10月20日(日) 新人戦・地区大会・二日目

 大会二日目。

 昨日の段階で県大会への出場権はすでに獲得し、表彰台と次のトーナメントの優先権を狙う今日。


 その栄えある一戦目は、ショートサービスラインよりも前に落ちる鋭いスマッシュにより幕を閉じた。


「やった……! そら先輩が勝った! これで準決勝に進出だよ、楓」


 隣からは、昨日の試合とは打って変わって、チームの勝利に対する歓声が上がる。


 声の主は私と同じ部のマネージャー。

 学年・年齢的には後輩でありながらも、部活動歴としては先輩にあたる不思議な関係の一年生の女の子たち。


「すごい、すごい! 昨日は応援できなかった分、残りの試合もいっぱい応援しなきゃ……!」


「うん、そうだね。……私は、翔真先輩の試合が見られなくて少し物足りないけど」


 眼下で試合終わりの礼やら、相手チームの監督に挨拶をしたりとする中、二人はそんな会話をしていた。


 とはいえ、そらに応援はどうだろうか……。

 アイツは他人から期待されることが嫌いなタイプだし、何なら褒め言葉さえも素直に受け取らないような人間だ。


 今回でいえば「これくらい当然だ」などとぶっきらぼうに語るだけだろうし、相手が強敵の時は「運が良かった」とだけ言って終わるに違いない。


 これに関して、よく天邪鬼だとか照れ隠しと誤解されがちなのだけど、実際のところは他人の評価など気にしておらず、全てが自己評価で完結しているせいで起こる、ただの査定のズレの訂正。


 だから、そういったアプローチをしても無駄なのだけど……まぁ、いっか。私には関係ないし。


 それよりも、昨日から感じていた今のこの私の心情の方が重要である。

 その内容とは、何を隠そう――団体戦が暇すぎて仕方ない、ということだ。


 一試合ごとに観客席へと戻ってきていた夏の大会の個人戦とはわけが違い、団体戦はそらの試合が始まるまでに興味のない戦いが二本も続くこととなる。


 それまでの暇つぶしであった幼馴染や親友の姿も、今や眼下へと移ってしまっており、手持ち無沙汰なことこの上ない。


 あーあ、こうなったら私が――。


「『――私がチームマネージャーだったらなぁ』って、そんな顔してるよ?」


 図星を突かれ、つい声の方向である左側を向いた。

 そこに居たのは、私を除けば唯一この場に残った二年生マネージャーの叶さん。


 正直なところ『友達の友達』という間柄でしかなく、また、基本的に私は一人でデータ集めをしており、仕事をお願いされるにしても詩音経由だったためにあまり接点のない人だったりする。


「私と同じだね」


 そんな彼女が、苦笑を浮かべて私に話しかけてきた。

 一階の試合会場を眩しそうに見つめながら。


「もしかしたら理由は違うかもしれないけど、私もチームマネージャーが良かった。やっぱり、好きな人の活躍は近くで見ていたいし、一緒に喜びたいもん……」


 その言葉を聞いて、私は密かに同意する。


 確かに、理由は違う。

 同じ好きという気持ちでも、その方向性や重みは異なっているだろうし、喜びを分かち合いたいわけでもない。そらは、そんなこと望んでないから。


 でも、その先の行き着く答えは一緒だった。


「あーあ……なーんで、私じゃないんだろ」


 だからこそ紡がれる、同じ気持ち。

 でも、何だろう……。否定したい自分がいる。


「……詩音はいつも頑張ってる。だから、選ばれた」


 彼女は人一倍働いていた。

 部のため、好きな人のために、弱音も吐かずに当たり前のようにこなしていた。


 だから、私は譲ったのだ。

 そらから説得されたというのもあるけど、一生懸命なあの子へのご褒美があってもいいと思ったから。


「…………やっぱり、私と同じ」


 ともすれば、はにかみながら叶さんは笑う。

 両手を後ろに組んで、こちらに身体を翻して――。


「そう、詩音は凄いんだ。作業は早くて、丁寧で……周りのこともよく気遣ってた。マネージャーの仕事に関してなら何でも出来たし、何でもしていた。なら、マネージャーのリーダーを任されることも、今あそこにいることも何もおかしいことじゃない」


 目線が一瞬だけ、階下へと移った。

 けどもう、そらたちは撤収したあとで、別の学校の生徒たちが試合の準備を始めている。


「だからね、全ては詩音の努力の証だって分かってるから、『何で私じゃないんだろう』って羨むことはあっても、『何であの子なんだ』って妬むことはないんだ」


 ――この時になって、私はようやく叶美優という人間をちゃんと見たのだと思う。


 とは言っても、別に変なイメージを持っていたわけではない。

 むしろ、何もなかった。『詩音の友達』という事実以外、何も見てはいなかった。見ようとしていなかった。


 そうして蓋を開けてみれば、大切な人と一緒に居たいだけの、ただの普通の女の子。


「――あっ、翔真くんお疲れ様ー!」


「うん、とは言っても俺は何もしてないんだけどね。叶さんたちこそ、応援ありがとう」


 そんな当たり前のことを知った一日だった。



 ♦ ♦ ♦



 追記。


 何事もなく、畔上くんの出る幕もなく、呆気なく、そらたちは地区大会を優勝したのだった。

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