短編11話

 最近、全国の高校同士での国内超短期留学がブームになっているようで、短いのだと一週間とかからあるようで。長いのは何ヶ月とからしいが、多いのは二~三週間くらいとのこと。

 各学校で受け入れ時期や留学時期がいろいろあるようだが、夏休みが終わると同時に留学先で勉強して、期間が終わったら自分の高校に帰る流れが多いかな。長期の休みがずれている学校を選ぶのも人気らしい。

 去年、提携してる高校のうちのひとつから、その制度を使ってうちの高校にやってきた生徒が……いや、親戚がいた。

 名前は藤南ふじみなみ 芹葉せりは。小さいころから親戚の集まりとかで会っては子供同士で遊んできたのでよく知っている。同い年というのも大きい。遠いところに住んでいるので、会うのは二年に一回とかかなぁ。たまに結婚式などで半年に二回会うこともあるけど。

 芹葉がうちの高校に三週間やってきたときは、そりゃもう大変だったさ……。


「くらちゃーん! ごはん食べよー!」

「くらちゃんそこ違うよー?」

「くらちゃん一緒に帰ろー!」

「くらちゃんごはんごはん!」


 ……うっ。記憶が鮮明すぎて今にも飛び出してきそうだっ。

 芹葉って人当たりがよくてだれにでも優しいし、天然の茶髪? 栗毛? みたいな感じなすんげーさらっさらの髪で、なのに通ってる高校ができたばっかのエリートぞろい進学校ってなもんだから、んまぁ~男子共が猛烈アタックするわするわで。

 い、いや。アタックすること自体は俺は止めはしない。青春を謳歌おうかするのは決して悪いことではない。だがな。その芹葉自身が俺と行動を共にしたがるから、芹葉を狙う男子勢から敵扱いされまくったのがめんどくてめんどくて……別にいじめとかいたずらとかはないけどさ。てか俺伝書鳩じゃないんで聞きたいことは本人に直接聞いてもらいたいものである。


 芹葉は夏休み前の三週間俺の学校にやってきて、その間俺の家に泊まった。うちに女子のきょうだいがいないからか、父さん母さんは楽しそうだった。弟のまもるもおめぇらのほうがきょうだいなんじゃねってくらい芹葉としゃべってたなぁ。

 それまでたまに親戚で集まったときにしか会ってなかったから、あの三週間はたくさん芹葉としゃべったもんだ。いろんなところにも連れてった。

 芹葉はよほど楽しかったのか、来年もこっちに来る気まんまんのようだ。芹葉の学力ならもっといろんなとこで勉強できると思うんだが。


 学校は確かに三週間だったんだが、そのまま夏休みに入ったから、さらにもうちょいこっちにいてたなぁ。あまり写真は飾らないんだが、唯一芹葉も混ざったクラス写真は飾ってある。ちゃっかり俺の腕ホールドしやがってっ。


 そんなドタバタを経験しながらも、俺は今年この制度を使ってみることにした。

 俺が選んだところは……



「……でっけぇなぁ……」

 駅から歩いてくる途中ですでに見えていたが、近くまで来たらなんという迫力。

 門もピカピカ。グラウンドも大きい。校舎もかっこいい。なんか塔みたいなの突き出てるし。花壇までもが立派。

 ますます俺の学校の田舎感を感じてしまう……!

(で、でも俺の学校だって悪かぁねぇぜ!)

 ところでー、勝手に入ってー……いいんかな?

 生徒が下校してるみたいだから、放課後だとは思うが……てまぁみんな俺を不思議そうな目で見ている。とりあえず会釈くらいでもしておこう。どもども。

 俺は普通の学生服。夏だから学ランは着ていないが、やはり普通のカッターシャツに普通の黒いズボン。対して向こうは、もうカッターシャツの段階で高級品です感がっ。ズボンやスカートもなんか深い青色でつやつやだ。刺繍? 紋章? なんか胸ポケットのとこにワンポイントのかっちょいいのが……てあんまりじろじろ見るとよけーに怪しまれるか。

(しかしもう放課後なのか。さっきチャイムが聞こえたばっかだからー……)


 俺は通る生徒にじろじろ見られては会釈を繰り返しつつも、家庭部の活動場所を聞いては家庭科実習室という名の場所を目指して校舎をさまよった。

(にしてもなんというか、作りが丸っきり別物というか、もはや別世界というか……)

 そりゃさ、別の学校に来てるんだからうちの学校との違いを感じるのは当然といえば当然だろう。がっ。なんていうかなぁ……優雅でお上品まみれというか……お、家庭科実習室を見つけたぞ。

 俺はそっと中をのぞいてみた。エプロン装備バンダナ装備の生徒がたくさんいるぞ。やはり家庭部、女の子ばっかだ。んーしかしー

「あの……家庭部に何かご用でしょうか?」

「うぇ!?」

 あわてて振り返ると、肩のとこでくるんとなったこれまた優雅な髪型をしている女子に声をかけられた。

「ああいやあのっスね、えーっとー……」

 あわてつつも中や外を見回しても、目的の人物はいないようだ!

