短編12話

(んんん~……)

 俺はある女の子に気に入られようと頑張ってみている。

 いつも個性的な髪飾りを着けてて、髪さらっさらで、おとなしい感じだけどしっかりしてそうな感じで、声もきりっとしてる。歩いてる姿もぴしっとしてて、我が学年に恋バナという文化を発生させたアイドルという言い伝えもあるほど。

 でも俺、三花みはな 朝雪あさゆきはさ! 二年前の秋に転入してきたその初日から積極的に親切して仲良くなろうアピールしてきたつもりだぜ!? 後から噂聞きつけて乗っかってるやつらとは一味違うぜっ!

 文化祭準備で荷物を持ってやったり、掃除でごみ捨て行ってやったり、落ちた消しゴム拾ってやったり、もちろん転入初日にこの学校のことを紹介なんてのはだれよりも一生懸命アピールしたつもりだぜ!

 部活アピールもちょっとしたけど、さすがにそこまでは一緒になれなかった。二年生のときはクラスまで離れてしまった。

 が! この三年生になるとまた同じクラスになれた! これはもう……最後の年であるこの一年間にすべてをかけるしかない!


(……とかなーんとか意気込んでるけどさー)

 今日もこうして遠くから眺めるだけ。席が隣になったことはないなー。斜めとかもない。

「三花ー、サッカーやんねー?」

「おーうやるやるー」

 クラスメイトの鍋谷なべたに 章也しょうやから誘われたので、サッカーをするべく席を立った。鍋谷は引き続きクラスでサッカーするやつを誘ってる。

(サッカー、かー……ん? 待てよ)

 ま、まさか、まさかー……ねぇ? サッカーだけにまサカー。

 俺は自然と足を動かしていた。近づくと、自然と俺に気づいて二人ともこっちを向いた。

「ん? 三花?」

 二人ともイスに座っているが、声をかけてきたのは草田くさだ 満里絵まりえだ。ものすごい短いってわけじゃないけど、短めの髪で明るいタイプだ。いろんな女子と仲がいいようで……なるほど今日はここにいたのか。

「よ、よぉ」

「よぉ。え、何これ?」

 手を縦にしてよぉをすると草田もよぉしてくれた。

「い、いやまぁ、はは」

 俺は少し視線をずらしながらわはは。目が合った。いつになってもこのくらいの距離だと心臓バックバクだ。

 草田は俺に何の用だと言わんばかりに視線を飛ばしている。いや表情は普通なんだけど。

「さっき鍋谷からサッカー誘われてさー。よ、よかったら……」

 ちらっ。

「どうよ」

「サッカぁ~? 男子ばっかなんでしょー?」

「たぶん。俺もさっき誘われたばっかでだれがいんのか知らないけど」

「しかもスカートでやれってゆーのー?」

「そ、そぉーだよなぁー! あははあは!」

「あーでも今日って体育あったよね。長ズボンもあるし。たまには男子相手に暴れんのもいっかー!」

「いいのかよ!」

「うん、てゆーかあんたが誘ってきたんでしょ」

「そりゃそうだけど、さ、とにかくさんきゅ!」

 親指を立てたら、草田も親指を立ててくれた。

霞子かすみこちゃんはどうする?」

 草田ナイスすぎるぞ! 俺は返事を待った。

「私、サッカー苦手だよ?」

「あたしが守ってあげるしー、三花も守ってくれるよねー?」

「まだぐっぱーすらしてねぇじゃねぇか」

「おやぁ? 三花くんは霞子ちゃんにボールぶつける側でもいいっていうのー?」

「サッカーはドッジじゃねぇよ! たまに~ぶつかるけどさ」

「てことで三花も守ってくれるみたいだし、たまにはやってみようよ!」

 草田絶対サッカー得意だろ。アシストも完璧じゃねぇか。

(まさかばれてるとかじゃねぇよな?!)

「……じゃあ、やってみようかな」

「おお~!」

「いよぉーっし!」

 緑野みどりの 霞子かすみこはちょっとはにかんでくれた。


「まさか草田と緑野が来てくれるなんてなー」

「ふっふーん。あたし、小学校んときサッカークラブ入ってたから」

「げぇっ?! なら容赦しねぇぜ!」

「望むところよ!」

 鍋谷と草田は電撃ばっちばちである。だからまだぐっぱーしてねぇって。

「み、緑野」

 俺が声をかけると、こっちを向いてくれた。

「来てくれて、ありがとな」

「うん」

(ああ。俺もう休み時間終わってもいいや)

 女子は草田と緑野だけだった。二人とも制服だが、スカート装備しつつ体操服の長ズボンもはいている。男子は俺含めて七人いる。一人だけよそのクラスだが、それ以外はクラスの仲間だ。

 四対五に分かれて五側に女子二人がセットで入ることになった。俺たち男子は四人と三人に分かれるべくぐっぱーをした。

 俺はぐっぱーぐっぱーぐっぱでほいをいつもより声を出した。


「三花よろしっくぅー」

「よろしくな。俺別にサッカーやってないから、草田頼むぜ」

「おっけー。じゃあたし突っ込むから、霞子ちゃんのサポートよろしくねー」

「お、おぅ」

 俺はここで緑野を見た。緑野もこちらを見ていた。


 簡単な作戦会議の後に、サッカーが始まった。

 俺は右側を担当しつつ、真ん中後ろにいる緑野を助けてあげるようなポジションを任された。緑野にはボールが転がってきたら近くの仲間に思いっきり蹴るようにだけ言っておいた。

 草田は思いっきしガン攻め。他の仲間は左側に山之宮やまのみやとキーパーに元川もとがわだ。


 鍋谷は敵側で、草田と熱い戦いを繰り広げていた。

 草田と山之宮による猛攻があったが、なかなかゴールネットを揺らせられない。

 敵からの攻撃では草田を抜けられるとなかなかまずいことが多かったが、こちらも俺や元川の踏ん張りでなんとか防いできた。


(むっ、緑野の方向に敵影あり! 鍋谷だな)

 俺は緑野を守るべく走った。すると鍋谷はボールを蹴った。

(げ、まずいかも!)

 俺が緑野の横に来たところで、パスなのかなんなのか鍋谷の蹴ったボールが俺たちに向かってきた。

(ぬぉらぁ!)

 俺はとっさに跳んで胸でボールを受けた。

(ぐへ)

 痛かったのでちょっとこけた。

「三花くん」

 緑野の声が聞こえた気がするが、俺はすぐさま立って、なぜかうまいことボールを確保しつつ鍋谷をかわすことができたので、そのままドリブルで走った。

(草田はあそこか……)

 やはりというかマークされている。ここは、山之宮にパスだ!

 うぉっともっかいこっちにボール戻ってきたぞ! こうなりゃ突撃だ!

(俺二人目を抜いただと!?)

 ここまで来たら草田にパスができるっ。

(てりゃ!)

 草田は胸でトラップしてから、最後の一人をあっさりかわしてシュートを放った。

(くあぁー! 止められたかぁー!)

 キーパーのセーブにより得点ならず! 草田はめちゃくやしがってる。めちゃ笑ってるけど。おおっとボール飛んできた。


「ぜぇぜぇ……くっそー〇対〇かー」

「草田ぁ! 今度もっぺん戦えよな!」

「ふんっ! 返り打ちにしてあげるわ!」

 戦闘終了後もばっちばちだった。

(ぜぇぜぇ……うん? 肩?)

 俺の左肩がとんとんされたようなので振り返ると緑野が!

(肩とんとんしてきたというのか!?)

「な、なんだ?」

 心の動揺を抑えつつ声を出せたと思う。

「大丈夫だった?」

「なにが?」

「ボール当たって痛そうだったよ」

「あぁーあんなもんサッカーやってりゃ日常茶飯事さ。ってまぁそんな危ないことに誘ったのは俺だけどさ、はは」

 緑野から声をかけてくれるとは……年に一回あれば多い方なんじゃないだろうか……。

「立ち上がって走り出すときの三花くん、かっこよかったよ」

「のあっ?!」

(……俺。サッカー部に転部しようかな……)

「霞子ちゃんパスありがとー、点取れなくてごみぇーん」

 草田がボールを持ってこっちに来た。もう掃除の時間が始まりそうだからみんなげた箱に向かって歩き出していた。草田がボール返す係になったのか。

 俺はー、うーんとうーんと、なんかなんか話題話題!

「こ、このボール百貨店に売ってるよなー!」

「そだねー。これ新しそうだから、やっぱあそこで買ったのかな?」

「俺明日十時に百貨店にコーヒー豆買ってこいって頼まれてたんだったーあははのはー!」

「コーヒー? おつかいー?」

「ああ。なくなったってさー」

「えらいねー三花ー。んじゃあたしボール返してくるからー」

「私も行くよ?」

「いーよいーよー」

 草田は走り去ってしまった。緑野はしばらく草田の後ろ姿を見ていたが、俺の方に振り返った。

「三花くんは掃除場所どこ?」

「理科室前廊下」

「私は中庭だから、途中まで一緒に行く?」

「あ、ああ!」

 今日は……今日は……なんという…………じーん。


 更衣室を使って着替えを済ませた緑野は、ズボンを教室に置いてから、俺と一緒に教室を出た。というかげた箱入る前に汚れた俺の背中の砂を払い落としてくれたんですけど!

 俺の左隣に緑野が歩いている。

「そ、そーいやさ、草田は緑野のこと霞子ちゃんっつってるよなー。仲いいのか?」

 俺らの学年でかすみこちゃんという名前は、緑野霞子たった一人だけだ。

「満里絵ちゃんはたぶん、だれとでも仲がいいと思うよ。三花くんとも仲よさそう」

「草田はノリいいからなー。でも満里絵ちゃんってのと草田ってのでは、なんかイメージ変わるな」

「イメージ?」

「ああ。満里絵ちゃんって聞くと、妙に女子っぽく聞こえる」

「満里絵ちゃんは女の子だよ?」

「わあってらいっ!」

 うお! 緑野がちょっと笑った!

「な、なんつーか、ほら、女子同士のおしゃべり感みたいな?」

「うん、女の子同士だったら、なになにちゃんが多いかも」

「男子は名字呼び捨てばっかだからなー。なぜか男子と女子の間でも名字呼び捨て」

 我が学校の七不思議に入りそうだ。

「緑野は名字と名前どっちで呼ばれたいとかあるかー?」

「私? うーん……」

(考えている姿もすばらしい)

「どっちでもいいけど……三花くんは……朝雪くんって、呼ばれたい?」

(ずきゅぅーん!!)

「よ、呼ばれたい! 呼ばれたことねぇけど呼ばれたい!」

 ついテンション上がってもうた!

「じゃあ……私のことも、下の名前で呼んで……いいよ」

(ずきゅどひゅぅーーーん!!)

「……か、霞子っ」

「……朝雪?」

(ちゅどーーーーーん!!)

