5月27日(月) 定期考査最終日
「それでは、定期考査終了を祝って――」
『乾杯ー!』
本日の地理・数Ⅱ・古文を終えることで定期考査から解放された俺たちは、午前授業であることを活かし、お昼ご飯も兼ねて学校帰りにファミレスへと訪れていた。
その中でも、西日本――主に九州を中心にチェーン展開する、学生なら必ず一度はお世話になるであろうお店、『ジョイホー』。
安く、それでいて美味しくて、さらにはドリンクバーの施設がかなり充実しており、幅広い層から利用されている。
どこぞのイタリアンファミレスやら、ネコ型ロボットの主張が激しいお店、ロイヤリティに溢れる
誰の財布の中にも、基本的にはここ『ジョイホー』のドリンクバークーポン券が常備されており、それによって税込み百六十二円で好きなだけ飲み物を楽しめる。
また、会計時に来店人数分だけクーポン券をさらにくれるため、減ることのない永久機関。むしろ、来るたびに枚数は増え続け、知り合いにひたすら配りまわるという、供給過多な現状はいっそ面白くすらあった。
そんな良いお店で、取り敢えずの意味もかねて乾杯の飲み物を各々に取ってきたわけであるが、そのチョイスもまた人自身の性格が出ているようだ。
まずは、抹茶オレをカップに、ソーサラーまで用意する俺。
ココアと並ぶ、二大注文飲み物であり、甘い香りとほんのり漂う湯気がかなり良い感じだった。
続いては、かなたが紅茶を飲んでいる。
ティーバッグにお湯を注いで作ったアップルティーからはリンゴの香りが強く漂い、自己主張が激しい。
銘柄が『アフタヌーンの紅茶』だったら、俺も飲んだんだけどな……。
一方で翔真はグラスにアイスコーヒーを注いでおり、菊池さんは俺たち四人の中でただ一人スープバーまで付けていた。
持ってきたクリームチャウダーはスプーンで混ぜられるたびにそのトロトロ加減を見せつけ、とても美味しそうに見える。
……俺もスープバーまで付けた方がよかっただろうか。
それでも二百十六円――ドリンクバーにプラス五十四円するだけだし、かなりお得である。
とまぁ、語りはしたが、本来の目的はお疲れ様会。
ひとしきり飲んで、わちゃわちゃと軽く雑談をすれば、各々がメニューを開いて好きなものを注文していく。
「そら、何頼む?」
「んー……難しいよな。そもそもガッツリ食べるか、デザート系で安く満足でいくかで迷ってるし」
普段から自分の趣味にお金を使う者としては、ここ安くて美味しい『ジョイホー』であろうとも、出費が大きかった。
一応、昼は外で食べるからと、母さんからは五百円をいただいているが、それだけでどうにかするべきなのかどうか……。
「わ、私……決まった」
「俺も決まったよ」
向かいの客席からは二人――翔真と菊池さんが仲良く覗いていたメニューを閉じて、そう教えてくれた。
「マジか……ちなみに、何頼むんだ?」
「俺はレギュラーツインハンバーグ」
「わ、私は明太スパゲッティを……」
なるほど。どちらも割としっかり食べるのな。
「……かなたは?」
「…………チキンドリア、かな」
暫く悩み、ページをペラペラと何度も往復することで、ようやく決まったようだ。
まぁ、まだ何も決まってない俺が言うセリフではないけど。
でもそうか。皆がそんな感じなら、俺もちゃんとしたものを食べるか。
「…………おっ、これよさそう」
捲って捲って、一通り眺め、直感的にピンとくるものを見つける。
店員呼出ボタンを押せば、ピンボンと店内に音が響き渡り、あとはしばらく待つのみ。
「それで、そらは結局何にしたんだ?」
その間の暇つぶしも兼ねているのだろう。
俺がした質問と全く同じ内容のものをぶつけられる。
「まずはゴボウのから揚げ。アレは美味いからな」
「確かに」
「う、うどんにもよくトッピングされてるもん……ね」
「そら、私にも一口ちょーだい」
概ね好感触なのは、やはり福岡の血筋というやつか。
しかし、どうしてここまでゴボウ好きが多く、ゴボウ料理が提供されているのか……。別に特産でもなんでもないよな?
「で、あとは鮭雑炊」
『――鮭雑炊!?』
何故か一同に驚かれた。
「ファミレスまで来て雑炊を頼むのかよ……」
そんなに変な注文だろうか。
だってメニューにあるんだぞ、商品開発者に謝れ。
「わ、私は良いと思うよ……! お、美味しいよね……雑炊」
フォローをありがとう、菊池さん。
でも、その気遣いが逆に悲しみを生んでいる気がする。
「そら、そら。後でシェアしよ」
そして、毎回思うがかなたはマイペース過ぎるだろ。もっと何か、話を広げろ。
雑炊とドリアのシェアってなんだよ、組み合わせが異質すぎる。
雑炊の扱いの軽さと不憫さに嘆きつつ、この話は店員が注文を取りに来るまでずっと続いた。
♦ ♦ ♦
宴もたけなわ。盛者必衰。
時間というものは楽しいほどにいつの間にか過ぎ去っているものであり、気が付けばもう夕暮れ時だ。
店はまだ比較的空いているからといって長居をするのも申し訳なく、それなりに食べて話したこの数時間は割合い良いものであった。
自分の食べた分をそれだけ払う、というある意味公平な割り勘で会計を済ませば、店の外へと歩みを進める。
まだ五月だというのに、気温はもう夏真っ盛りであり、暑い風が頬を撫でた。
「あぁー、明日もまた学校か……」
模試、考査、大会。
大きな行事を立て続けにこなしたというのに、休みはなく、忙しなく毎日はやってくる。
「しかも、二週間のないうちに文化祭だ。その一週間後にはバドミントンの九州大会もあるし、まだまだ休めないな」
笑いながらそう翔真は言うが、割と冗談ではない内容だぞソレ。
来たるべき未来に明るいものがないと知り、絶望した。
まぁ、そのためのこの息抜きでもあったんだけどな。
「……それじゃ、まぁ、明日からも頑張って生きますかー」
「だな」
「う、うん」
「おー」
俺の不自然な言葉のニュアンスに、誰も気づいてくれる者はおらず……。
駅までという道半ばまでではあるものの、珍しくも俺たちの帰路には、四つの影が立ち並ぶ。
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