8月21日(水) コンビニ

「唐突だけどさ、好きなコンビニってどこ?」


 補習の合間の十分休憩。

 この時間は次の授業の準備や用を足すための時間なのだが、それだけでは手持ち無沙汰になることが多く、生徒の多くは近所の友達と会話に花を咲かせている。


 それは俺も例に漏れず、適当な話でもして時間と暇を潰そうと、ネタを提供するために言い放ったのが先の質問であった。


 というわけで、今日のお題は『コンビニ』。

 早速、翔真が話に乗ってきてくれる。


「ほんとにいきなりだな……」


 訂正。単に呆れているだけだった。

 しかし、さすがは我が親友。律儀にも、質問の答えは考えてくれる。


「…………コンビニかー……俺は『セブントゥエルブ』かな」


「おー……理由は?」


「理由……? うーん……家から近い――っていうのが大きいけど…………あとは、弁当や惣菜が美味しいからかな」


 なるほど……割と他からもよく聞く理由を挙げられてしまったが、それも含めてさすがは大手と言ったところか。

 それだけ徹底的に研究し、顧客からも認められているってことだし。


「俺はセブンといえば、ホワイトサンダーアイスが好きだなぁ。なんで限定商品なのか知らないけど、アレは美味い」


「確かに。美味しいよな、あのアイス」


 そもそもとして、ホワイトサンダーそのものが人気のチョコ菓子なのに、それをアイスにしたのだ。

 不味いはずがない。


「…………? 二人とも、何の話をしてるの?」


 と、そこそこに盛り上がる会話になってくれば、近くで聞いていた菊池さんもまた混じってくる。

 ちなみに、かなたはグデーッと突っ伏していたり。


「そらが好きなコンビニはあるか――って聞いてきたから、それに答えてただけだよ」


 簡単に翔真が説明をすると、彼女もまた話に乗ってくれるようで、手をモジモジと弄って考え始めた。


「わ、私は……『ビッグストップ』かな……。アイスが、その……美味しいから」


「あー、何か分かるかも」

「俺も」


 そんな解答に、野郎二人は挙って頷く。

 確かにあそこの商品――バロバロは女性に人気の一品だ。一品で、逸品。


 季節ごとに期間限定で様々な味を展開しているし、その点もまた買い手の心を擽るのだろう。


「えっ…………そ、そうかな……?」


 照れる菊池さん。

 だが、そんな女の子らしい彼女だからこそ、俺たちの共感を得られたのだと思う。


「…………私は『ローサン』」


 ともすれば、急に話に割り込む者が……。


「何だよかなた、起きてたのか?」


「……ん、そもそも寝てない。疲れてただけ」


 それは俺の前に座っている、幼馴染だ。

 急に頭を上げたかと思えば、そのまま背もたれに身体を預けて、俺の机に後頭部をくっつける。


 ――いわゆる、首だけ仰向け状態というやつ。


「へぇー……倉敷さんは、何で?」


 その様子を楽しそうに見つつ、話を掘り下げる翔真に対してかなたはこう答えた。


「…………そらが好きで、昔よく通ってたから」


「そ、そうなんだ……」

「と言ってるけど、件のそらくんはどうなのかな?」


 菊池さんと翔真、二人してチラチラと俺たちを交互に見ながらのそんな反応。

 そこに漂う妙な空気感に、何となく腹が立つ。


「…………まぁ、デザートに関していえば一番だわな。それは間違いない」


 だが、グッと憤りを抑えて個人的な見解を語ってみせた。


 あそこの『いえカフェ』シリーズは、超美味いんだよなぁ……。

 だから、たしかに一時期はよく買いに行ったし、かなたにも勧めたっけ。


「――けど敢えて、俺は『エブリィワン』と言わせてもらうか」


 今回のお題は、好きなコンビニである。

 ならばと、満を持して挙げた俺の自信ある解答に、しかし、皆の反応は芳しくない。


「えっと……どこ、だろう…………?」

「悪い、そら。俺も知らない」

「…………あっ、あの家の近くの……」


 お前ら、マジかよ…………。

 そして、その事実に俺はカルチャーショックを受けていた。


 ……いや、同じ福岡県民だしカルチャーはおかしいのか? …………まぁ、いいや。


「えっ、本当に知らねぇの? 熊本や鹿児島をメインに九州で展開していて、株式会社ココショップウエストが運営していたけど、二〇一五年を境にファミリアマートに買収された、店舗内に厨房やパン焼き釜を持って弁当・パンをその場で作り、出来たてを提供するあのコンビニを?」


「あ、あぁ……ホントに分からない。ていうか、詳しいな」

「ご、ごめんなさい……!」

「……あそこのサーターアンダギー、安くて大きくて美味しかった…………」


 …………なんということだ。

 ぶっちゃけ今回のこの話のネタは、皆とエブリィワンについて「あっ、懐かしいー!」と語るためだけに用意したというのに……まさか、知られていないとは。


 こうなったら、時間いっぱいまで俺が熱く教示して――。


 ――♪ ――――♬︎


 そう思った瞬間に、チャイムは鳴り響く。

 非情なり。なんと短き時間なのか。


 蜘蛛の子を散らすように、一斉に自身の席へと戻っていくクラスメイト。入室してくる、次の授業の教科担任。


 …………残された俺は、激しく消化不良であった。

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