「じゃ俺こっちだからじゃなー!!」

 俺は理科室前廊下に向かって走……ったら先生に怒られるので超早歩きした。


(……だめだ。脳内からさっきの緑野の顔と声が離れねぇ……)

 まさか今日、こんなにも緑野と近づくことができるなんてな……遠くから眺めて、たまに近づいて、また遠くからってのばっかりだったから、ここまでしゃべると緊張が。

(下の名前で呼んでいいよっつってたよな……なのに次また緑野って呼ぶのも変……だよなぁ)

 俺は掃除も午後の授業も、そして部活までもあまり身が入らなかった。


 掃除の時間前に緑野としゃべってからは、特に緑野とは接点がなかった。

(もっとしゃべりたいなー。だがいやいや俺は緑野と仲良くはなりたくても嫌われたくはないっ)

 変なことが頭をぐるぐる回りつつも、俺は正門をくぐった。

(そういや明日は買い物頼まれてたんだっけ)

 明日うちに昼過ぎからお客さんが五人くらいくるらしくて、コーヒー豆がなくなってるから買ってきてほしいとかそんなんだったな。

 お父さんに今日の帰り頼むとかいう選択肢もありそうだけど、ついでに余ったおかねで好きな物買っていいってんだから引き受けるに決まってるっ! 百貨店へは自転車で二十分かかるところだ。都会みたいなでかいやつじゃないけど、そこのコーヒー豆が好きなんだってさ。俺にはよくわからん。

(……緑野になんかプレゼントとか……い、いやさすがにそれはっ)



 次の日


 自転車をこぐ俺。メンテナンスだって俺がちゃんとやってんだぜっ。今日もばっちり動いている。

 俺の颯爽たるドライビングテクニックによって、百貨店に無事着いた。


 いつも家族そろって寄るとこだから、一人で来るのは珍しい。なぜかコーヒー屋さんの店員さんが俺の顔を覚えてくれていて、あっちゅーまにコーヒー豆を手に入れた。コーヒーの香りがする。甘いやつなら飲めるけどさぁ。

(はっ!!)

 俺のアンテナ感度は抜群だった! 後ろ姿を一瞬見ただけでわかるこの感じ……俺は考えるよりも先に走り出し、女の子の前に回った。

(うおっしゃぁあーーー!!)

 やったぜ! 休みの日に緑野に会えたあぁぁぁ!!

「みどかか霞子!」

 一瞬緑野と言いそうになったが、前ああいうふうに言ってくれたし!

「朝雪っ」

(呼び捨てで呼ばれることがこんなにも新鮮な気持ちになるだなんて……)

 フリフリの薄いピンクのシャツに長めの薄い水色のスカートだ。紛れもない私服の緑野だ!

(別に緑要素はないんだな)

 今日の髪飾りは濃い目のピンクのヘアバンドだ。

「おはよう」

「おはー!」

 休日の朝に緑野の笑顔……すばらしすぎる……。

「こんなとこでなにしてんだ?」

「消しゴムとノートを買うついでにおつかいを頼まれたの」

「おっ。俺も一緒だ」

 俺はコーヒー豆の入った袋をアピール。

「今何探してんだ? 手伝うぜ!」

「いいの? おつかいは?」

「俺もう終わってるし、霞子と会えたなんて奇跡だし!」

 ちょっとよくわからない言い方だったが、緑野には伝わったようだ。

「じゃあ……えっとね」


 緑野お買い物メモを確認しながらすべてのおつかいが済んだ。いかにも女の子らしい字だった。

 俺たちは一緒に百貨店を出て、俺は自転車を取ってきた。

「自転車で来たの?」

「ああ。だいたい二十分くらいかな」

 と、ここで俺は緑野の持ち物をパクってかごに入れた。

「泥棒?」

「持ってやってんだよ!」

(のおぉ……笑ってるよ……笑ってくれてるよ……)


 そのまま俺たちは歩き出した。緑野の家はここからそんなに遠くないそうだ。そういや家の場所は知らないなー。

「朝雪」

「な、なんだ!」

 まだ呼び慣れてないや。

「……って呼ぶの、変かな?」

「へ、変なものか! お、おお俺だって霞子って呼んでいいのかどうかっ」

「私は……なんでだろう。朝雪から霞子って呼ばれるの、なんだか……うれしいかも」

「う、うれしいだと?!」

「うん。いつも声をかけてくれて、ありがとう」

(ぱあ~………………)

「……朝雪?」

「はっ。天に召されてた。こ、こっちこそ、ありが、とな」

 か……すみこはっ。ゴホン。霞子はちょっと不思議そうに思った表情をしていたが、でも笑っていた。

「霞子って結構しゃべるんだな」

「そんなにしゃべらない子に見えてた?」

「まぁ、うん」

「私も……朝雪は、あんまりしゃべらない男の子なのかなって、ちょっと思ってたよ」

「まじで!?」

「うん。でもたくさん手伝ってくれるから、不思議な男の子だなあって思ってたよ」

「俺不思議要素なんてないない」

「手伝ってくれては去っていって、また手伝ってくれては去っていって。不思議だったなぁ」

「それはほら、恥ずかしいというかなんというかっ」

「恥ずかしい?」

(そんなまっすぐな目で見ないでくれぇ!)

「と、とにかくだ! 俺は霞子としゃべることができて幸せだっ」

(ノリで変なこと言っちまったぁー!)

 俺は恐る恐る霞子を見た。

「私も。やっと朝雪とおしゃべりすることができてよかった」

(この世界に土曜日を作ってくれてありがとう神様)


 霞子とおしゃべりをしながら歩いていると、

「運んでくれてありがとう。ここが私のおうち」

「おぉー」

 こっちに来たときに建てられたのか、ぴかぴかな感じがするおうちだ。ポストも塀もおしゃれだしちょっとした花壇がさらにおしゃれさを引き立てている。

「朝雪もおつかいだったんだよね? すぐ帰らなくてよかったの?」

「う。昼過ぎからお客さん来るっぽいから、早く帰らないと」

「そうなんだ」

 霞子は自転車の前かごからおつかい品が入った袋を取り出した。

 そして両手で袋を下げながら俺を見ている。俺も霞子の顔を真正面から見てしまっている。

(こんなに真正面から見続けることなんて初めてだ……初めてづくしすぎ!)

 それでも俺は見続けてしまった。

「なに?」

「あいや、別にっ」

 さすがに見すぎたようだ。ちょっと視線を落とした。

「霞子こそ、ずっと立ったままでどしたんだ」

「うーん……なんでだろうね」

「なんじゃそりゃっ」

 俺より霞子の方がガン見してんじゃね!?

「か、霞子?」

「なに?」

 よし。このチャンス……逃す手はないっ……!

「俺コーヒー家に置いてくっから……あ、遊びたい! です!」

 なぜか敬語。なぜか頭を下げた。

「喜んでっ」

「まじかー!」

 今日は太陽の光がいつもよりもさらに輝いている気がする。

「待ってるね」

「おう! じゃ!」

 俺は自転車にまたがるとジェットスタートをかました。


 コーヒーを無事家に届けると、俺はそのまま家を出て、霞子の家に再び向かった。走り出して信号待ちしてるときに余ったおかねのことを思い出したけど、すでに全額コーヒー袋横に置いてきてしまった。そんなことよりも俺は頭の中が霞子のことでいっぱいだった。


 一度しか来てないが、もう霞子の家はばっちり覚えた。あれ、さっきまで青い車が止まってたのになくなっている。

(インターホンっと……)

 俺は『MIDORINO』の横にあるインターホンを押した。ピーンポーンと鳴っている。

 しばらくするとドアが開いて、霞子が出てきたと思ったら手招きをしている。このくらいの距離感なら見慣れている。

 俺は自転車をスタンドと鍵かけて、中に入っていった。うーんお花のいい香り。

 俺が近づいても霞子はずっと玄関に立っている。こんなに近づいても霞子はそこにいる。

「じゃますんでーじゃますんならかえってーあいよー」

「……うん?」

「おじゃまします」

「どうぞ」

 俺が霞子から自然な、自然なっ、自然ーな表情をされながら緑野家に入ると、霞子はドアを閉めて鍵をかけた。

 靴を脱いで緑野家に上がると……なんというか、おしゃれな感じだなぁ。ここにも花瓶がある。

 俺がきょろきょろしていると、霞子は階段を少し上って、

「こっち来て」

 誘われるまま俺は階段を上った。振り返る動作もきれいだ。

 階段を上ってすぐ左の部屋の前で霞子は立ち止まり、俺をまた見ている。

「中に入って待ってて。お菓子持ってくる」

「あ、お、おう」

 あれよあれよと霞子のペースに巻き込まれているような。

(え、てかちょっと待てよ!)

「霞子っ!」

 俺が呼びかけると霞子は見上げる形で振り返った。

「ここって、な、何の部屋だよ」

「私のお部屋だよ」

「か、霞子のっ!?」

「うん。入って待っててね」

「お、おぃっ」

 霞子は再び階段を下りていった。

(女子の部屋って……お、俺入ってもいいのか……?)

 いやまぁ入って待ってろって言ってるけどさぁ……。

(かといって入らないままだったら「さっき入れっつったやないか」ってなるわけで……)

 俺は意を決して、花柄の布に覆われた丸いドアノブに手をかけて、ドアを開けた。

(……こ、ここが……)

 俺は部屋へ静かに入り、ドアも静かに閉めた。

 テーブル。ベッド。カーペット。カーテン。勉強机……。

 俺の部屋にもある物だが、柄や色などがあって、そうかこれが女の子の部屋なのかと改めて気づかされた。

 部屋に入ったはいいが、これまでずっと遠くから眺めて、チャンスがあれば近づいて、嫌われそうになる前に立ち去ってを繰り返した相手の女の子の部屋に……いるんだぜ? どきどきが止まらず、何をしていいのかもわからない。

 立ちっぱなしもあれだけど、座るったってどこにどう座れば……おかしい、自分の部屋では座りたいときにどこでも座っているはずなのにっ。というか部屋の中をじろじろ見回すのもよくないかも。


 ……結局立ちっぱなしだった俺。

「朝雪、開けて」

「うぉあ?! あ、ああ」

 俺は外側と同じように花柄の布がかけられてあるドアノブを回し、ドアを開けた。当たり前だが霞子が立っている。持っている丸いおぼんの上にいろいろ乗せられてある。

「閉めてね」

「へい」

 霞子が入ったので、俺はドアを閉めた。

 後ろ姿の霞子が、おぼんをテーブルの上に置いた。木の四角い物だが、四隅に花の絵が描かれてある。

「あ、クッション出さないといけないね」

 霞子がそう言うと、クローゼットの前に立った。

 お、振り返って俺を見てきた。

「な、なんだ?」

「今からクローゼットを開けます」

「はい」

 しっかり返事をした。が、霞子は俺を見たままだ。

「だ、だからなんだ?」

「あっち向いてください」

「ん? どっち」

「んもぉ~いいからこっち見ないでっ」

「はいぃ!」

 俺はクローゼットと反対方向に身体を向け、ドアノブの花柄を眺めることにした。クローゼットの開け閉め音やクッション出してそうな音が聞こえる。歩いている音も聞こえる。

「もういいよ」

 俺はドアノブの花びらの枚数を数えるのをやめて、霞子の声がした方向に向き直った。テーブルの前に白いクッションが置かれてある。

「どうぞ」

「し、失礼いたします」

 俺はゆっくり歩いて、ゆっくりクッションの上に座った。正座。

「朝雪、ちょっと様子が変だよ?」

「へ、変って言われてもなぁ」

「ふふ、ちょっとかわいいかも」

「おいおいっ」

 向かいに座っている霞子は笑っている。貴重な笑顔シーンの中でも今日のこれがいちばん笑顔かも。

「家の人は?」

「さっきお出かけしちゃった」

「ふぅーん」

(……ん?)

「きょうだいは?」

「お姉ちゃんがいるけど、一人暮らししてるよ」

「ふぅ~ん」

(…………ん?)

「他にきょうだいは?」

「いないよ」

「ふぅーん」

(………………てことは、今この家には……)

「お部屋に呼んでおいてあれだけど、あんまり遊ぶ物ないの。退屈してきたらお出かけしてもいいよ」

「お、俺はっ、霞子が俺としゃべってくれるんなら、なんでも……」

 よくわからない返し方だったが、今の俺ではあれが精一杯の返しだった。

「……じゃあ、朝雪のこと、いろいろ知りたいな」

 霞子は裏返していたコップを立て直して、縦長い容器を両手で持って薄い緑色の液体を注いでいる。ジュース……だよな?

 丸いおぼんには他にチョコレートやビスケット、なんかくるんと紙が巻かれてるやつとかが乗っていた。


 霞子とのおしゃべりが続いた。

 学校のことや友達や部活の出来事などがほとんどだったが、俺の家族や親戚の話とかも少しした。霞子は俺をまっすぐ見て話を聴いてくれた。俺からしたらまさに夢のような時間ってやつだ。

 たくさんしゃべっていたら俺の緊張も少しは解けたような……気がする。

 霞子のコップの持ち方とか、座り方とか、ちょっと髪を触る感じとか、学校で抱いていたイメージそのままに家でもこんな感じなんだなと改めて思った。ただ表情だけは笑顔だ。優しい感じの笑顔だが、でもやっぱりちょっときりっと感もあるのが霞子らしい。

 それとマスカットジュースがおいしい。


「そうなんだ」

「あの時チョキを出したことをどれほど後悔したか……! 勝利のVサインを信じた俺がばかだったぜ……」

 霞子は笑顔で聴いてくれている。

「もうお昼になっちゃったね。お腹すかない?」

「十二時かー。確かに」

「何か一緒に食べようよ」

「え!? 霞子と?」

「うん」

 まぁ霞子しか周りにいないけど。

「どうかな?」

「か、霞子がよければっ」

「じゃあ下に行こう」

「ああ」

 霞子が立ったので、俺も立ち上がった。

(同じお昼ごはんでも、こうも給食と違うものなのかっ)

「てうぁ」

 霞子が目の前でくるんとしたかと思ったら、俺の右手をつかんだ!

(ぬおあぁあ?!)

 今俺! 俺、右手! 右手、霞子! 霞子と!

(のわぁああ!?)

 手をつないで引っ張られている!

「かか霞子霞子ぉ!」

 俺の声はむなしく辺りに響き渡っただけだった。


 霞子が普段から料理をしているのか、俺が普段から料理をしなさすぎなのかわからないが、霞子の手際はなかなかで、俺は霞子に指定されたことをこなすので精一杯だった。

 調理実習でつちかった知識と経験を全力でぶつけた俺は、なんとか霞子のアシスタントを務めることができたと思う。たぶん。

 出来上がったのは、きのこのスパゲティーと、野菜をごま油で和えた物と、ヨーグルトに果物の缶詰を混ぜた物と、インスタントのコンポタだった。それとまだ右手にはさっきの感触が。


 いただきますからのごはんもぐもぐ。霞子の要望で、向かい合わせじゃなく隣に並んで食べることになった。

 霞子がごはん食べてる姿を横目にちらっちらっしつつもおいしくもぐもぐ。い、いや緊張しすぎて味わかってるのかどうか自信ないけど。

 というかさ。これってひょっとして夢なんじゃね? 昨日サッカーした後にしゃべったのでも結構珍しかったのに、その次の日には横に並んでこの光景とか……。

「霞子」

 霞子はかみかみごっくんしてからこっちを向いた。

 俺はそれを確認すると、左手で霞子の右ほっぺたを軽くつねった。

「え、え? なにっ?」

「痛い?」

「う、ううん、大丈夫」

 ……まじで夢かもしれない。かといって霞子のほっぺたを強くつね

(てうわあ霞子のほっぺつねること自体が!!)

 俺はすぐ手を離した。

「急になにするのっ」

「すんません」

「お返しっ」

「すんまふぇあ?!」

 俺の左ほっぺたはふねはれは。

「ふふっ。えーい」

 両ほっぺははふねはれは!?

「あはっ。ふふっ」

(やっぱり夢か。だって痛くねーもん)

 妙にリアルな感触のある夢だなぁうんうん。

(おまけにめちゃくちゃ霞子笑ってるし)

 こんなにも笑ってる霞子見たことないから夢間違いなしだなうんうん。


 俺たちはごちそうさまをして、洗い物も済ませたら、また二階に上がり霞子の部屋に入った。


 俺と霞子は向かいに座ってお互いを見合っている。

 これでも充分近いと思うのだが、さっきの隣同士はもっと近かった。

(しかも霞子めちゃ俺のほっぺ触ってくるし!)

