2人で時間潰し


 セリスの要望で呼び捨てにすると決めてから数分が経ちました。

 ターニャはいつもの走り込みに行きましたが、私達は早起きをしすぎたせいで暇になってしまいました。


「う~ん……朝食にしても早すぎますしどうしましょうかね?

 もう少し寝ますか?」


 身長が低くなったセリスと目線を合わせるつもりでベッドに腰かけて話しかけたのですが、セリスは当然のように私の膝に座ってきた。


 ………まあ、見た目10歳程度ですしこれなら私より身長小さくて丁度良いかもしれません。

 何よりセリスは軽………ん?


「ちょっとセリス。体重軽すぎませんか?」


 そう、軽すぎます。

 落ちないよう腰に手を回してた時に脇腹付近に触れてしまったのですが、骨のような感触がして……痩せすぎですよこれ。

 着替えが一瞬過ぎて気付きませんでした。


「ん?……あぁ、私がこの歳の頃は普通に栄養失調だったからね。

 色々あって人より軽いんだよ」


「そうなんですか……」


「そうなんだよ」


 深く考えないで聞いてしまいましたがやぶ蛇でしたね。

 どう返事したら良かったんだろう……


 というより幼い頃ですらそれって……

 しかもこんなに痩せてしまっているのにそこらの人よりずっと綺麗な容貌をしているなんて……そしてこんなにも美人さんなのに何故痩せ細るような目に?


「そうだ、聞きたいことを思い付いたよ。

 今いる国とその周辺国家の名前、あとその国をメリルはどういう認識をしているか教えてくれないかな?」


 周辺国家って……ここら辺は帝国と王国の…………


「……あ、セリスは異世界から来たんでしたよね。

 うん、だとしたら知らないのも当然……ですよね?」


「当然だよ」


「分かりました」


 本当かどうかは置いておくとして、異世界から来た事はセリスにとって真実で、心に深い傷を負っているのも真実。

 特に心の傷に触れる話をしている時に見せる感情の色はとても嘘とは思えない。


 むしろ、どうすればそんなに苦しい、悲しいと叫び散らしたくて仕方ないと物語る感情を抑え込んでいるのか不思議なくらいで、その魔力を感じて痛々しく思えて仕方ありません。


 同情……しているのもあるんでしょうね、こんなにも苦しそうなのに放っておけなくて、ですがそれよりも、私自身がセリスの本質に少しだけ触れて、気に入ってしまったのが強いでしょうね。

 セリスは私の羽を心の底から素敵だと言ってくれたし……

 何より話していてとても楽しいですからね。


「ではまず今いるブルガンド帝国、帝国と言われればブルガンド帝国の事を指すのが常識なくらいの大国です。

 大国ではあるのですが、帝国は同じ大国であるヴァージュ王国と同盟を組んでいて土地も隣接しており、何よりも両国の仲の良さは非常に高く実質連邦国と言っても過言ではない関係ですね。

 ここ200年程戦争が起きていないくらいにはとても平和ですね。

 あ、ヴァージュ王国も王国と言えばヴァージュ王国を指すのが常識です」


 私はベッドの上に地図を広げ指で指しながら一つ一つ丁寧に説明をしていきましたが………


「……という風に王国では魚が多く獲れますね。

 後は王国と帝国の両国共にこの位置にある国、リュミエート聖王国という宗教国家の神殿が何個も存在して特に帝国では……」


 という感じに宗教国家の話した途端セリスから本気で嫌そうな気配を感じて言葉を止めます。


「あの……どうしましたか?」


「あぁ、すまない。私は宗教が好きじゃなくてね……

 この聖王国がどうかは知らないから偏見でしかないのかもしれないけど、他の宗教国家で人類滅ぼしかけた前例があるし……

 あの国の信者の奴らは考えるのが辛くて考える事を放棄したクズが多すぎて困ったものだよ。

 その前例というのはね、まず国単位で自称神の代行者の手となり足となり喜んで死ぬ奴等で溢れかえっていたと思ってほしい。

 それで、教祖様がその国の人工、何十万人の狂信者をヴァルハラへ送るとか言い出し、言われるがまま従って生け贄にされてしまってね。

 奴等の魂を使い天使の世界へと空間をねじ曲げて空間トンネルとして繋げてしまってね、そこから天空城が現れて悪魔よりも残虐な天使どもの狂乱が始まったんだよ。

 何がヴァルハラへの道しるべだ。あんな経験はもうお腹一杯だよ……」


「………大変ですね」


「あぁ、大変だったよ。

 なんかもう全てが良く分からなくなるような光景だったね………

 ………メリル?」


 セリスから感じた魔力の、感情の重さに私は何と返事したら良いのか分からなくなり、ただ強くセリスを抱き締める。


 抱き締められたセリスは驚いた様子で私へ顔を向け、


「不思議だね……メリルは………」


 そう口にして柔らかな笑みを向けてくる。

 建前とかでなく、本心から。

 これだけ密着してるから手に取るように分かる。


 けれど……不思議って?私が?何故?

