9月18日(水) 畔上翔真の憂鬱
「――とうとう、握手やサインまで求められるようになった……」
神妙な顔つきで話す親友の言葉に、飲んでいたドリンクを吹き出しそうになる。
「何だそりゃ……。もはやアイドルじゃねーか」
昨日の事件から明けた今日。
翔真の懇願と先生たちの計らいにより、少しは平穏を取り戻した部活であったが、それでも、当人へのアプローチはまだ続いているようだ。
「く、蔵敷くん……! 翔真くんは本気で悩んでいるんだから、そんなこと言っちゃダメだよ……」
そして、そんな俺を嗜めるマネージャーの菊池さん。
今日は珍しくも俺たちの休憩時間に顔を出すことができており、一緒に休んで会話に参加していた。
「でもさ、何でもない普通の高校生が握手はともかく、サインなんて要求されるか?」
「……ファンサービス」
かなたの的確な物言いに、「それな」と思わず同意。
「…………はぁ、どうすればいいんだ」
しかし、どうやら本人的にはかなり困っているようだ。
滲む哀しみというか、溢れる嘆きというか……そういう何かが語気に含まれている。
まさに、『畔上翔真の憂鬱』とでも言ったところか。
……………………ふむ。
「翔真よ。そんなに嫌なら、もういっその事こう言ってやれ。『ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力がいたら、俺のところに来い。以上』ってさ」
「…………巫山戯てるのか?」
まさか、大真面目だよ。
少なくとも、言った張本人である彼女はな。
「いや、でも実際に興味ないアピールは重要だし、お前ほど女性が寄り付くレベルならドン引きされる――って手が一番早いと思うぞ」
好感度ってのは、高ければ高いほど落差が凄いからな。
一度下げてしまえば、しばらくは近づいてきまい。
「それこそ、さっきの話は無しにしても、『実は同性愛者です』とか言っておけば、ぶっちゃけカタはつく」
まぁ、別の意味でスキャンダラスになりそうだけれども……。
「うーん…………そうか……」
翔真は悩む。そして、唸る。
そこまで考えている様子を見るに、割と堅実的な案だとは認めているらしい。
けれど――。
「だ、ダメだよ……そんなの! だって、そうすると翔真くんはこの学校で彼女を作れなくなるんだよ?」
――恋する乙女が行く手を阻む。
「…………けど、今の状況に比べたら……」
「それに、一緒にいる蔵敷くんと付き合ってるって噂されるかもしれないんだよ?」
「あっ、それはなんか嫌だな」
「おい」
無慈悲な否定に、思わず声が漏れた。
いや、別にいいんだけどさ……少し冷たくないか、親友よ。
「その未来は俺も予想していたし、何なら覚悟しての提案だったのに、即決で否定するな」
「いや、でも……そらと倉敷さんにも悪いし……」
「……………………?」
チラと視線を向けられたかなた。
しかし、何のことかよく分かってないようで、首を傾けるのみ。
「はぁ……どうしてこうなったのかなぁ」
そうして、俺の意見は本格的に諦めたようで、彼は自分の置かれている状況を再び嘆き始めた。
「翔真は見て呉れも内面もいいからなぁ。どうして――と問われたら『お前の存在全て』、と答えるしかないんじゃね」
「……勉強も、運動もできて、顔も性格も良い……まさに完璧」
事実を言ったまでなのだが、持て囃すような俺とかなたの言い方が気に食わなかったのであろう。
少し語気を強めて、翔真は言い返す。
「そんな、外的要素だけで人を判断するなよ……!」
毎回のように思うが、どうしてコイツはそんなに外から見える要素だけで判断されることを嫌うのだろうか。
普通に考えたら、見た目か何かにコンプレックスを持っているから――なんだろうけど、それは当てはまらなそうだし……。
「……翔真くん…………」
菊池さんの呟きが、小さくも確かに耳に届いた。
正直にいえば、見かけだけで判断するな――という翔真の発言は難しい。
人は根本的に、他人の内面を知る術を持っていない。
そのため、出会う相手の九十九パーセント以上が初対面というこの世界では見かけで判断するしかないのだ。
その人が持つ成績や功績、身なりなど一目で分かるデータを元に測る必要がある。
いや……むしろ、それでしか測れない。
判断する、しない――ではなく、判断せざるを得ない。
だから、その願いは叶えられないだろう。
「まぁ……なんだ。これからも愚痴は聞いてやるし、何かあれば解決策でも何でもみんなで考えるからさ……その、強く生きろよ」
「…………がんば」
「わ、私も! いつでも力になるから!」
肩を叩き、立ち上がる。
そろそろ、休憩時間も終わりだ。
この彼の憂鬱が、そのまま溜息へと変貌しないよう、彼女らを退屈させ、いずれ興味が消失してくれることを陰ながら祈るとしよう。
『畔上翔真の憂鬱』はまだまだ続く。
――なんてな。
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