 されるがままの我がほっぺたたちであった。

(最初は俺からだったとはいえっ)

 霞子は今は特に何をしゃべることもなく俺を見ている。

「な、なんだよぅ」

「見てるだけ」

 らしいので、見させてあげることにした。代わりに俺も霞子を眺めることにした。コップの持ち方がほんと美しすぎ。CMで観たことがある気がする。

「昨日の夜にね」

 とかなんとか思っていたら、霞子が話し始めた。

「満里絵ちゃんから電話かかってきたんだ」

「ふーん。それで?」

「明日……えっと今日のことね。鍋谷くんと遊ぶって言ってたよ」

「へぇー」

「掃除の時間の後に誘われたんだって」

「ふんふん」

「一緒に買い物しに電車乗って行くんだって」

「ほうー」

 マスカットジュースうまうま。

「『これってデートなのかなぁ』って言ってたよ」

「ぶぐっ、げほっがはっ」

「もうなにしてるのー」

 そんなセリフなのに笑ってる霞子からティッシュを受け取った。失礼っ。

「ジュース飲んでたら油断したぜ……」

 残り少なかったのが不幸中の幸いだった。すぐ飲み切った。

「三花くんは、それってデートだと思う?」

「し、知らねぇよそんなの……」

「かわいいなぁ」

「うるへーうるへー」

 笑顔は笑顔でも、今はなんか変な笑顔だぞ。てかなんで呼び方変えたんだよっ。

「朝雪は……デート、したことある?」

「し、知らねぇってばっ」

「じゃあ、女の子と遊んだこと、ある?」

「き、昨日サッカーしたし!」

「お休みの日にっ」

「うっ。ど、どうだっけな……小学校のときはあったかな」

「最近はないの?」

「あ、ああ」

「そうなんだ」

 さっきからその謎の笑顔はなんなんだ!

「霞子はっ、そういうのしたことあんのかよ」

「デート?」

「い、いちいち言わなくていいっ」

「ふふっ。いとことお出かけしたのも入るのなら、あるのかな?」

「へ、へぇ~」

 それはカウントされるものなのか?

「そのいとこって、どんなやつなんだよ」

「背が高くてかっこいい人だよ」

「ふ、ふぅ~ん」

「一緒に歩いてたら、振り向く人も結構いたよ?」

「それは霞子を見てたかもしんないだろっ」

「女の子が見てたよ?」

「霞子が女の子から見てもかわいいとかそんなんかもしれないし」

「えっ?」

 だからなんでそこで謎の笑顔がさらに輝くんだよー!

「私のこと、かわいいって思ってくれてるの?」

「そ、そんなこと聞くなよっ」

「そう。やっぱり私かわいくないのかな」

「んなわけねぇだろっ」

「えっ?」

「ぐっ」

 だ、だめだ。霞子の術中にはまっている……。

「私は勇気を出して昨日朝雪のことをかっこいいって言ったのになぁ~」

「ぐっ」

 なんだ!? なんなんだ!? 今までの霞子のイメージとちょっと違うぞ?! 仲良くなったことは間違いないと思うんだが……。

「ふふっ、朝雪ってからかいがいがあったんだね」

「俺は霞子のことからかってねぇのにーっ」

「あは、ごめんねっ」

 今日いちばんの笑顔が弾けた。俺に何かが突き刺さるような感覚が押し寄せた。


 あんな話題はあの時だけで、また普通の学校の話題とかに戻った。霞子はずっとにこにこしゃべっている。


「……普段こんなにおしゃべりすることないから、ちょっと疲れちゃった」

「大丈夫か?」

「うん。楽しいからついしゃべっちゃった」

 楽しんでくれてはいるようだ。しゃべってるだけだけど。

「満里絵ちゃんたち、今ごろデート楽しんでるのかなぁ」

「またそれかっ」

「気にならない?」

「ならねぇよっ」

「そうなんだ」

「そうだよっ」

 何を言ってもどれを言っても、霞子は笑ってる。

「サッカーは誘ってくれたのになぁ~」

「バスケもしたいのか?」

「朝雪とならしてみたいかも」

「じゃあ今度集まったとき誘うよ」

「うん、誘ってね」

 霞子とバスケをすることが決まりました。

「霞子は体育で得意なのってないのか?」

「ないかなぁ。たぶんいちばん点数いいのって、保健のテストかな」

「うげっ」

 霞子にテストの点数で戦いを挑むのは無謀そうだ。

「バスケットも誘ってくれたのになぁ~」

「えー。テニスとか卓球とかは借りられねぇし。けーどろは最近集まらなくなってきたしなぁ。ドッジはたまにあるけど」

 そう考えると小学校のときよりバリエーション減ったなぁ。

「……あっ。じゃあ朝雪。私からも誘っちゃおうかな」

「ん? なんだ? テストの点数で対決とかはやめろよっ」

「それいいね。負けた人が勝った人の言う事を聞く。どう?」

「そんな戦う前から勝負が見えてるのなんてしたくねぇよっ」

 どーせ俺は頭悪いよーだつぅーん。

「じゃあ私の不戦勝ー」

「ちょおぉい!」

 理不尽すぎるっ。

「朝雪は明日部活ある?」

「午前中だけ……なんだよ急にっ」

「じゃあお昼から……」

 ん? 霞子が急に動き出して……

(ち、近っ)

 俺の両手が握られて

「一緒にお出かけ、しよっか」

(急に手握られてわけわかんねぇのに、今なんて言ったよ?!)

 俺の耳か脳かどっちかがおかしいのは間違いないよな……どっちも正常なんてことないよな!?

