大切な人


 白い羽を持つ女性が出て行ってから数分経ってようやく緊張が収まっていき、今度は気だるさからか軽い眠気に襲われてきたところで扉をノックする音が部屋に響く。


「あ……良いで……ん……コホ………」


「メリル、入るよ」


 私は少し大きな声を出そうとしたが掠れてしまい、思い道理に出せないで喉を整えているとセリスの声がする。


 その言葉を聞いて安堵しているうちにセリスは扉を開けて中に入ってきた。


 けれど、そのセリスの表情は……やっぱり嫌だな。

 その表情、不安になる……


 セリスの表情は雪原の中で「助けるから」と言ってくれた時と同じ、ぎこちなくて無理矢理笑顔を作って私を不安にさせないようにしてるのが丸分かりなモノ。

 そんなのじゃ逆に不安になっちゃうよ……


「体調はどうだい?」


「はい、少し辛いですが部屋も暖かいですし……ケホ、だいぶ楽です」


 少しではない、本当はとても辛い。

 こんなにも酷いのに良く平気で行動できたと不思議な程に。


 この暖かな部屋にいるお陰で楽なのは本当。


 喉も痛くて、大きな声は出ないものの小さな声ならなんとか出る。

 けれどこんな状況でも私はセリスを気遣って楽だと伝えた。

 そんな無理した笑顔をしないでほしいから。


 夢で見た光景が離れないから尚更そう思う。

 目の前で心配そうにしている優しいセリスと、あのセリスが同一人物だなんて信じられない。


 涙を流す事すらできなくなり、口が裂けてしまいそうな程の狂気染みた笑みを浮かべて殺し続ける。

 ただ1つ、武力という純粋な力ただ1つ。

 自分の意思なんて、心が壊れてしまいそうになろうとも、全身傷だらけになろうが関係無く、ただ強くなるしか無かった。

 そうでなければ生きられなかったから。


 そんな光景を見ていて怖かったのは認めますが、何よりも、あの光景の中でセリスの魔力が叫んでいた。

 痛い、苦しいと。

 私が生まれてから19年間、様々な人の魔力を感じてきた身としてみれば、あまりにも非現実的で、ここまで苦しいと心の底から訴えかけるような、断末魔と誤解してしまいそうな魔力を私は感じたことが無かった。


