5月26日(日) 県大会・個人戦シングルス・二日目 ― 中
始まる三ゲーム目。
それは、この試合を決定づける最終ゲームでもある。
一ゲーム目を難なく制し、楽に勝てる試合だろうと高を括っていれば、待っていた結末は二ゲーム目を落としたという事実だ。
途中から流れが変わった。
まるで心でも見透かされているかのようにこちらの打球位置に回り込まれ、逆に想定とは違うコースに打ち込まれる。
もちろん、それはあくまでも相手の読みであり、当然外れることもあるために点数差としてはそれほど大きく現れてはいないけれど、プレイ内容から見れば俺の方が押されていることは間違いない。
そして、極めつけは二ゲーム目の勝敗を決めた、ネットインの一撃。
無名選手によるジャイアントキリングに加え、劇的な――奇跡とも呼ぶべき試合展開から会場のボルテージは一気に向こうよりへと変化していた。
今なら分かるような気がする。
昨日言っていた、畔上翔真のあの言葉の意味が。
前ゲームの勝利者――すなわち、敵である
それを何とか返してみれば、初手からいきなりのヘアピン。しかも、先ほどと同様にネットインが起こり、ラケットは届くもののシャトルを浮かしてしまう結果となった。
バドミントンとは相手を崩すスポーツである。
そのため、こうして体勢の崩れた俺に待つのは失点。絶好の機会を逃すはずもなく、そのまま直接打球を叩かれてしまった。
鮮やかで無駄のない攻防に観客は沸く。
続く二球目。今度はロングサーブからの始まりに、俺はクリアを上げた。
一方の相手の行動はといえば、これまでのスタイルからはかなり珍しく、いきなりスマッシュの連打。ただし、速度はそれほど脅威ではないため、前に鋭く落とされる打球のみを警戒しつつ、丁寧に一球一球を返していく。
数度の似たやり取りの果てに、仕掛けてきたのはもちろん相手だ。
スマッシュと全く同じモーションから放たれるドロップに、俺は焦って前へと出る。
しかし、起こるのは再びのネットイン。
こうなってはネットより下で受ける他なく、また、先ほどの叩き付けを思い出し、レシーブが少し消極的になってしまった。
そして、それが駄目だったのだろう。
フワリと浮かぶシャトルは少し浮き上がりが足りなかったようで、ネットに阻まれ、こちらに戻ってきた。
「トゥー・ラブ」
主審のコールが響く。連続得点に歓声は湧く。
かなり苦しい戦いを強いられていた。
三球目。同様にロングサーブがくるが、今度はフットワークが間に合い、こっちからスマッシュを打つ。
少し体勢が崩れ、本調子の威力ではないが、相手もまた返すことに精一杯のようで甘めのヘアピンが返ってきた。
そんな相手の守りなヘアピンに対し、こちらは強気な攻めのヘアピン。
お互いに前への落とし合いを繰り広げ、そして俺はロビングでさらに攻める。
けれども、敵もまたそれを読んでくる。
反応だけではあり得ない速度で落下地点へと回り込まれたので、スマッシュを警戒して俺も少し深く構えた。
案の定、鋭い音を響かせて真っ直ぐに飛んでくるシャトル――その到達予測点にラケットを用意していると、嫌気がさすほどにそれは訪れる。
二度あることは三度ある。
羽根がネットに触れ、一転して打球は自らヘアピンへと姿を変えた。
それは、たとえプロであっても取れないのではないか。
そう思って、自己正当してしまうほどには理不尽な現実。
二ゲーム目の終わりから数えて四回連続のネットインに、ついには観客さえも引いていた。
同時に覚える違和感と恐怖。
ここまでネットインというものは偶々起きるものだろうか。もしかしたら――。
「ネットインを……狙って、出してる…………?」
感情は否定したい気持ちでいっぱいだ。
あり得ない。そんなことが簡単にできるのなら、とうの昔に誰かが実践している。
でも彼は、蔵敷宙は無慈悲にもこう告げるのだった。
「言っただろ、運も実力のうちだ……って」
負けるのか、俺は……?
まだ序盤だというのに、心がすでに折れていた。
勝てない。勝ち目がない。
狙ってネットインなど、バドミントンを舐めくさった子供が考えたような馬鹿げた攻撃スタイルだ。
暗く、黒い感情が心に吹き荒び、闇は巣食う。
そんな折に届いたのは、励ましのエールでもなければ、熱い叱咤激励でもない。
普段の試合では聞くことのない異音と、悲鳴という名の歓声。
隣のコートを慌てて見やれば、俺が個人的にライバル視している畔上翔真が倒れていた。
何が起きていたのかまでは察せないが、起きたことならばある程度分かる。足首を抑えている様子から、何らかのアクシデントが彼の身に起きたのだろう。
すぐに担架で運ばれ、隣は一時中断。
その間にもこちらの試合は進み、九対三と一ゲーム目とは逆の展開を強いられていたところで、彼は戻ってくる。
まだ辛いのだろう。軽く足を引きずっていた。
靴下の下からは僅かに包帯が見て取れ、その額には脂汗が浮かんでいる。
だけども彼は試合を続けるようで、チラとこちらのコートに目を向けると、ラケットを持って構えを取った。
あの目線が指しているのは、俺なのか、蔵敷宙なのか。
何が彼をそこまで奮起させるのか。
分からないことばかりだが、少なくとも一つだけ言えることがある。
彼のライバルを語るのなら、こんなところで諦めるな!
すぐそこで、窮地に立たされたライバルは戦っているんだぞ! 勝てそうにない試合などスポーツにはいくらでもある! それを、技術や気持ちでカバーするのが本質だろう!
「――っしゃー!」
頬を思いきり叩き、声を張り上げた。
主審からは警告を取られるが、知ったものか。
バドミントンは考えるスポーツでもある。
ならば、考えるべきなのは九点取られた理由ではなく、なぜあの心境の中で三点も得点できたかだ。
それは偏に、相手のミス。
完璧ではない。万能でもない。どんな体勢からでも、あの魔法のようなネットインを作り出せるわけがない。
前提が、理想とする状況があって初めて成り立つ技。
だとするなら、俺の勝ち目はまだある。それどころか、むしろ勝負はこれからだ。
反撃の反撃を、見せてやる。
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