「ひ、人探ししてんスけどぉー、いないみたいっスねぇ! あは! あはは!」

(こんなの怪しまれるに決まってるだろうにー!)

 俺が冷や汗だらだらで女子生徒を見てみると、

「お探しの方は家庭部部員なのですか?」

(天使かこいつー!)

 明らかによその学校の生徒の男子が家庭部をきょろきょろってんのに、なんという親切な……

(こ、これが学校の差なのかっ……!?)

 ま、まぁ俺んとこは俺んとこでノリよく探すのを手伝ってそうか。はは。

「あ、ああ! 家庭部で二年の~……」

 ん? ひょっとして、あれはー……

(遠くからこっちに歩いてくる三人。そのうちの真ん中を歩くあの女子生徒っ)

 へぇ……普段友達とあんな表情して歩いてんのかー……

(俺といるときとは、ちょっと違う雰囲気だ)

 俺がその女子三人集団を見ると、横にいる女子もそっちを向いた。まだ少し距離がある女子三人集団はこちらを見ると、外側二人はこんにちはをしてきた。俺の隣の女子は先輩なのか?

 それはともかく、三人集団のうち真ん中の女子は、

(あ、カバン落ちた)

 その音を聞いて両隣は驚いた。しかし真ん中女子は固まったまま俺をずっと見ている。あ、両手が両ほっぺたに添えられた。焦る両隣女子。

 とりあえず俺はー……

「……よう、芹葉。来ちゃった、ぜ」

 ぬわーーー!! 芹葉そのままひざから崩れて廊下に座ったぞ!? 周りの女子も驚きまくり。俺も近くへ寄ることに。

 改めて近づいて見てみたら、やっぱり芹葉だった。人違いだったらどれほど恥ずかしかったことかっ。芹葉は座ったまま俺を見上げて

「だああ!? なぜ泣く芹葉ぁー!?」

 表情と手の位置そのままに芹葉はぽろぽろ涙を流し始めた。俺なんもしてねぇよ!?

「藤南さん!?」

 ちょ俺やばい状況じゃね!?

「せ、芹葉、俺まだ芹葉と会って一分も経ってな」

「く……くらちゃあぁ~~~ん!!」

「どわぶへあっ」

 いつどこで習得したのかわからない芹葉タックルをもろに受けて俺はぶっ倒された。芹葉はそのまま俺に乗っかってる。

「へ?! せ、芹葉おおお落ち着け芹葉! おいとりあえずみんなに説明を先にぃ~!」


 泣き止んだと思ったらとっても笑顔になった芹葉に背中を押されて家庭科実習室に入れられてしまった。当然視線の嵐。

 俺はそのままとある席に座らされた。木製のイスではあるが、これひとつ見てもうちの学校のにはない機能性とデザイン性を感じる。芹葉はすぐに隣のイスに座って、こっちを向いた。

「くらちゃんだぁ……どうしたの? ねぇなんでここにいるの? ねぇねぇっ」

「肩外れるぅ」

 なんという速さで俺の両手を握り、そしてぶんぶんしてきたことか。芹葉の目はとってもきらきらしている。周りの視線はすごいことになっている。

「国内超短期留学のあれ、応募したんだ。そしたらここへは俺が選ばれたのさ」

 芹葉の腕は止まったが、目のきらきらは増すばかり。

「……うれしい……くらちゃんがここ来てくれるなんて……うれしいよぉっ……」

「だから泣くなぁー!」

 周りの視線見えてますかー!?

「ねぇいつまで? いつまでいるの?」

「四週間だ。めいっぱい長いのを希望した」

 芹葉は~……

(そ、そこまでよろこんでくれるとはっ)

「ふ、藤南先輩、どちら様……でしょうか?」

「あっ」

 芹葉はあせあせしている。ハンカチで涙も拭いた。そして立ち上がり、

「えっと……こちらは見佐みさ倉雪くらゆきくん。私が夏休み前に国内超短期留学で学ばさせていただいた学校の生徒です」

(おー芹葉かっちょえ、じゃなくって)

 俺も立ち上がって、

「ど、ども。見佐倉雪です」

 大量の女子が俺を見ている!