「お、お出かけって、な、なんだよっ」

「お出かけはお出かけ。電車に乗って、大きい商店街に行こう」

「商店街って……あああの神社の周りにあるやつ?」

「うん。おいしいたこ焼き屋さんがあるんだよ」

「へぇー。てなんか話乗せられてるぞ俺!」

「いや?」

「べ、別に嫌ってわけじゃ……」

「じゃあ決定?」

「こ、心の準備が」

「やっぱり嫌なの?」

「全然っ」

「じゃあ決定?」

「霞子っ、てかなんで手握ってんだよ」

「決定?」

「わあったようっうっ」

「よかったっ」

 俺の両手がぶんぶん上げ下げされている。

「私待ってるから、朝雪が部活終わったら来てね」

「は、はい」

 こうして明日霞子とお出かけすることが決定されちゃいました。

(うれしいはうれしいはずなんだけど、展開が急すぎて心臓ついていかねぇ!)

 やっぱ俺、霞子と一緒にいたかったんだな。

「か、霞子」

「うん?」

 近い。近いぞ霞子。

「手を握っている理由を……述べよ」

「握りたい気分だったから」

「気分かよ!」

「いや?」

「嫌じゃないんだよなぁー……」

「じゃあ握ってていいよね?」

「はい……」

 もう完全に霞子のペースに巻き込まれている。

「握っても、いいけどさ……」

 俺よりもちょっとちっちゃくて細い霞子の手が俺の手を包み込んでくれているこの感じ。ここから霞子のぬくもりが伝わってるような感覚。そしてそれに応えるかのような俺のこの気持ち。

「きゃっ、あさゆ……きっ……?」

 もう知らねーっ。抑えてられるかっ。手を解いて霞子を思いっきり抱きしめた。

「ちょ、ちょっとぉ……」

 霞子は少しわたわたしていたが、すぐに俺の背中に腕を小さく回した。

「……びっくりしちゃうよ……」

 知らんっ。もっと抱きしめちゃるっ。霞子の力がちょっと弱まった気がするが、気にせずもっと抱きしめちゃるっ。霞子が頭を俺の左肩に乗せてきたが、気にせずもっと抱きしめちゃるっ。

「朝雪ってばぁ……」

 さっきまでの声より随分弱々しくなっているが、俺は抱きしめる力を弱めなかった。


 どれくらい時間が経ったろう。何分か一分経ったかどうかも知らないが、霞子はとうとう声を出さなくなった。でも俺の背中には腕が回ったまま。肩と顔にも霞子が当たってる。

(……はっ。俺は一体何をっ!)

 ちょっと落ち着いたと思ったら急に我に返る俺!

 ばっ、と両肩をつかんだまま霞子を離した。

(うわっ、なんて顔してんだ!)

 さっきまで正面見てたからよく違いがわかるが、今の霞子の顔は明らかに赤くなっている! 霞子の手は中途半端な形で待機している。

(待てよ。待てよ待てよ。さてこの状況。俺はどう動くべきだ?)

 俺は赤い顔をしている霞子を見ながら次の行動を考えた。んむむむ。霞子がちょっとだけ視線を落としたが、またすぐちょっと上目遣いに俺を見た。

 この霞子の動作を見たら、

「あっ、朝雪ってばっ」

 また霞子を抱きしめてしまった。でも霞子も腕は俺の背中にちょこっと回していた。


 そしてまたしばらくして肩つかんだまま離す。

「……何か言いなさいっ」

 霞子がやっぱり赤い顔のままそんなことを言ってきた。

 さて俺は何を言おうかな……んむむむむ。

「こんにちは」

「……ぷっ。なにそれーもぉーっ」

 霞子がめちゃ笑っている。これは成功……なのか?

(はっ。俺の両手から霞子が笑ってる振動がそのまま伝わっている!)

 ここでようやく俺は両手を霞子からのけた。でも霞子は俺の脇腹辺りに手を添えたままだ。このままこちょこちょされたらやばい。

「さて。どうしてあんなこと急にしたのか、述べよっ」

 うっ。まじでなんで俺あんなことを急に。

「……な、なんでだろうな」

「とってもびっくりしたんだから、ちゃんと述べよっ」

「驚かせちまって、す……まん」

 ちょっと冷静になったら急に冷や汗のようなものがっ。

「謝らなくていいのでちゃんと述べよっ」

「そう言われても……なんか霞子がやたら手を握ってきたら、二年前から今まで貯めてきた全部の気持ちがあふれ出たっていうか……」

「二年前?」

「ぐへっ」

 俺は。俺はとんでもないセリフを発してしまったと思う。てか発してしまった。

「そのお話、詳しく」

「え、いやー、それはちょっとー」

「だめっ。聴きたい。さもなくば……」

 なぬ?! やはりその位置のポジショニングはそういうことだったのか!? 指をゆっくり立ててきた……あの立て具合、その気になれば一秒も経たずに俺の脇腹がうへらへらになってしまうことだろう。

「わ、わかった。言う。言うからその手を解除しろ」

「よろしい」

「てだからといって手を握ることは」

「何か言いましたか?」

「何も言ってませんのでどうぞ手握っててください」

「よろしい」

 のぁ~。結局霞子のペースに振り回されっぱなしだー。


 俺は根掘り葉掘り今まで募らせてきた気持ちを放出させられた。

「見てるだけじゃなくて、もっと声かけてくれてもよかったのに」

「き、嫌われたら、元も子も……さ」

 霞子は首を横に振っている。

「転校してきてからずーっと今まで優しくしてくれて、嫌う人なんているかなぁ」

「俺はその、女子の気持ちとか知らねぇし」

「女の子だって……男の子のこと、好きになるんだよっ」

「好きって……ておいっ」

 今度は霞子から俺に抱きついてきた。さっきまでよりもうんと腕が背中を回っている。

「女の子だってー。好きな男の子と一緒に遊びたいし、おうちでおしゃべりしたいし、ごはん食べたいんだよ」

「おおいおいおいっ」

 霞子は抱きつきながらそんなことを言っている。

「女の子だって。優しくされて、楽しくしてくれたら、かっこいいなって思っちゃうし、好きになっちゃうんだよ」

 そう言いながら抱きついてくる力が少し強まった気がする。

「それなのに急にこんなことされたら……とっても大好きになっちゃうよ」

(俺はー。俺は~。うーんとー……つまりこれはー……)