 以前セリスはちゃんと言葉にして、辛かった事、悲しかった事、自分の溜め込んできた物を吐き出してくれて涙した。


 どれだけ理解しようとしても他人事であり、完全には理解してあげられなかった苦しさを初めて理解できたと思う。


 あの苦しみと比べてしまえば私の風邪なんて楽なもの。


 だからこそ私は笑顔で楽だと伝えた。

 天空城へ来る前セリスに言ったように、セリスを置いて死ねない、心配ばかりかけられない。


 この人には……私が必要だから。


「……分かった、無理はしないんだよ。

 取り敢えずミルクを暖めてきたからこれ飲んで、あと……粥でも作ろうかな」


「ケホ、ありがとうございます」


 ベットの横にある椅子に座ったセリスからコップを受け取り口にする。


「甘い……」


 口と中に優しい甘さが広がる。

 喉がガラガラなはずなのに、幸せな気持ちで自分の声色が少しだけ高くなった。


 その様子を自然な笑顔で嬉しそうに眺めてくるものだから少しだけ恥ずかしくなったけれど、助かったんだと心の底から安堵する。


「少しハチミツ入れてみたんだ。

 ただハチミツを入れただけじゃなくて他にも混ぜてね、飲みやすくしてある。

 メリルは甘い物好きだから、風邪引いててもこれなら飲みやすいかなって」


「はい、すごく美味しいです」


 暖められたミルクの美味しさもありますが、いつもの調子に戻ったセリスにホッとする。

 やっぱりいつもの方がずっと好きです。


「ところで……この部屋は廊下と比べてとても小さいと言いますか……普通の大きさですね」


 そのお陰もあって、いきなり天使を見たりで混乱していた私は余計な事まで考えられる程には落ち着いた。


 夢で見たあの廊下は門と同じくらいの高さに天井があった。

 それと、あの夢で見た光景は過去に天空城で起きた事だと何故か確信していた。


「ん……あぁ、ここはAみたいな私達と同じサイズの天使が使っていた部屋だからね」


 何の根拠も無いけれど、どうやら私の確信は正しかったのか何の違和感の無い返答をしてくれる。


「ケホ、A……ですか?」


「私ですよメリル様」


 声の方へ向けば扉の前に立つ人影があった。

 それは目覚めてすぐ目にした白衣を着た白い羽を持つ金髪の女性です。


「セリス様から固有名称を頂いた天使Aと申します。

 今後ともよろしくお願いします」


 とても優雅にお辞儀をする天使Aさん。

 その振る舞いに違和感を感じたのだけど、その答えはすぐに分かった。


 彼女は笑顔を向けたのだ。

 夢の中で出てきた天使は腕を斬られようが、下半身が無くなろうが本能のまま残酷な事をし、仮面を張り付けたように表情を変えることは無かった。

 そういった意味では狂った笑いをしていたセリスの方が正常に思える気もするけれど、あの中では何が正しくて、何が間違っているのか。

 何にしても私には分からない。


 けれど、そんな天使である彼女が自然な笑顔を向けている。

 これに岩河を感じない方が変です。


「他に天使B、C、Dと順にRまでの18体がいるよ」


「名前適ケホ……適当すぎではありませんか?」


「そんなは事ありません!」


 セリスの方に顔を向けていて近づいてきて事に気付かず側で大声出されるものだからビックリしマグカップを落としそうになりセリスが助けてくれた。


「本来なら皆殺しにされても文句の言えない我々にこれ以上の慈悲は必要……ひっ!」


 そんな様子も気にせず言葉を続ける天使Aさんにセリスが素人な私にも分かるような殺気を向けた。


「病人の前で怒鳴るなよ、ねぇ?」


 そんな爽やかな笑顔で殺気を向けていて、しかも私に向けられてないのに少し背中がゾクリとするほど強いとは、とても器用な事をします。

 これが吟遊詩人が歌う英雄談に出てくる殺気とかいうものなのかと謎の感動を覚えましたよ。


「申し訳ありません……」


「はぁ……もう戻って良いから」


 Aさんの様子に溜め息をついたセリスがしっしと手を振る。

 セリスの様子に慌てた様子でお辞儀をしすると転移魔法で消えてしまいました。


「騒がしくてごめんね。あれでも天使の中ではまともなんだ。

 Aもそうだけど皆天使としても人としても頭おかしいから」


「最初は驚いてしまいましたが悪い人には見えませんね。

 でも、天使ってその………」


 ……何て言ったら良いんだろう?

 あの光景は鬼畜の所業?

 天使なのに……う~ん……やっぱり鬼畜の所業で合ってるのかな?


「ふふ、何事にも例外はあってね。

 あれらは天使の残虐な本能がそのまま研究意欲に変わってる変人だよ。

 命乞いしてきた理由が研究が完成しそうだからそれが終わるまで殺すのは待ってくれって、殺す気が削がれたよ」


 残虐な本能……やっぱりあの光景はセリスの………


「……あの、セリス」


「なんだい?

 何か食べたいものがあるなら遠慮無く言いなさいな。

 ここは沢山の食料があるから大抵のものは出せるよ」


「え?………じゃあケホ、……コホン、生姜のハチミツ漬けが食べたいです」


「ハチミツは今飲んでるじゃないか……でもメリルが望むなら。

 桃やリンゴ、クルミのハチミツ漬けなんかもあるよ?」


 桃……桃!?桃のハチミツ漬けなんて高価なものがあるの!?


「私……桃は食べたことありません……」


「そっかそっか。……メリルの嬉しそうな顔を見れて安心したよ。

 ふう、食欲があるなら大丈夫だよね」


「え……そうですね、心配かけました。ごめんなさい」


「本当だよもう」


 わしゃわしゃと髪を乱される。

 けどそれが心地好い。

 私が大好きな人が、私に好意を向けて接してくれているから。


「あぁ、そう言えば林檎酒や酒粥なんかも風邪引いた時なんかに良いって聞いたことあるね。

 メリル、私は魔女になってから風邪とか無縁になったのもあって至らないかもしれないからその時はちゃんと言ってね。

 ……うん、普段より熱が高いね」


 セリスが私の頭を撫でてくれて、そのまま額に手を当ててきた。


 とても暖かくて、これもまた、大切にされていると強く実感できる。


 だけど……そうじゃなくて………


「ケホ、……あの、セリス?

 話が逸れちゃったけど、言いたかった事はそれじゃない……」


「ん?そうだったのかい?」


「そうだったの」


 セリスの愛情にどこまでも甘えたくなる。

 お母さんとか言ったら受け入れてくれたりするのでしょうか?


