8月10日( ) 勉強合宿・帰宅

 鬼の徹夜が終わり、朝食を済ませて帰りのバスへと乗り込んだ現在。

 そこは行きの時とは打って変わり、とても静かで、三枝先生も含めた皆が小さな寝息をたてながら眠っていた。


 響くエンジンの鼓動、それに伴う規則正しい振動。それらが蓄積された勉強疲れに作用したのだろう。

 ある者は自身の腕を枕しに、またある者は窓に頭を預け、陽の光を浴びながらも心地よさそうに目を閉じている。


 そんな様子をたった一人、座席に膝立ちして眺める私。

 ブツブツと文句を言いながらも寝かせてくれたそらのおかげで生憎と今は眠気がなく、こうして唯一の生存者と化していた。


 …………いや、生存者ならもう一人いたか。


 バックミラー越しに目が合い、バス内の惨状に苦笑を浮べるおじさん。

 多くの人が倒れている中で、私たちの送り迎えという仕事に従事してくれる真摯な運び屋――運転手さんだ。


 うん、まぁ……数に入れるかは微妙なところだと思うけど……。


 閑話休題。


 さて……故に、この光景を楽しめるのは後にも先にも私だけだという状況。

 それを私はめいいっぱいに楽しんでいた。


 例えば、私の一つ後ろの席。


 睡眠とは、人間の持つ無意識状態の数少ない一つであり、その時の自分についてに限りは己よりも他人の方が理解が深いという不可思議な一時。

 だからこそ、こうして生まれたのだろう。


 仲良く、二人で頭を寄り添わせるようにして眠る詩音と畔上くんの顔を、持ってきておいたスマホのカメラでシャッター音を消して撮影した。


「…………後で送ってあげたら、喜ぶ……かな?」


 何にしても、反応が楽しみ。

 きっと、アワアワと顔を真っ赤にさせるに違いない。


 その予想されうる未来に満足し、口元に微笑みを携えると、シートに着席しなおして、窓の外を見る。

 車内はエアコンが効いていてそれほどには感じないけれど、ギラギラと照りつける太陽が夏をそのまま示していた。


 かと思えば、ふと辺りは暗くなる。

 トンネルに入ったのだろう。オレンジ色の光が仄かに場を照らし、外の世界を映していた窓は光を反射させ、鏡写しに私の背後を見せてきた。


 通路側に身体を傾け、腕枕をしながら寝息をたてる幼馴染の姿を。


 その時、何を思ったのかは私自身にも分からない。多分、衝動というやつだ。


 振り向き、直接そらを見つめるとその頬をそっと撫で、こちら側に頭を傾けさせてあげる。

 そうして肩で受け止めれば、何となくしっくりきたように感じて私はひとつ頷き、また窓の外を眺める作業に戻った。


 首筋を擦る彼の髪がこそばゆい。触れた肩から鼓動が伝わり落ち着かない。

 けれども、そんなに悪いものではない。


 トンネルを抜け、眩い光が差し込む。

 感じた温もりはとても安心するものであり、ほんの少しだけ熱く感じた。


 ――夏はまだまだ、これからだ。

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