 俺はまた霞子の両肩をつかんで、ちょっとだけ俺から体を離しつつも、顔をすぐ目の前に持ってきて、

「じゃあさ! お互いがそのー、す、好き同士なんだから、デートしても告白してもいいよな!?」

 だめだ、俺もう頭回ってないや。

「なんかちょっと違う気がするけど、でも間違ってもないかなぁ」

 よくわからないが、とりあえずいいみたいなので!

「霞子っ」

「はい」

 霞子がじぃっと俺を見つめている。

「二年前から一目ぼれしてました! 俺と付き合ってください!」

 俺はそのままの勢いで霞子と唇同士をくっつけにいった。


 ……結構時間が経っても霞子が離れようとしなかったので、また落ち着いてきた俺から離れることにした。

(ほんと俺何やってんだろう)

 霞子が今まで見たことないくらい……まぁそのなんだ。か、かわいい顔してる、かな。

「お返事まだしてないのですけどっ」

「あ、すま……ん?」

「かわいいなぁ」

「うるせっ。霞子がかわいいから告ったんだから、早く返事よこせ」

「もぉ」

(まじで超いい顔)

「ふふっ。ねぇ、その前にひとつだけ見せておきたい物があるの。いいかな」

「なんだよここまで来てー」

「たぶん最後だと思うから、今だけ許してっ」

「わ、わあったよ」

 なんだかよくわからないが、とりあえず許可を出すことにした。霞子は立ち上がって、勉強机の方に向かった。引き出しからー……何かを出した。

 引き出しを閉めると、またさっきと同じくらい近くに座っ……横だけど。なぜか肩を寄せてきて、でー……封筒?

「中見たい?」

「あ、じゃあ……はい」

 白いけど端に薄い花柄が少し。うん? 表に俺の名前が書かれてあるぞ。霞子は裏向けて小さなゆきだるまシールを外して封を開けた。封筒ということで中にはー……手紙が入っていた。二枚かな。

「読んでください」

「はい」

 俺に手紙が渡されると、霞子の手は俺の右ひざに重ねられた。

 俺はすでに広げられている手紙を読み始めた。



三花くんへ


こんにちは。突然のお手紙ごめんなさい。

なかなか声をかけられないから手紙にしました。

今度おやすみの日に三花くんと遊びたいです。

よかったら声かけてね。


プロフィールもしてくれると嬉しいです。

緑野霞子より



(これ?)

 二枚目は手紙じゃなかったのか。上の紙をよけると、これは~……

(なんか、名前とか誕生日とか書く欄があるな)

「今度書いてね」

「はあ」

 リアル霞子の声が聞こえたが、俺は気の抜けた返事になってしまった。

「出そうと思ったけど出せなかったの。だれかに見つかったら恥ずかしいし……朝雪から声をかけてくれるから、いつか話せる機会があるかもって思ったし」

「そ、そかー」

 霞子のちょっと女の子らしいけどしっかりした文字が並んでいる。俺みたいなてきとーなやつとはえらい差だ。

「でも飛び越えちゃったね」

「飛び越え?」

 霞子は俺の右肩に頭を乗せてきた。

「……お返事しなきゃねっ」

 と思ったら正座してこっちを向いた。俺も正座しよっと。手紙は机に置いーだからなんでそこでちょっと笑うんだよっ。

「緑野霞子は、三花朝雪くんに誠心誠意尽くします。よろしくお願いします」

「あお、こ、こちらこそ、よろしくお願いいたしまする緑野さん」

 土下座……? じゃないけどすごく丁寧に頭を下げられちゃったので、思わず俺も頭を下げてしまった。

「あでっ」

 勢い余ってごっちんこしてしまった。

「……ひどいよー朝雪ー」

「今のは不可抗力だっ」

 とか言いながら手で頭を押さえつつ顔を上げた霞子は笑っていた。

「明日はデートになっちゃったね」

「べ、別にそんな言い方しなくても、さー」

「てれちゃってるのー?」

「霞子はもっとてれろよ!」

「私はずっとどきどきしてるよー。好きな男の子からちゅーされちゃったもーん」

「のあぁあぁーーー!!」

「かわいいなぁ~」

 さっきとはまた違った体勢でカーペットに頭を打ちつけていたが、霞子は俺の後頭部をなでなでしていた。

「も、もうしねぇ! おちょくられるからもうしねぇ!」

 なでなでの速度がちょっと遅くなった。

「でもね。本当に私、どきどきしてるよ。朝雪が私と同じ気持ちだってわかって、とってもうれしいんだから」

「……お、俺は、ただ単に霞子のことが好きだから、近寄ってただけ……だし、なぁ……」

「ううん、うれしい。ありがとう、朝雪。大好きっ」

(ぐぅっ。い、今のは強烈すぎる……)

 顔見てたらやばかったかも。

「ということで、私からちゅーしちゃうから顔上げてください」

「ぜってぇ顔上げねぇぞ! カーペットにのり付けされてるぞ俺の顔は!」

「あ! UFO!」

「え、どこどこ?」

「捕まえました」

「ぬあぁぁぁ~~~!!」

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帝王Tsuyamasama学園ラブコメ短編集② カクヨム投稿版!(コンテスト応募用②) 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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