 いやいや、そうじゃなくて。


「ケホ、それでセリスに聞きたいのですが、ケホケホ……天使との戦いでこの城のどこかで爆発したりしなかった?セリスがドカーンって」


「ん……流石に爆発なんてしたら………いや、ある。

 けれどそれは……アカシック…………メリル、どこまで見た?」


「……その聞き方、あの光景は事実なのですか?」


「…………そうだね。

 そういった現象を引き起こす魔法、アカシックレコードが存在する」


「そうなんだ……ケホ、ケホ、あのね、セリス……」


 私は夢で見た光景をセリスに話す事にした。


 言葉足らずであったとは思うけど、自分じゃ何でそんな事を見れて、何でこんな気持ちになっているのか分からなくてセリスに聞こうと思ったから。


 セリスは私の話を真剣に聞き、少しの思考に入り答えを出したのか頷き口を開く。


「メリルは魔力にとても敏感な種族だから、態々魔法を構築しなくても空気中の魔力から過去を見れたのかもしれない。

 極端に魔力の変動が起きた場所でその時に起きた事、つまり過去を見る魔法こそがアカシックレコードなんだ。

 この魔法は空気中の魔力を読み取りその結果見ることができるのだが、魔法も使わず似た現象を引き起こすとはとても素晴らしい身体能力だよ。

 ドリーミーは魔法使いとしてこれ以上無い素質を持つ種族だと言っても過言では無いかもしれないね。

 ほんの少し羨ましい。

 もし私が持ってたら………いや、やっぱり羨ましくないね!」


「え?」


「あ、ちが……えっと、勘違いしないでおくれ?

 もし私がその能力を持ってたのなら、きっとメリルに出会えなかった。

 私の魔法の才能にメリルの感知能力を持っていたら常に最適の選択をして今頃……今頃、ミィもアイツも殺す事無かったかもね」


 あぁ……自爆した上にまたそんな表情をする………

 全く、しょうがないですね………


「………セリス、ケホ、こっちに来て」


 セリスはこくりと頷きベットに腰を着けた。

 私は横の机にコップを置いてからセリスに向けて両手を伸ばし抱き締める。


「……メリル?」


「痛かったよね……ケホ、一人で辛かったよね……私が側にいるから……だから……無茶しないで………ケホ、ケホ……辛いの……沢山聞いてあげますから………二人に関しては……セリスは悪くない………だから……もっと自分を大事にして……ケホ、でないと……私が困る………」


 ちゃんとした言葉で浮かばなくて絞り出したようになってしまった。

 けど、言いたかった事は言えた。


 私はドリーミーである事をあんな風に誉められたのは初めてだ。

 やっぱりセリスは変わっている。

 全然気持ち悪いなんて思ってない。

 それどころか、羨ましいなんて……


 それがどれだけ嬉しかったかセリスに分かる?

 自分が、必要とされているって心から思える喜びは?


 セリスは心の底から私を認め、誉めてくれる。


「……そうだね。私も……もうあんな事したくないかな…………」


 まだ出会って1ヶ月くらいしか建っていない。

 けれど、私にとってセリスがとても大切な人になっている。


 これ程までに私をしっかり見てくれる人が他にいるだろうか?


 私を大切に思い、私を信じて私の為に我慢してくれる人。


 ちゃんと私の目を見て、ここまで真剣に話を聞いてくれる人は家族にだっていない。


 もし、セリスに辛い時があったのならめいいっぱい甘えさせよう。

 自覚は無いようだけどこの1ヶ月でセリスが甘えたがりやなのは知っている。

 だからいっぱい……


「……セリス」


 ただ、今は私が病人なので私が沢山甘えさせてもらうとしましょう。

 私の現状は自業自得ですが知ったことじゃありませんよ。

 私もセリスと同じで素直じゃないので何か理由がないと甘えられないのです。


「お腹が空きました」


「……フフフ、メリルは本当……変なところで図太いというか何て言うか……分かった、すぐ用意するからから少し待ってて」


 パチン……と指を鳴らすと同時に7人の小人が現れ飛んでいってしまいます。


「今の、セリスが時々触る人形ですケホ、ケホ………ですよね?」


「そうだよ。ドールズファンタジアって私の作った魔法でね。

 これが凄く便利なんだよ。

 それよりほら、病人なんだからあまり話してばかりでなくて寝てなよ」


「はぁい」


 言われたように横になり休む。

 休んでいる間、セリスに何か話を聞かせてほしいとお願いすると魔法の面白さを過去の出来事も踏まえて話してくれた。

 魔法にはあまり興味無かったのですが、何故そう思って、どうしてそんな事をして、何でそんな結果になったのか。

 セリスの語り方が上手いのでしょうけど、とても楽しかった。

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