7月2日(火) 定期考査・一日目

 〜〜♪ 〜〜〜〜♬


 チャイムとして起用されている、この学校の校歌の伴奏が流れると同時にペンを置く。

 後ろから回収されていく解答用紙を前へ前へと送れば、俺はグッと伸びをした。


 小気味よく鳴る背中の音に耳を傾けていると、ザワザワとあちこちから雑談が溢れるようになってきたが、それもまた当然のこと。

 三限目の数学のテストが終了した現在、予定されていた業務は全て終わり、あとは帰宅だけなのだから。


「そら、かえろー」


 そんな中、出していた筆記用具を筆箱に片付け、机の横に掛けた通学鞄に手を伸ばすと、前方からそんな声が届く。


「おう。……で、数学はどうだったんだ?」


「ん…………赤点は回避した、かも」


 かも、か……。

 なんとも曖昧で危うい答えに俺は笑った。


「だ、大丈夫なの……かなちゃん? ダメだったら追試だよ?」


「でも、毎回そう言いながら回避してるみたいだし、問題ないんじゃないかな。倉敷さんも……もちろん、そらの方も」


 一方で、いつものように集まってきた菊池さんと翔真は、それぞれが友人を心配し、また信頼し、違った反応を見せている。


「まぁ、そもそもウチの学校は赤点のラインが低いからな」

「…………規則の勝利」


 学校によっては四十点以下、平均点の半分以下など様々な特色があるのだろけど、この学校では三十点以下を赤点と扱っていた。

 だから、どれだけその教科が苦手だろうがまともに対策をしていればそうそう取る点数ではないし、ましてやドヤることでもない。


 ………だよ? ピースをキメてるかなたさん。


「――あぁ、良かった……まだ居ました」


 そんな様子に菊池さんは苦笑いをし、帰るムードが漂いつつあれば、しかし、急に開きっぱなしのドアから教室に顔を覗かせる一人の人物が現れる。


「そらくん、ちょっといいですか?」


「…………先生?」


「はい、先生です。少しお話があるので、来ていただきたいのですが……」


 ……何だろう?

 疑惑の目が三方向から計六つ飛んでくるけれど、全く心当たりがなかった。思わず肩を竦める。


 でも、こうして呼ばれた以上、行かないという選択肢はない。


「…………分かりました」


「ありがとうございます」


 釈然としないままに頷けばニコリと先生に微笑まれ、そうして連れられた先はまさかの職員室。

 しかし、他のクラスはまだ帰りのHRホームルームが終わっていないのか、三枝先生以外は見当たらなかった。


「さて……そらくん。何で呼ばれたか思い当たる節はありま――」


「――分かりません!」


 怒り文句の常套句。

 それどころか、バレていなかった罪まで自白させる悪魔のような前置きを遮って、俺は即答する。


「…………さすがに早いですよ、そらくん。せめて最後まで聞いてください」


 そのことが気に障ったのか、少しむくれる先生であるが仕方ないことだろう。


「いやだって、本当に分からないですし……。俺、何かしました?」


 覚えが全くないのだから。

 故に、単刀直入に尋ねてみれば、けれども返答は関係のないものであった。


「いえ、そういう話ではないです。――ところで、そらくん。定期考査の方は順調ですか?」


「…………? ……えぇ……まぁ、今のところはいつも通りですけど」


「そうですか、それは良かったです」


 …………何だ、何の話だ?


「物理はどうでしょう? 明日だそうですが、満点――アイスは手に入りそうですか?」


「さぁ……どうでしょうか。いじわる問題次第でしょうね」


 過去に話したことがあるかもしれないが、ウチの物理のテストでは満点を取れば教科担任の先生がアイスを買ってくれる――のだが、なぜその話を……?


「そうですか、そんなそらくんに朗報です」


 いや、待て……!

 何か嫌な予感が――。


「前に話して検討してみたのですが、めでたく私のテストでも満点を取れば、何かご褒美を差し上げることにしましたー」


 ……………………あー。


「…………ありましたね。というか言ってましたね、そんなこと」


「はい。そうすれば、そらくんがやる気になってくれるらしいので」


 くそ……前回の定期考査の時か。

 忘れてた……。


「…………で、肝心の賞品は何ですか?」


 でも、その時に言ったはずだ。

 人というのは目先の欲に対して動く。であれば、それに魅力がなければやる気の理由にはならず――。


「――そうですね、では『私にできることを、何でも一つだけ頑張って叶えてみせる』……というのはどうでしょう?」


「…………『何でも』ですか?」


「はい、『何でも』です♪」


 思わず生唾を飲みこ――って、違うそうじゃない。


「いや、さすがにそれは……」


 予想外の回答に思わず口が吃る。


「しかも、俺一人だけってのはクラスの皆に悪いというか……アンフェアじゃない気が……」


 そして、柄にもないことを口走ってしまう。

 すると先生は、急に立ち上がった。


「それは、まだ試み程度のことだったので。なので、言い出しっぺのそらくんに声を掛けました。それに――」


 同時に入口へと足を進めれば、ガラリと扉を開ける。


「――一人じゃないですよ。この、盗み聞きをする悪い子三人も対象です」


「…………バレた」

「ご、ごめんなさい……!」

「……………………」


 かなた、菊池さん、そして肩を竦める翔真とまさに三者三様。


「以前の話では、皆さん一様に『やる気が出る』と言ってましたし、点数のほど期待していますね?」


 拒否権もなく進められる話とのしかかるプレッシャーに冷や汗をかく一同。

 そんな中で唯一、挑戦的な目を向ける幼馴染の姿があることに俺だけは気付いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る