「藤南さんをお探しだったのですね」

「あ、まぁ、はい」

「くらちゃん私を探してくれてたの?」

「そ、そのなんだ。せっかくだから、驚かしちゃろかな、なんて……」

「くらちゃぁん……」

 芹葉はそのまま座り込んで、顔を両手で覆ってしまった。

「せ、先輩、こんなにかわいらしいところもあるんですね!」

「藤南さんってあのような表情もなさるのね」

「藤南ちゃんかーわいぃー!」

「あの男、ただ者ではないようね……」

 俺はとりあえずあはあは笑っておくしかなかった。

「申し遅れました。わたくしは家庭部の部長を務めております、古川ふるかわ水紋みなもと申します」

(この人部長だったのか!)

 そりゃ怪しい人物が部室前にいたら声かけるわな。

「藤南さんのお知り合いの方であれば、我々家庭部は皆歓迎いたします。ねぇ皆さん」

 おおすげぇ、部長の一声でみんなの一体感がっ!

「えーとーそのー。よろしくお願い、します」

 とりあえず言ってみたら、よろしくお願いします返しをみんなしてくれた。

「しかし見佐さん、許可証はお持ちでないようですね」

「許可証?」

「学校関係者以外の方は、用務員室で許可証を得られてから校舎へ入られる決まりになっているのです」

「おわっと、じゃあそれ取りに行かなきゃいけないな」

「私と一緒に行こうよ~!」

「あ、お、おう」

「では藤南さん、よろしくお願いいたします」

「はい。その後またこちらに~……?」

「ぜひ」

「ありがとうございます! さあくらちゃん行こう行こう!」

「わわあったわあったってばっ」

 俺はまた芹葉に背中を押されながら家庭科実習室を出た。


 芹葉は確か身長152cmっつってたなぁ。俺より十cmちょい小さい。

 髪は肩よりもうちょい伸びている。俺の学校に来てるときは毎日いろんな髪型をしていたが、今日は普通に下ろされているだけだ。でも前髪はヘアピンで留められている。ある意味これがトレードマークかも。

 この学校特製の女子版カッターシャツにスカート。俺んとこに来てたときと同じだが、他の女子生徒もみんなこの格好ということで、ここは芹葉んとこの学校なんだよなぁ。改めて芹葉がここの学校の出身なのだと感じる。

 俺は用務員室の場所なんて知らないので、芹葉の後ろ姿を眺めながらおしゃれな校舎を歩いている。

「ここが芹葉の学校かー」

「そだよー。えへー、くらちゃんと一緒に歩いてるねー」

 後ろから見てもよくわかる芹葉のるんるん度。

「でもさっきの三人組のときに遠くから見た芹葉は、もっとお嬢様な感じだったぞー?」

「お嬢様なんてそんなことないと思うよぉ」

「少なくてもそんなえへえへるんるんじゃなかったぞ」

「だってくらちゃんがいるんだもーん」

 手が後ろに組まれている。これを引っ張れば芹葉をこけさせることもできるかもしれないがやめておこう。

「芹葉がそんなによろこんでくれるなんてな。ここを選んでよかったよ」

「うん、とってもうれしい! ありがとう、くらちゃん」

 芹葉は振り返って、すごい笑顔でそう言ってきた。

「ど、どういたしまして」

 芹葉は一度うなずくと、また前を向いて歩き出した。

「でもなんでここを選んでくれたの?」

「ん? そりゃー……」

 深い理由はなく、ただただ。

「芹葉に会いたかった……から?」

 おわとっ、芹葉が急に立ち止まった。両手がまたほっぺたに。まさかまた泣くのか!?

「……うれしすぎてどうにかなっちゃいそうだよぉ……」

「ほ、ほらさ! 夏休み前来てくれたじゃん! だからお返しに、さ! いやぁー他に希望者五人もいてさー、ここ一人しか来られなかったから、テストや面接通るの大変だったんだぞー! あははは!」

 普通の中間テストとかもっと頑張れよと思われそうなくらい、俺としては頑張った方だと思う。

 また芹葉はゆっくりこっちに向き直って、

「……ありがとう、くらちゃん。私はもうくらちゃんの物です」

「な、なんじゃそりゃ?」

「えへー。行こ行こっ」

 芹葉は前に向き直って歩き出した。


 芹葉がついててくれたので、難なく許可証をもらうことができた。首から下げる許可証すらかっちょいいじゃねぇか……速攻で印刷された紙に書かれた自分の名前すらかっこよく見えてしまう。紙っぺらひとつにここまでデザインを妥協しないとはっ……!

「これ中の紙、記念に持って帰っていいんだよ」

「そうなのか? じゃあ芹葉これいるか?」

「ええっ? くらちゃんの記念だからくらちゃんが持ってなよぅ」

「そっか。じゃ後で生徒手帳に入れておこう」

 去年は特にこの制度に興味がなかったんだが、今年芹葉が来たことで興味持ったからなぁ。

「そういえば芹葉、去年は来なかったな」

「私たちの学校は二年生からなんですぅ」

「あそぅ」

 単純なことであった。

「くらちゃんこそ、去年こっちに来てくれてたら、うれしかったなぁ」

「今年来たから許してくれ」

「いっぱい許します」

 芹葉はまた前をるんるんで歩いている。


 芹葉に連れられて家庭部に戻ってきた。もうみんな作業に取りかかり始めていた。ミシンと生地が用意されていて、今日は服を……作ってんのかな?

「古川先輩、許可証をいただいて参りました」

「はい。こちらでも見学者として記録いたしますので、許可証を拝借してもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 俺は許可証を古川部長さんに拝借された。俺拝借とかすっと浮かんだことねぇよ。

(立派なカバーの日誌だなぁ)

 うーん、にしても書いている姿すらも優雅だ。

「しばらくかかりますので……藤南さん、お任せしてよろしいでしょうか」

「はい、わかりました。くらちゃんこっちー」

 俺は芹葉に連れられて、空いている机のところにやってきた。ってさっき座ったとこと同じじゃん。

「しかし部長ってすげー丁寧なしゃべり方だなー」

「あれでも結構砕けてるらしいよ?」

「まじで!?」

 信じられ申せぬ。こんな感じ?

「私たちの学校はかっちりしたお堅い言葉を勉強したりしゃべったりする授業があるんだけど、別に普段はかっちりしなくてもいいの。ただ古川先輩は子供のころからおうちでかっちりさせられちゃったらしくて、むしろこの学校でふつ~の言葉を実践してるくらいなんだって」

「じゃあもし演説とかで部長が本気出してしゃべろうものなら……?」

「……ごくり」

(ひぇっ)

 なんてしゃべりながらも、芹葉は他のみんながやっているような作業の準備をしていた。


 ひたすらに服の時間だった……家庭の時間に似たようなものだったと言えばそうなんだが、専門用語と特殊道具が多すぎて……でも芹葉はくらちゃん助手がとても楽しかったようだ。

 みんな作業をやっていたが、作業が進んでくるとお互い見せ合ったり相談し合ったりと、部活らしい雰囲気の場面もあった。

 そんな時に男子部員が声をかけてきたのである。この時初めて男子の存在に気づいたが、本来もう一人いる男子が海外留学中でさみしかったとかなんとか。鉄口てつぐち 侑士ゆうしという名前だった。やはり家庭部らしく平和な感じの男子だった。


 かっちょいいチャイムが鳴った。俺は芹葉の助手を立派に勤め上げた。すげぇ、みんなチャイム鳴る前にすでに片づけきってるじゃねぇか!

「ね、ねぇ見佐さん、少しお話がしたいです」

「あたしもあたしも!」

「藤南さんがあんな表情をされるのですもの……」

「やはりただ者ではないな……!」

 なんかいっぱい来たー!

「皆さん。まだ早いですよ」

 ぁ、周りのみんなが一斉に部長に向いてすいません連打。

「何か連絡はございませんか?」

「はい!」

(ぅえ芹葉!?)

「はい藤南さん」

「くらちゃん、明日からこの学校に来られるのですけど、部活、その……えっとー……」

 芹葉は俺ちらっちらっしている。

「それは見佐さんのご意思次第かと思われます」

「ですよねぇ……」

 まだ俺をちらっちらっしている。

「……ですが。もし家庭部への見学・入部をご希望されるのでしたら、わたくしたちは歓迎いたします。ねぇ皆さん」

 うぉ部室内めちゃ盛り上がってる!

「うちの家庭部って、全国大会にも出てるから~……ね? ねっ?」

 めちゃちらっちらっされてる。

「そんなすごい部なのかここ」

「うん! あ、でも、男の子って見学にも来てくれないことが多いから、国内超短期留学の男の子が家庭部に入ったなんて、ちょっとしたニュースになっちゃうかも」

「まぁ正直家庭部に男のイメージはあんまないわなぁ」

「で、でもでも。よかったらくらちゃん、考えててほしい……なっ」

「へいへい。部長さんが見てるぞ」

「あ、すいません」

 視線までもが優雅だ。

「他に連絡はございますか?」

 しーん。

「それでは……解散の前に、ひとつわたくしから確認しておきたいことがございます」

 ほぅ。なんだろ。

「見佐さん」

「あ俺? はい」

「お時間はございますか?」

「あー、うん、はい」

「ではこちらへおいでください」

 うん? 前に立てってことかな? 俺は指定されたように黒板の前へ歩いていき、しゅたっと立った。横に部長さんがいる。

「わたくしはこれから準備室で日誌を書きますから、黒板とチョークは皆さんでご自由にお使いください。それでは解散、ありがとうございました」

 部長さんのありがとうございましたに続いて部員全員によるありがとうございましたが部室内に響いた。と思ったら部員みんな押し寄せてきたー! 芹葉がちょっと遠い。あ、鉄口くんも近寄ってきた。部長さんは宣言通り準備室に入っていったようだ。


「ふへー……やっと終わった」

「くらちゃん優しいねー」

 しばらく質問攻めにあったが、なんとか戦場を乗り切ることができた。

 俺たちはたくさんの生徒に混じって校門を一緒にくぐり抜けたところだ。当然のように知らない生徒たちが俺を見ていく。芹葉と二人だけじゃなく、もう三人ついてきている。

「ふ、藤南先輩、あたしにも、そ、その、ちゃんで呼んでほしいですー!」

「わたくしにもお願いしますー!」

 ああこの女子二人って、最初の三人組の両隣だった集団か。

「そ、それはー……恥ずかしいから、だめです」

「そんなー!」

「どうしてですかぁ~……!」

「だめなのですっ」

 なぜかだめらしい。ここはそういう校風なのか?

「なんでだめなんだ?」

「もぅっ、だめったらだめなのぉ」

「やーん藤南先輩かわいすぎですー!」

「わたくしも藤南先輩にもぅって言われたいです!」

「む、無理無理っ。くらちゃんだけは特別なの~っ」

「あたしも特別にしてくださーい!」

「藤南先ぱぁ~い!」

「あーんくらちゃーん」

「い、いや、俺にどうしろと」

 なんか俺を盾に芹葉VS後輩二人の銃撃戦が繰り広げられている。

「す、すごいです見佐さん! 女の子に囲まれて平気だなんて……!」

「別に平気ってほどじゃぁ……」

 そして侑士も一緒に歩いている。

「侑士だって家庭部で男一人頑張ってるなんてすげーじゃねぇか!」

「ゆ……ゆうし……ほわあ……」

「み、見佐さん! あたしも、な、名前で呼んでください!」

「あ? おう、愛希あいき

「きゃー! 感激ですー!」

「わ、わたくしのことも、ぜ、ぜひ、汐音しおねと……」

「おう、汐音」

「はあ……すてきな響きです……」

 三人中三人がほわーってなってるが……

「くらちゃん。私も名前呼んでっ」

「芹葉はもう何千何万と呼んでんだろーがっ」

「てへ」

「ああ藤南先輩てへはだめですよぉ!」

「藤南先輩にてへをさせる見佐さん……なんてすごいお方……」

「この一瞬で女の子たちと信頼関係をもう作っているなんて……すごい……」

 な、なんか調子狂っちゃうなぁ。悪い気はしないけど。


 愛希と汐音と別れ、侑士とも別れて、俺と芹葉は二人で歩き出した。

「はー……やっと落ち着いたって感じだな」

「くらちゃんがここにいるの、夢みたーい」

「じゃほっぺた失礼しまーす」

「ふあーはかりはひははらー」

「現実でーす」

「いきなりほっぺたつねっちゃだめっ」

「一応確認しといたほうがいいかなと」

「もーっ」

 とか言いながら芹葉は楽しそうだ。その笑顔は夕焼け色に染まっている。


 そして芹葉の家、つまり藤南家に着いた。

「俺ここに来るのって何年ぶりだっけ」

秋子あきこお姉ちゃんの結婚式のときじゃない?」

「あーあれかー。じゃ五年くらい前か」

「あれ。ねぇくらちゃん。そういえば……どこから学校に通うの?」

「ああその辺の情報も全部秘密にしたまま乗り込んじまったなフッフッフ」

「くらちゃんいけないこだー」

「あら! んまぁー倉雪くん大きくなってー!」

「ああども、久しぶり!」

 芹葉のお母さんが庭にいた! ガーデニングってやつかな? 髪くくって本気モードみたいだ。

「ただいまっ」

「おかえり芹葉。あなた今日驚いたでしょう?」

「びっくりしすぎてどうにかなっちゃいそうだったよぉ……」

「あはは、さあ倉雪くん、疲れたでしょ。ゆっくりしてってね。荷物も届いてるからねー」

「お世話になりまーす」

 おばさんはガーデニング装備を片づけにいったようだ。

「く、くらちゃん、もしかして?」

「ああ。四週間、いいかな?」

 芹葉は本日何度目になるだろうおめめきらきらを発動させている。

「……私。こんなに幸せでいいのかなぁ……」

「大げさすぎだっ。むしろこっちこそお世話になっていいのだろうかっ」

「私がいっぱいお世話してあげる~!」

「てだから押すな押すなっ」

 俺は芹葉に押されて家の中に入った。


 おじさんも程なくして帰ってきてお久しぶりですをした。

 使わせてくれる部屋のことや、台所やお風呂などの場所。定期的におつかいをしてほしいことなどいろんなことを聞いた。それと今日は担任の先生が俺の面談を兼ねた家庭訪問にやってくるらしい。ごはんはその後食べるようだ。


 担任の先生は男の先生だった。なんか熱血な感じだった。芹葉も同じクラスのようで、芹葉と知り合いという情報のことからか、留学生を自分のクラスに招きたいとめっちゃアピールしてくれたらしい。芹葉は幸せオーラを放出していた。


 先生は帰って、俺らはごはんタイム。今日はお鍋だった。めちゃうま。

 ごはんを食べた後うちにも電話。無事着きましたよ報告、とついでにこちらのみなさんとも通話。

 担任の先生が用意してくれた書類とかに軽く目を通したりお風呂ったりなどをしていたら、今になってどっと疲れが出てきた。


「倉雪くん眠そうだね。明日から学校なんだから、早く寝た方がいいよ」

「ああ、そうするー。じゃおやすみー」

 おじさん・おばさん・芹葉からおやすみーが返ってきた。

「あー……芹葉、寝る前にちょっといいかな」

「なあにー? あ、私も寝るー。おやすみー」

 おじさんおばさんのおやすみーを背に、俺たちは二階に上がった。

「あ。ねぇくらちゃん。私のお部屋来ていいよー」

「ぅえ。いいのか?」

「うん。それともそっちがいい?」

(んん……ま、まぁその。正直遠路はるばるここまでやってきたんだから、芹葉の部屋を見たい気持ちがないわけでも……)

「じゃ、じゃあ資料持ってそっち行くわー」

「うん」

 芹葉は自分の部屋に入っていった。


 さて、学校に関する資料を持って、改めて芹葉の部屋の前に立った。木製の掛け札に『せりは』って書かれてある。これは昔小学校のときに作ったと聞いたことがあって、俺ん家に来たときもこれ持ってきて使ってた。俺は今回特に札なんて持ってきてないや。

 ノックしてーっと

「はーい」

 芹葉の声が聞こえたので、

「じゃますんでー」

 と言いながらドアを開けると

「じゃますんなら帰ってー」

「あいよー。まじで帰るよ?」

「ああだめだめだめ! くらちゃんいなくなっちゃったらさみしいっ」

「うそうそ」

 芹葉に仕込んだネタをさらに応用してやったウシシ。ということで俺は芹葉の部屋に入った。

 女の子らしく、ぬいぐるみがあったりふりふりひらひら要素があったりするが、勉強机が俺のより立派な感じだ。教科書もきちんと並べられてある。やっぱり女の子の部屋に入るってのは緊張するもんだ。芹葉は男子を入れるのに緊張しないんだろうか?

 その芹葉はパジャマ芹葉だ。薄いピンク色でこれにもふりふりひらひら要素が多少。そういやうちに来たときもこれ着てたな。

「ようこそ~」

 芹葉は勉強机の前でイスに座りながら両手を広げている。その横に空いているイスが置かれてあるってことは、そこに座れってことかな? 勉強机とのイスとは別の物っぽい。水色のクッションが敷かれている。

 俺は資料を勉強机に置いて、イスに座った。イス同士の間隔はほとんどなく、座るときに芹葉をキックしてしまった。お返しにキックされた。でも芹葉は笑っていた。

「わー、くらちゃんだぁ~」

「変身の術を使う悪の組織だったらどうする?」

「くらちゃんがくらちゃんだってことくらいすぐ見抜くから問題ありませーん」

「芹葉めちゃつえー」

 俺は資料を広げ始め

「ん? おーこの写真はー」

 俺は白色の縁に花柄の写真立てを手に取った。

「楽しかったよねぇ~」

 芹葉の目は、まっすぐ写真に向けられてあった。

「俺もこの写真、机に飾ってるぜ」

「ほんと!? うれしぃ~」

 俺は写真立てを元の位置に戻した。


 資料には学校の決まり事や一日の流れ、校訓や全体図などいろーんなことが書かれてあったが、芹葉の説明を加えてなんとかだいったいは理解できたと思う。さらに細かい注意点みたいなのをご丁寧に芹葉がミニノートに書いてくれたので、明日から即戦力になれそうだ。


 資料はまとめて机に置いた。

「ふぃー、こんなもんかな」

「明日からくらちゃんが一緒だぁ~」

 芹葉はミニノートの表紙に俺の名前を書いたりお絵かきをしたりしている。

「芹葉にいろいろ助けさせちまったなぁー」

「私がくらちゃんのそばにいたいだけでーす」

 二年に一回くらいしか会っていなかったときからすでに一緒に行動することが多かったが、芹葉が俺のとこにやってきてからすんげー距離縮まった感あるよなー。

 芹葉は俺んとこに来るっていうのは(俺みたいなひねくれ者と違ってっ)ちゃーんと事前に教えてくれていたから、俺がぎりぎり制度を使う申し込みが間に合ったんだっけ。あの時すぐ勢いで申し込みしにいって正解だったな。

「芹葉は俺んとこに来たのって、俺がいるからって理由だったよな」

「そだよ」

「それ、申請のときにもそんなこと言ったのか?」

「ちょっと言ったけどー、今の自分とは違う環境でーとか、伝統文化に興味あってーとか、なんかいろいろ言った」

「ま、さすがに『くらちゃんに会いたいです!』だけでは通らなさそうだな」

 芹葉は笑っている。

「にしても芹葉は……なんでそんなに俺に会いたかったんだ? それまで親戚で集まったときしか会ってなかったしさー」

 芹葉は描き終えたのか、ペンを置いた。こんなキラッキラなノートを持ち歩くのか俺は。まぁ逆に落とさないように気をつけると思うけど。

「くらちゃん覚えてるかなぁ。小さいころ集まったとき、階段上がろうとした私が足滑らしちゃって、でもくらちゃんが助けてくれたこと」

「んー……」

 チクタクチクタク。

「……あったなー。俺それで怪我して家族ごと帰ったんだっけ」

「うん。少し経って、お父さんの都合でくらちゃん家からそんなに遠くないところを通るっていう日があって。お休みの日だったからついていって、くらちゃんの様子を見に行ったことも覚えてる?」

「あーうんうん、芹葉また階段でこけたのを助けて俺再び怪我ったやつだな」

「う、うん……だからその、なんていうかな……」

 芹葉は両手をひざに添えている。

「い、命の恩人、みたいなっ」

「それは言いすぎだろっ」

「ほんとだよぅ」

 なぜそこで俺の太ももをつんつんし始めたんだ。

「だからその。私、それ以来、いい人にならなくちゃって思って……くらちゃんのことを考えて毎日を過ごしていましたっ」

「芹葉。おめぇええやつやなぁ……」

 じーん。

「で、でもね。本当にくらちゃんのことを毎日考えすぎちゃってて……今日は二学期の始業式だったんだけど、校長先生のお話の間もくらちゃんのこと考えちゃってた」

「話聴けよ」

「ごめんなさーい」

 ここで芹葉のてへ発動。

「始業式の日だったから午前中で終わって、いつものように家庭部へ向かってたら……あれだもん」

 芹葉廊下に座る事件。

「芹葉の父さん母さんにも協力してもらって芹葉サプライズ作戦を決行したが、いかがでしたか」

 俺が手でマイクを作って芹葉に向けた。ておいおいアイドルみたいにマイクを両手で握るなっ。

「びっくりしすぎちゃってどうにかなっちゃいそうだったけど、うれしすぎてどうにかなっちゃいそうでした」

「それ結局どう転んでもどうにかなっちゃってんじゃん」

「それだけくらちゃんに会いたかったのー」

 芹葉はそのまま両手で俺の右手を握り続けている。

「な、なんでかなぁ……くらちゃんのとこから帰ってから、もっとくらちゃんのこと考えちゃって、学校が始まっても頭の中がくらちゃんくらちゃんで……なんか、苦しくって……」

(……ぇ、ちょいまち。なんか雰囲気がっ)

「そうしたら突然くらちゃんがいるんだもん。もう、なんかこう、どかーんってなっちゃった」

「爆・発」

 藤南ドカーン芹葉……いやなんでもない。

「うぇ、あ、おい芹葉」

「すっごく会いたかった……会えてとってもうれしい……来てくれて本当にありがとう、くらちゃんっ」

 芹葉は両手を解いたと思ったら、そのまま俺に抱きついてきたっ。

「ちょぉい芹葉ぁ!?」

 芹葉がぎゅぅぎゅぅしてくる。

「な、なにもそんな、抱きつくこたぁ……」

 お構いなしにぎゅぅぎゅぅしてくる。このタイミングでおじさんおばさんがドア開けたらやばそう。

(俺の心臓はすでにやばいことになってるがっ)

「……わー、どうしようー」

 ここで芹葉は気の抜けたようななんというかな声を出した。

「くらちゃんのそばにいたーい。あ、でも……」

 なぜか芹葉は頭をぶんぶん横に振っている。謎だ。

 しばらく止まったかと思ったら、芹葉は腕を解いて元の距離に戻った。

「あ、明日から、学校楽しもうね!」

「あ、ああ」

 芹葉は資料を俺に手渡した。一番上に芹葉特製ミニノートが乗っている。

「じゃ、じゃあ寝よう! 寝ましょう!」

「芹葉、その前にひとつー……いいか?」

「ふぇっ? う、うん」

 せっかく俺の手に乗せてくれたが、資料をいったん置かせていただき。こほん。

「芹葉。今好きなやつって、いるのか?」

「えっ……?」

 芹葉は驚いた表情をしているが、今日最初に会ったときの表情と少し似ていた。

「く、くら、ちゃんっ?」

「はいかいいえで答えなさい」

 おーっと両ほっぺがまたしても覆われてしまいましたっ。

「……きゅ、急にそんなこと言わ」

「はいかいいえで答えなさい」

 おぉーっとおめめも覆われてしまいましたっ。

「……えっ、で、でもこれ、そうなのかな……た、たぶ」

「はいかいいえで答え」

「はいぃぃっ」

「素直でよろしい」

 ふむふむ。

「今の段階で、俺様への質問は」

「えぇぇっ? く、くらちゃんなにぃ? え、えっと、じゃああのー……」

 おめめは開放されたがほっぺたは覆われたままだーっ。

「くらちゃんは、すす、好きな人……いるの……?」

 俺は芹葉のほっぺたを強制開放させて、そのまま腕を俺の首に回させた。

「芹葉が好きだから、会いに来た………………と思うっ」

「はあっ……」

 とても近くに芹葉の顔が。

「芹葉がまだ俺んとこに来るっていう電話だけだったのに、勢いよくこっちの学校申請したのだって、どこかで芹葉のことが気になっていたからだと思うし。わざわざサプライズ登場して芹葉を驚かせちゃおうとしたのも、たぶんそういう気持ちからのものだと思う。なにより芹葉に見つめられたり抱きつかれたりすると俺こそずっとどっきどきだったことが証拠……と、思うっ。まる」

 あぁ~まーた芹葉泣いちゃったよー。

「さて。芹葉が好きな人の名前を発表してください。さんにーいちはいっ!」

「はわ、く、くらちゃんですぅ……はむっ」

 俺は芹葉の唇へ重ねにいった。


「せ、芹葉ー。寝るんじゃなかったんですかー」

 芹葉は俺にくっついたまんまだ。

「芹葉ー。ベッドはあっちですよー」

 芹葉はくっついたまんまだ。

「明日学校ありますよー」

 芹葉くっつきっぱ。

「何か言いましょう」

「……くらちゃんっ」

「はい」

 ………………本当に何かを言っただけだなおい。

「芹葉。学校でだれかに告白されても断るんだぞ」

 お、芹葉は高速でうなずいている。

「な、なぜならー、こほん。俺と芹葉は、まぁそのなんだ。お付き合い……してるからなっ」

 ぐえぇっ、過去最大級の強さで抱きつかれ……いや締め付けられている。かわいい力だけど。

「で、いいよな?」

 改めて確認を取ってみると、芹葉は顔を上げた。

「はいっ」

 うーん芹葉のおめめはとてもきらきらである。

「よろしくおねぅっ」

 しまった、芹葉のセリフの途中でまた唇をくっつけにいってしまった。

 俺は芹葉のいる学校で、自分のいた学校では勉強できなかったことを学んでいきそうだ。

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