8月17日(土) プール
「晴れてよかったな」
肌を刺す紫外線。
熱を吸収して鉄板のように熱くなり、素足をこんがりと焼き上げようとする床材。
どこを見ても人で溢れかえり、喧喧囂囂という言葉が相応しいこの状況下において、俺は隣に立つ親友へ話しかけた。
「そうだな、すっかりプール日和だ」
そう答えたそらは上を見上げるので、俺もつられて空を眺める。雲一つない、まさに快晴の青空。
そこから再び視線を戻せば、男女問わず肌を多分にさらけ出した人々の姿が見て取れ、その奥には多種多様な水を用いたアトラクションが来場者を誘うように佇んでいた。
「……しかし、遅いな」
「そう言うなよ。女の子は準備に時間がかかる――と、相場が決まっているだろ? それを待つのが男の甲斐性ってものさ」
「相変わらず、カッコイイことで……」
さて、そんな俺たちが今いる場所は、更衣室を出たすぐ横の道の脇。
会話の内容からも察せられると思うが、パパッと服を全部脱いで海水パンツを履くだけでよい男性陣とは違い、色々と準備のあるらしい女性陣を待つためにこの場で二人、適当な会話をしながら待機していた。
だがそれも、もうすぐの辛抱だろう。
その直感が示す通り、「お前には敵わない」とばかりに肩を竦めるそらの奥から見知った二人の人物を捉える。
「……おまたせー」
「ご、ごめんね……。少し、遅くなっちゃった……」
最初に声を掛けてきたのは倉敷さん。
胸元は白のフレアビキニであり、腰から下はパレオが巻いているという、そらの好みそうな彼女らしい装いなのだが……それ以上に気になったのは、その手に持った大きな浮き輪であった。
そして、もう一人は詩音さん。
こちらは……どうにも恥ずかしがっているようで水着の上からラッシュガードを羽織っており、にもかかわらず頻りに裾を引っ張って、露わになった眩しい太ももを何とか隠そうとしている。
どちらも素直に似合っていると、俺は思った。
ウチの学校には水泳の授業がないし、その姿はとても新鮮に映っている。
「いいや、大丈夫だよ。それじゃあ、みんな集まったし行こうか」
首を振って、先程の返事に答えた。
まずは人の波に乗り、目的のアトラクションまで進んで行こう。
――というわけで、やって来たのは流れるプール。
そこそこの人数が、各々気ままに並に揺られて進んでいる様は少し面白くもあり、異様だとも感じる。
そのプールサイドでまずは軽く体操をすれば、我先にと倉敷さんは持ち前の浮き輪に体を収めて飛び込んだ。
パシャッと水が弾ける中、保護者よろしく追いかけるそらを横目に、俺は詩音さんに声を掛けた。
「俺たちも入ろうか」
「う、うん…………」
しかし、返事に反して動きはない。
先程と同様に、モジモジと自分の格好ばかりを気にしてその場に立ち尽くすばかり。
「…………もしかして、恥ずかしい?」
当たり前だが、プールは水着が基本だ。
それに加えて、この流れるプールには大勢の人がいるわけで、事故とはいえ他人との接触も少なくはない。
だとするならば、異性があまり得意ではない詩音さんには少し酷な場所だったか……。
「アレだったら、俺たちだけ他の場所に行く? あっちの底の浅いプールとか、ここより人数少ないし、ゆっくりできそうだよ」
「あっ…………えっと……」
しどろもどろになる彼女。
けれど、何かに縋るように俺の指を一本握ると――。
「――そう、なんだけど…………あの……皆と泳いでもみたくて、だから……」
頑張って、真っ赤な顔を俯かせながらそう言ってくれた。
だから、俺も応えてあげるんだ。
「……分かった。なら、俺が詩音さんを守ってあげる」
「…………っ! うん!」
手を取り、プールへと入る。
先に進んでしまったであろう友達を追いかけるために、それでいて約束と彼女自身を守るために……少し急いで、でも一緒に、俺たちは泳ぐのであった。
♦ ♦ ♦
「…………やっぱりシメはスライダー」
「だな!」
そろそろ帰ろうかという話になった時分。
幼馴染コンビのそんな一言で、俺たちはこのプール施設の一番の目玉である大型スライダーへと赴いていた。
高さ十四メートル。全長百メートル。
専用の浮き輪ボートに乗って滑るソレは、一人用と二人用の二種類が存在し、若者に人気のあるアトラクションだ。
故に二時間・三時間待ちは当たり前なのだけど、俺たちが帰宅の提案をしたように時間も時間であるため、一時間もかからずに順番は回ってくる。
「んじゃ、先に行くわ」
「……健闘を祈る」
倉敷さんは前、そらは後ろを陣取ると、続く俺と詩音さんに向けて不敵な笑みを浮かべ、早々に滑っていった。
――が、しかしだ。
おそらく身体を固定させるためだろうけど、そらが背後から抱きしめるように倉敷さんの身体を引き寄せる姿は、仲の良さを感じさせるな。うん。
…………正直、健全な学生には少し目に毒だと思う。
「では、お次の方どうぞー!」
係員の指示で俺と詩音さんは前に出ると、スライダーの入口手前にボートが設置された。
「詩音さん、前と後ろのどっちがいい?」
「ま、前は怖い……から、後ろで」
「了解」
簡潔なやり取りを経て乗り込むと、アトラクションをするに当たっての注意事項を当然ながら受ける。
「スライダーを滑る際は転落防止のため、必ず横に付いております取っ手を握ってください。ただし、後ろの方に限りは前の方の身体にしがみついてもらっても構いません。その場合は、しっかりと相手の身体を抱き寄せ、強く組み付いてくださいね」
先頭の俺は、当然のごとく取り付けられた取っ手を思い切り握った。
そして、同時に納得する。
あぁ、なるほど。
だから、そらたちはあんな行動をしたのか――と。
…………って、そんなわけあるはずがない。
冷静に自分に突っ込む。
だって、掴む必要性があったにしても、今の詩音さんのように横の取っ手を握ればそれで済んだのだから。
全てはやはり、彼らの仲の良さに起因していた。
「それでは、いってらっしゃい!」
係員がボートを押し、ゆっくりと進み出す。
筒の中、流れる水を頼りに前傾へと傾いていけば――。
「――翔真くん、ごめんね」
耳元でそんな声がすると、背中はフワリと温かくて柔らかい感触で包まれた。
スライダーは凄まじい速度で、まさに一瞬の出来事だったのだけど俺はその時の景色を何一つ覚えていない。
気が付いたら、いつの間にかすでに出口にいて……。
真っ赤な顔の詩音さんと、それから笑顔でサムズアップする友が二人――それしか記憶に残っていなかった。
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