10月13日(日) 秋休み③

 世間は、何事もなく過ぎ去った台風と、最小限の被害結果とで話題一色。

 そんな中、話題からも被害範囲からも蚊帳の外な俺たち福岡県は、いつも通りの何でもない日曜日を送っていた。


 かくいう俺が今いる場所も、家から車で十数分の距離にある大型ショッピングモール。

 妹の陽向が服を欲しがっていたために、母さんは移動兼サイフ役、俺は荷物持ちとして一緒にやって来たわけである。


 とはいえ、誘われたのはあくまでも母さんから。

 思春期で反抗期真っ只中の陽向が俺と一緒に出歩きたがるわけもなく、何なら今回の買い物も拒否されるかと思っていたのだが……意外にも仏頂面を貫くだけで、お咎めは特にない。


 …………思えば、陽向がこうなったのは一年と少し前――彼女が中学生になった頃だろうか。


 昔は「翔にぃ、翔にぃ」と慕ってくれていたというのに。

 全く、妹心はよく分からないな。



 ♦ ♦ ♦



 女性との買い物――それは、男にとって非常に苦しい出来事の一つだろう。


 コレと買う物を予め決めて行動しがちな男とは違い、女性はその場で見た物の中から直感で選ぶ傾向にある……とどこかで聞いたことがある。

 そのため、同じ商品スペースを何度も行き来したり、一度確認して諦めた商品を再び吟味しに戻ったりと、傍から見れば無駄とも思える行動が多く、男性からは苦痛で仕方ないそうだ。


 まぁ……母や姉、妹と女性に囲まれて育ってきた立場からしてみれば、もう慣れたものだけど。


「翔ちゃん、翔ちゃん。どっちが良いと思うのですか?」


 そんな買い物の最中、尋ねてきたのは母さんだ。

 悩みに悩みぬいた末、ようやく候補が決まったようで、同じデザインでカラーの異なる衣類をいくつか見繕ってきた。


 ゆったりとしたニットセーターのようで、手にはプラウンとカーキの二種類が用意されている。


「取り敢えず、着てみたらどう?」


「それもそうなのです」


 大人しく試着室へと入り、カーテンを閉めてガサゴソとすること数十秒。


「どうなのですか~♪」


 シャーっと勢いよくカーテンを開けた母さんは、始めにカーキの方を着て見せた。

 数分間、じっくりと観察する時間を取れば、再び試着室に戻り、今度はブラウンの方を同じ時間だけ見せてくれる。


 その見た目に関して言えば、どちらも今日身に着けている白のマキシ丈スカートと合っており、遜色ない。

 となれば、あとは好みの問題か……。


「母さんは明るめの服が多いし、たまにはカーキ色を選んでもいいんじゃないかな?」


 思ったままに、俺はそう答えた。

 普段から明るく色味の薄い服を好んで着ている姿をよく見ていた俺からすれば、今の母さんは新鮮味があって良いと思う。


「なら、これにするのです!」


 即断即決――とは言っても、それまでの過程に結構な時間がかかっているわけで、ようやく一着決め終えた母さん。


 ともすれば、カツカツと無言で陽向が隣の試着室に篭もる。


「ひ、な、ちゃ、ん、は〜、何を選んだのですかー?」


「ちょ、ママ! 勝手に開けないでよ!」


 そして、その姿を見ていた母さんは、問答無用でカーテンを開ける。


 当然のように怒る妹であるが、一つだけ安心して欲しい。

 開けたと言っても、数分待っての行動だし、物音がしなくなったタイミングを見計らってのことだ。


 いくらウチの親が天然を極めているとはいえ、人様の前で娘の半裸を公開させるほど狂ってはいない。

 恐らく、自分もアドバイスをしたかったのだろう。


「あら、可愛いのです♪」


 そこに居たのは、先程とは打って変わった体のラインが出るタイプの白の長袖ニットと、グレーのミニスカートを合わせた陽向。


 元から着用していたハイソックスのおかげで、健全な印象を与えてくれ、似合っているとは思う……が――。


「……さすがに短すぎないか?」


 ついうっかり、口が滑った。

 耳敏い彼女はすぐさまこちらを睨みつける。


「どこ見てんの、キモ……」


 気分を害したのか、カーテンを閉めて再び響く衣擦れ音。


 …………やらかしたなぁ。

 どうにもならないとは理解していながらも、つい反省をしてしまう。


「翔ちゃんは少し過保護なのです。今どきの女の子は、あれくらい当然なのですよ?」


「いや……うん、それは分かってる……」


 そもそも、女の子は自分の好きな格好を――というのが俺の考えであるため、否定するつもりはなかった。

 咄嗟のことで、自制が間に合わなかったのだ。


 次からは気を付けなくては。


「……ひなちゃん、開けますよー」


「う、うん」


 何着か手に持っていたようだし、次の用意ができたのだろう。

 少し固い陽向の声を聞き、再び母さんはカーテンを開ける。


 続く格好は、キャラメルカラーのジャンパースカートに黒のブラウスという、活発な印象の強い陽向らしからぬコーディネートだった。


「おぉ……似合ってるな」


 またしても、漏れてしまった。

 先程の反省は一体どこへ行ったのか。


 でも、普段とは趣の異なった姿は非常に良いと思う。


 …………先程の母さんの服選びといい、俺はもしかしたらギャップに弱いのかもしれないな。


「……ママはどう?」


 もう俺の意見なんて当てにしていないのだろう。

 聞こえている人の言葉を無視して、母さんにのみ話しかける。


「うーん……さっきの方は、普段のひなちゃんっぽくて可愛かったと思うのです」


「……………………そう」


 うつむき加減に、肩の紐を引っ張るおかげでその表情は分からない。


「でも、今のひなちゃんはいつもと違ってて、さらに可愛いのです! 五倍増しなのです!」


「母さん……それを言うなら『五割増し』だよ」


 どれだけ可愛さ上限突破するのさ。

 本気で言ってるのなら、贔屓目の親バカすぎる……。


 いやでも、この人なら有り得るかも。


「……そこまで言うなら、買う」


 少なくとも、純度百パーセントの母さんの思いが届いたのだろう。

 元の服装へと着替え直した陽向は、先程のジャンパースカート一式をカゴへ入れ、逆にニットとミニスカートの組み合わせは元の場所へと返す。


 ……やっぱり、俺が至らぬことを言ったせいだろうか。

 後悔の念に苛まれるものの、謝ったところで彼女は認めないし、むしろ更に不機嫌になるだけなのは見えていた。


 ここはやはり、荷物持ちとしての役割を果たすべく、黙って三歩後ろを歩いていよう。


 まだまだ買い物は始まったばかりなのだから。

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