 何て言えば良いのか分からなくて、私自身もセリスの感情に飲まれて悲しい気持ちになっただけなのに………


「……いいえ、ごめんなさい。

 ただ私は、何て言ったら良いのか分からなくて………」


「ううん、関係無いよ。……ありがとう。

 できればもう少し強く抱き締めてくれたら嬉しいな」


 私は言われるがまま強くセリスを抱き締める。


「ありがとう、メリル」


 そう呟いたセリスの感情はとても暖かなものでした。



 ・



 ……なんて事がありましたが無事に説明が終りました。

 時間も良い感じなので下に降りれば料理を出してもらえたので朝食です。


 朝から豪勢に魚が沢山入った豆のスープです。

 やはり近くに海へと繋がる大きな湖があるのですから魚を食べなければ勿体ないですからね。


「ん……旨いね」


「そうですね、サッパリしてて美味しいですね」


 個人的に私はお肉より魚の方が好きなんですよね。

 ただ、仕方ないとはいえ美味しい魚は滅多に食べられないんですよ。

 こう言う町にまで訪れないと。


「………出汁用の魚はちゃんと腸を取ろっか」


「え?」


「私も料理作れるから思った事があるだけだよ。

 ……メリルって肉より魚の方が好きなようだね」


「あ、はい。実はそうなんですよ。

 よく分かりましたね」


「ふふふ、私は覇王だからね」


「覇王が関係あるんですか?」


「あるよ。覇王は絶対無敵、完璧な存在だから。

 まあそんな事より今度この覇王様お手製魚料理を作ってあげるね」


「今食べているのにもう次の話ですか?

 というよりも王なのに自分で料理を?」


「私は覇王になる前は美味しいものを食べることくらいしか趣味の無い普通の魔法使いだったからね。その分味の拘りは人一倍だから」


「それじゃあ楽しみにしてますね」


「期待してておくれ」


 ふふん、と背筋を伸ばして優雅に食事を取るセリスの姿が背伸びしている子供のようで可愛らしいですね。

 それに、優雅さに反してかなりのペースで食べていて、見た目が痩せすぎな分もっと食べてもらいたいと思う。


「……………ちょっとメリル、そんなにずっと見られていると恥ずかしいのだけど」


「あ、ごめんなさい。

 その、今のセリスはガリガリ過ぎてその……失礼だけどいっぱい食べてもらいたいなって」


「そうだね、私が本当にこれくらいの歳の頃に同じ事言ってくれる大人が一人でも………いや、今はいなかったことに少なからず感謝してるよ」


「………聞いたら重くなる話ですか?」


「恥ずかしくなる話だから教えない」


「なんですかそれ?」


 というより、あんな演劇みたいな仕草をしたり高笑いしたりするのに?アレを人前で当然のようにするのは恥ずかしくないのでしょうか?




