7月3日(水) 定期考査・二日目

「よっす」

「……はよー」


 朝補習もなく、ゆったりとした時間に登校できる喜び。

 その快適さを感じながら私たちは教室に入り、それぞれの前と後ろに座る少年少女に声を掛ければ、二人はは勉強している手を止めてこちらを向いてくれた。


「おはよう、そら、倉敷さん」

「お、おはよう……!」


 そんな何気ない挨拶を済まし、机に鞄を置いて中身を取り出していれば、一通りやることを終えたのか詩音がこちらに向き直る。


「それにしても、昨日の三枝先生の話はビックリしたね」


 そして話題になるのは勿論――と言っていいのか、先日の放課後に半ば強制的に参加させられたテストのことだ。


「前の定期考査が終わったあとくらいに、蔵敷くんと先生がそんな話はしてたけど、本当にやるとは思ってなかったなぁ……」


「……しかも、その賞品が驚き」


「だ、だよね……『先生に何でもお願いできる』って、大丈夫なのかな……?」


 まぁ、それを踏まえたうえできっと難しい内容にするのだろう。

 少なくとも、絶対に満点を取られないような設問を一つは用意するはず。あの先生なら確実に。


「それに、先生の担当するコミュニケーション英語のテストって、明後日の金曜日だよね? 最終日だけど、ちょっと時間が厳しいような……」


「それも多分、先生の魂胆」


 そうに違いない。

 腹黒いことは最初から分かりきっていたことだけど、物理的に勉強時間を減らしにくるとは……さすが汚い。


「そっか……でも、そうだよね」


「…………ん、そう」


 私が頷けば、そこで一度会話は終わる。

 しかし、同じ流れのまま、少し毛色の違う話題が振られた。


「けどさ……もし百点取ったとしても、何をお願いするか悩んじゃうね」


 確かに……常識の範囲内で――というのが暗黙の了解であるため、それを踏まえて先生に頼むことなど基本的には学業に関係することだけとなってしまう。


 だとすれば、特にお願いしたいということもないわけで……。

 『何でも』という言葉は存外、自由なようでいて束縛のある、聞こえの良いだけの言葉なのかもしれない。


 そらも前に言ってたし。「『何でもいい』が一番困る」って。

 …………アレは献立の話だったけど。


「かなちゃんはもう決めてるの?」


「もちろん」


「どんなこと?」


「…………秘密」


 口元に人差し指を立て、教える気のないことを強調する。

 だって、恥ずかしいから。


 ともすれば、後ろからは笑い声が響いてきた。

 チラと向けばそらと畔上くんが楽しそうに談笑しており、しかし、机の上にはノートなどが広げられて手に持つペンも動いていることから、会話をしながら勉強しているのだろう。


「…………翔真くんは何をお願いするのかなぁ」


 少し心配そうに、そう語る詩音。

 その懸念も分からなくはない。畔上くんはもちろんのこと、そらも、良識は持ち合わせているから変なお願いはしないと思うんだけど……それはそれとして、である。


「畔上くんは、そもそも満点を狙いにいかないんじゃない? あんまり、こういう賭け事っぽいの好きじゃなさそうだし、いつも通りやって取れたらラッキーみたいな感覚かも……」


「うん、私もそう思うんだけどね……」


 でも、気になると。

 ……恋する乙女は大変だ。


「…………頑張れー」


「えっ……? う、うん……頑張る……!」


 なんの脈絡もなく――私の思考内では繋がっているけど――送った応援に、はてなマークを頭に浮かべながら親友はグッと気合を入れるようなポーズをとる。


 とはいえ、話を聞く限りでは詩音は本気で満点を狙いにいってはないようだ。

 また、意見が一致したことからみて、畔上くんも敢えて百点を取りにはいかないだろう。


 最後にそらであるが、これに関しては聞けば分かる。

 聞いてないから、分からないだけ。幼馴染に隠し事は通用しない。


 となれば、返答次第ではあるのだけど、三枝先生の催しに本気で挑むのは私だけ――という結果も有り得そうだった。


「…………頑張るかー」


「…………? かなちゃん、何か言った?」


 漏らした言葉に詩音が反応する。


「ん……いや、勉強を頑張ろうかなって」


「ふふ、そうだね」


 試験期間中に何を今更――と言った具合で笑われてしまった。

 でも、そうじゃない。少し違う。


 全てはお願い事のために。

 久々にやってやろうと、私は思った。

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