「俺はお前から、死を奪う」

 その悪魔のような恐ろしげな形相と心臓の中まで響くような脅し声に、女性が白目を剥いた。アシュラドが『操作』を解くと、微かな音だけ立てて倒れる。

「マロナ」

 呼んで、向き直ったアシュラドは真顔に戻っている。マロナは軽く肩をすくめた。

「わーってる」

「え……?」

 パニーにはふたりのやり取りの意味が解らない。視線に気付いたマロナが答える。

「手当だよ、こいつらの。全員、死んではいないから」

「な……なんで?」

「あのイケメン王子の攻撃が致命傷にならないように、アシュが全部『操作』してたから」

「……微妙に手応えが軽いと思ったら」

 キリタは素直に目を丸くしている。

「なんで?」

 パニーがもう一度同じ言葉を口にした。今度は「なんでそんなことを?」という意味だと察し、マロナは冗談を言うように笑う。「さあ? 優しいからじゃない?」

「殺すぞ」

 アシュラドが渋面になって言うが、マロナに「あぁ? なんつった?」と凄み返されると青ざめてあっさり前言を撤回する。

「ごめん、嘘」

 それでも疑問の消えないパニーにじっと見つめられ、アシュラドはややあって目を逸らし、投げやりに言った。

「……目の前で誰かが死ぬのは、見飽きたんだ」

 パニーは今、自分がどんな顔をしているのか解らなかった。驚きと呆れと疑問と不可解と興味と……様々な思いが混じり合ってこれまで体験したことがない感情に襲われていた。そのひとつに、自分でも明確には判別できないほど微かながら、惹かれる思いが混入しているような気がして、戸惑ってもいた。

「パナラーニ」

 気を取り直したように、または今の言葉を誤魔化すように、真顔でアシュラドが呼んだ。

「今から城へ向かう。お前はどうする?」

 それがただ訊いているだけだ、ということがパニーには解った。試すような響きはなく、本当に、パニーがどうするかを質問されている。

「……どうして」

 とっさにパニーはその質問を無視した。複雑に絡み合った感情をほぐれさせることなく、自然に湧き上がった思いをそのまま言葉にして舌に載せる。

「どうして君は、この国に来たの?」

 その思いは、憤りだった。意識せず咎めるような口調になった。

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