7月31日(水) 全国大会・団体戦・二日目・後編
始まった準決勝。
その試合は淡々と進み、二勝二敗のまま最後のシングルス戦にまでもつれ込んでいた。
部長が、皆が繋いでくれたバトンを胸に選手同士の握手へと移れば、対戦相手でもある絶対王者の男は話しかけてくる。
「お初にお目にかかる。畔上翔真だな?」
俺よりも背が高く、そして細いにもかかわらずやけに筋肉質な身体。
気迫が凄まじく、臆しそうになる心をなんとか保ちながら俺は答えた。
「…………どうも、初めまして。知ってくれていたんですね」
「無論だ。去年の君の試合を見て以来、ずっと戦いたいと思っていたからな。今日が楽しみだったよ」
「それは……ありがとうございます」
意外だ。去年といえば、俺は九州大会止まりだったはず。
それでも知ってくれているなんて……。
「――でも、残念だ」
「……………………? 何が、ですか?」
急な否定的な言葉に疑問符を浮かべる。
「蔵敷宙……知ってるか?」
ともすれば、突きつけられた一言に驚きを覚えた。
……この人、そらのことまで知ってるのか。
「――――! ……もちろん、同じ部員ですので」
「そうだったな……なのに、なぜ出場していない?」
責めるような、それでいて落胆しているような視線。
「彼もまた面白い選手だ。……私とは真逆で、な。願わくば、戦ってみたかったよ」
この人は今年で三年生だったはず。
すでにプロ契約の話も数件きているらしく、もう二度とそらと交わることのない故の嘆きなのだろう。
「……………………すまないな、話が長くなってしまった。正々堂々、戦おう」
「……よろしくお願いします」
再度、固い握手を交わす。
「畔上・トゥ・サーブ、ラブオール、プレイ!」
主審のコールが響き、仕掛けた俺のショートサーブ。
それを、図体に似合わず繊細なタッチで前に落としてくるため、ロビングを放った。
――のだが、その打球への反応が凄まじい。
また、俺以上に高いという長身を活かした大きな一歩で、傍から見れば全く苦もない様子のまま落下地点へと入り込んだ。
――――くる!
まるで大鷲が翼を広げるかのように、雄々しくも凛々しく、天に手を向け、ラケットを構える様は美しい。
お手本のような姿勢から放たれた一撃は、身体中のバネを余すところなく利用し、力は逃がさず、全てを速度へと昇華させた刹那の技。
「――ワン・ラブ!」
身体を動かせなかった。ピクリとさえ反応できなかった。
これが……これこそが、高校生最速のスマッシュ…………。
俺は初めて、打球を見ることさえできなかった。
♦ ♦ ♦
「はぁ、はぁ…………」
滴る汗を袖で拭う。
抜けそうになるグリップを煩わしく思い、手のひらをズボンに押し付けた。
「……………………強い」
現在は十四対十七。
負けていながらも随分と善戦しているような点数であるが、実はそうではない。
香織先輩から事前に知らされていた情報ではあるのだけど、初対戦の相手には第一セットに関してのみ被得点率が異様に高いらしいのだ。
先輩の仮説曰く『相手の力量を見極めるため』のようで、数少ない弱点となりうる部分だ――と。
なればこそ、俺は責める。
もし、そのことが真実ならば、このタイミングでプレイスタイルを変えることでさらに得点できるということなのだから。
「……技を借りるよ、親友」
そう呟いた俺は、相手のサーブに集中する。
放たれたショートサーブをプッシュで返せば、打球はネットに触れて前に落ちた。
突然の出来事に、だがしかし一歩で追いついた相手は拾うも、少しシャトルは浮く。
そこをすかさず叩く!
ジャンプし、振るラケットによって打球は鋭く、速く突き刺さろうと走る。
けれど、それよりも前にまたしてもネットが邪魔をし、勢いの殺されたシャトルはポトリと呆気なく地面を転がった。
「フィフティーン・セブンティーン!」
「よしっ……!」
いける!
その手応えを感じていた。
そして続く俺のサーブ。
いつも通りにショートサーブから始まり、ヘアピン、それをロビングと一球目さながらの攻防を繰り広げれば、敵は同じようにスマッシュの体勢に入る。
しかし、どんなに速く不可視な打球であっても、殊バドミントンにおいては万能ではない。
羽根という独特の部位を持つシャトル故に、速度はすぐに減衰し、落ちる頃には必ず目視できるようになっているのだから。
だから俺は敢えて待ち、地面に触れるギリギリのラインで打球を見定め、ネットインのカウンターを放った。
さすがに待つという数瞬の時間があったため対処はされるものの、それでも浮き球で返すのが精一杯なようで――。
「シックスティーン・セブンティーン!」
スマッシュで詰め、また得点。
流れは確実にこちらに来ていた。
「…………今のショット」
転がるシャトルを見つめ、彼は呟く。
「あぁ、貴方の待ち望んでいたそらの技だよ」
「…………何と緻密な」
その讃えるような言葉が、まるで自分のことのように嬉しかった。
だからだろうか。普段なら言わない、むしろそらの方が言いそうなこんなセリフを吐いてしまう。
「俺は貴方を倒す。勝って次に進むんだ。――親友のこの技とともに!」
「面白い……!」
闘争心を剥き出しにする俺たち。
その言い放った言葉が示すとおりに、俺は第一セットを勝ち取ったのだった。
♦ ♦ ♦
「ゲーム! マッチ・ウォンバイ――」
――結論から言うと、俺は試合に負けた。
順調に第一セットを取ったわけだけど、続く第二セットの途中で流れは変わり、トントン拍子でセットを奪われてしまったのだ。
その敗因はおそらく――。
「――楽しかったよ、畔上翔真。私からセットを奪った手腕、見事だった。…………だが、所詮は付け焼き刃だったな」
握手の際に言われたこの言葉。
見様見真似だったために、すぐに慣れられてしまったせいだろう。
礼をし、ベンチへと戻れば先輩たちは泣いていた。
先生たちは褒めてくれたけど、彼相手によくセットを取ったと言ってくれたけど、その流していた涙が忘れられなかった。
もし、選手が俺ではなくそらだったら……。
常に、戦う度に戦術が増えている彼だったならば、もしかしたら買っていたのでは? 少なくとも、この涙は無かったのでは? そんな思いに押し潰されそうだ。
その折、暗い心情の中にいた俺の背中が強く叩かれる。
「畔上、君に下を向いている暇はないぞ」
顔を上げれば、そこには部長がいた。
「まだ終わってない。シングルスがある。その後も、僕の代わりに皆を引っ張らなければいけない」
泣きながら、それでも激励してくれる。
「だから……だから…………! 俺たちの分まで頼んだ!」
「――――! …………はいっ!」
その瞬間に、改めて分かった。
彼らの夏は終わったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます