6月11日(火) 不自然な日常
いつもの日常。変わらない通学路。
未だに寝惚け眼を擦る幼馴染の足取りはフラフラと危うい。
その手を普段の通りに取り、しっかりと握りしめてあげれば、先程よりは大分マシになった様子で俺の後ろを付いてくる。
見上げる太陽は程よく眩しい。日中は暑くなってきたが、それに比べて朝方はほんのりと肌寒かった。
花びらの散った桜の木は、新緑萌える若々しき葉で覆われており、風が吹くたびにガサガサと音楽を奏でている。
見渡せば、ごった返しというほどではないにしても、それなりの数の学生がこの駅から続く通学路を歩いており、校門前ともなれば通常の公立高校の生徒数と同じレベルで人が登校しているのが分かった。
そのまま歩くこと、さらに数分。
教育棟を抜けて、俺たちの学科がひしめく実習棟へと赴けば、そのまま階段を上がって四階へ。
コツコツと響くローファーの足音を心地よく感じながら教室の前まで来ると、同時に手をかけ、何気ない動作で横にスライドさせた。
朝補習前ということもあり、生徒たちの声で満ちる喧騒。
その中をガラガラと異音が走り抜ければ、一瞬だけ時は止まり、会話も止まり、チラと視線が注がれる。
それはすぐに元に戻るけれど、先程までの様子と変わらないように見えるけれど、時折、しかし確かに俺たちの繋がれた腕は静かに見つめられていた。眺められていた。
「…………………………………………」
その妙な態度に気付いてなお、俺は何もしない。発しないし、表にも出さない。
そして同時に、理由も薄々感じていた。
恐らく、文化祭のことが起因していると。
彼ら彼女らは理解できないのだろう。
過去に虐め、そして虐められていた者たちが手を繋ぐほどに、仲良くしていることを。
しかし気にせず、そのままかなたの手を引いて自分の席へと連れて行けば、彼女は突っ伏し、動かなくなった。
これもまたいつも通り。低血圧故に、自らに用事ができたか菊池さんが話しかけてきた時以外は眠る、一種のお姫様状態。
そんな様子に、ほんのり口角が上がる感覚を覚えながら優しくソっとその髪を一撫でする。
奇異の目を向けられている事実を肌で感じながら。
それを終えれば、動作の延長線上として俺は自分の席に鞄を置いた。
幸いなのか、どうなのか。翔真も菊池さんも、この場にはいない。
……まぁ、いた所で何も変わらないのだけど。
手持ち無沙汰になった俺は本を開く。
未だに喧騒は止んでいないはずなのに、教室前方に掛けられた時計からは秒針を刻む律動が仄かに聞こえていた。
何も変わらない、いつも通りの日常。
普段と同じ、似たような動作と過ぎる日々。
けれど、だからこそ、その差異は目に見えて浮き出てくる。
視線だったり、僅かな息の漏れ具合だったり、細かな違いが肌に刺さる。
それは気持ちの悪いことで、気味の悪いことで、でも、理解できることでもあった。
要は距離を測りかねているのだ。皆、どうすればいいのか分からないのだ。
故に、取り敢えず、平時を演出した。
自然を意識するがために、不自然に紡がれている日常だと誰もが気付いていながら。
今日もまた学校は始まる。
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