 ・




「ふぅ、案外早く見つかったね。

 メリル、ちょっとこっち来ておくれ」


「はい」


 食事を終え部屋に戻ったセリスは何かを思い出したように収納魔法で道具を探し始め、お目当ての物を見つけたようです。

 セリスが持っているのは片手で持てる大きさの水晶と、ボウガンに似てる形状をした黒い道具でした。


「何ですかそれ?」


「凄く便利な道具だよ。

 そうだね、またベッドに座って膝に座らせてくれないかい?」


「別に良いですけど……」


 言われた通りにチョコンとセリスを膝にのせます。

 朝食私よりも多く食べていましたがやっぱり軽い。


「マリオネット」


 セリスが急激に魔力変動を起こす。

 密着している状態で魔法を使われるなんて初めてで、その魔力の流れに少し驚いてしまいました。


「……お人形?」


「覇王人形だよ」


 セリスが魔法を使うと一体の人形が現れる。

 それはセリスをそのまま30㎝くらいまで小さくしたかのような人形です。

 その人形は空中でスカートを摘まみ優雅に頭を下げる。

 まるで生きているかのような、そう感じてしまう程に自然な動きでした。


 先程の頭を下げる動作はどの地域でも見たこと無いものでしたけど、とても洗練されていました。

 もしかしたら今のはセリスの世界での上流階級、お貴族様なんかの挨拶なのかもしれませんね。


 セリスはその人形に先程出した黒い道具を渡す。


「え………大丈夫ですかこれ?」


「大丈夫だよ」


 その黒い道具を空に浮かぶ人形が構えて向けてきた。


「ほらほらちゃんと顔向けてピース」


「え?何ですかそれ?」


「3……2……1!」


「ちょっと!?」


 パシャッという聞いたことの無い音がする。

 体を見て、辺りを見回してと何の変化もありません。


「………何ですか今の」


「ちょっと待ってね~」


 セリスが紙を出現させ、その紙を水晶へ向ける。

 すると紙は水の中に落ちたかのように水晶に飲み込まれてしまいました。


「……え?本当に何ですかそれ?」


「ちょっと待ってね~………はい出来上がり」


 水晶から出てきた紙を取り私に見せてくれる。

 その紙に描かれているのは見たこともない程リアルに描かれた凄い絵でした。


「凄い………」


「でしょ?」


 私には芸術的絵画を鑑定するような目利きはありません。

 しかしそれでもここまで実物を切り取って閉じ込めたかのような絵をこれまでの旅で一度だって見たことありません。

 むしろ比べるのが失礼なほどに鮮明に描かれています。


「ただ、これ、私が………」


 描かれている絵は、ベッドに座る私が10歳くらいのセリスを膝に座らせているまでは良いとしましょう。

 セリスはいつものような……10歳の幼さとは思えないような強い余裕を感じさせる猫のような笑みを浮かべて両手をハサミのような形にしている。

 対して私は何かが来るかもと思って目と口をギュッと閉じてしまって身を守ろうとしている。


「ん?このメリルは初々しくて凄く可愛いと思うよ?」


 可愛い……?可愛いってこのソバカスの目立つ顔が?

 目を閉じてるから尚更そこに目が行く。

 それにセリスと同じ銀髪なのも相まって、いくらなんでもコレはお世辞にも………


「……………」


「……ちょっと、恥ずかしいですよこれ」


 じっと私の顔を除きこむセリス。

 その魔力は嘘偽り無いと断言してきているかのようだから否定する言葉を出しにくくて仕方なく素直な感情を……


 カシャッ


 という音がして、そちらを向けば覇王人形がいる。

 恥ずかしくて顔を隠そうとしていた私に黒い道具を向けていたようで……


「ふふ、可愛い。

 こういう反応が見たかったんだよね」


 猫のような笑みを浮かべながら見せてきた紙には、赤みがかった頬をして控えめに顔を隠そうとする私の絵。


「……ちょ、ちょっとそれ、本当に恥ずかしいから捨ててください」


「ヤーダ、こういうのを思い出の1つとしてとっとくつもりなんだよ」


「わざわざそれである必要は無いじゃ……こんな時だけ大きくならないでください!」


 元の大きさに戻ったセリスじゃ大きさに差がありすぎます。

 セリスの肩より少し下に私の頭があるくらいで、身長差はかなりある。

 いくら手を伸ばしても私の手は絵まで届かない。


「わっ……」


 私が少し強引に行くとセリスがベッドに倒れた。

 気にせず必死に手を伸ばすもセリスに片手で抑えられて届かない。


 セリスが私にどれくらいまで力を込めて触れて良いのか分からず調整ミスをした事、そしてベッドの上とはいえ布が薄いので私が怪我しないように自分の体をクッションにするようにして倒れてくれた事に必死すぎて気づいていませんでした。


「ふふ…………あ、ちょっとメリル」


「なんですか!?もう返してください!」


「いや、え?返す?いやそうじゃ……ちょっとメリルさん?

 …………あ」


「ただいま~………何やってんの?」


 同じベッドで大きなセリスを下にして、私がセリスに肩を押さえられながらも必死に手を伸ばす光景です。


「あ!ターニャも手伝っ……あ、でも紙の内容は見ないでください処分します!」


 しかし必死すぎて今の自分の状態に気づきません。


「あ~……メリルごめんね。

 ちょっと意地悪が過ぎてしまったよ」


「つまり処分してくれるって事ですよね?」


「………私以外には見せないようにするからそれだけは許してくれないかな?」


「む……」


 そんな急に真面目な雰囲気になって、それもねだるように言われると断り辛い……


「はぁ……分かりましたよ。

 他の人には見せないようにしてくださいね?」


「ありがとうメリル。

 そうだ、せっかく3人揃ったし全員で写真撮らないかい?」


「それは………そうですね、良いかもしれませんね」


 近い未来、店を持てた時に旅の間に集めた絵を飾れたらとても素敵でしょうし。


「写真?……聞いたこと無いな、何してたんだ二人とも?」


「じゃれてただけだよ。

 それで写真と言うものはね、この魔道具で光の………」


 セリスが丁寧に原理を教えてくれたのですが私には半分くらいしか分かりませんでした。

 けれどその後3人でちゃんとした写真が撮る事ができました。

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