第80話 生理現象と元爺の誇りの戦い。 前編

 

「死ね。幼き姿をした化け物め」

「……つまらん。夜中に呼び出されて何だと思えばこんな事か。まぁ、良いだろう。月夜が綺麗だし散歩にでも付き合ってやるよ。お嬢さん?」


 はい、嘘です。元爺のプライドからかドヤ顔でこんな事言ってしまいましたが、どうか帰って下さい!


 何でこうなった?

 俺はただトイレに行こうとしただけなのに!


 色々と大ピンチなのにぃ!!


 __________



 夕食の後、シルフェはどうやら鼻が麻痺しているらしくてゴブリンの臭いが気になるらしく、別のベッドに寝た。


 アリゼは他のメンバーがいない事から、隣の部屋を使って爆睡している。


 俺は久し振りにゆっくり夜を過ごせると思い、魔闘天装と天の羽衣を発動させてMPを消費しつつ、眠りに就くという訓練をしていた。


 頭痛には『不屈』と『自然治癒』のスキルで対応し、『並列思考』で片方が寝て回復している間、もう片方が魔力を消費する形で魔力枯渇に陥る準備は万全だ。


 これぞ『寝てても出来る魔力訓練』なんて考えていたら、本当にいつしか眠ってしまっていたんだ。


 ーーブルッ!


 数時間後、俺は尿意を催して目を覚ますと、身体に巻きついている天の羽衣を手足の代わりにして起き上がった。


 イメージ的には上半身が人間で、下半身がタコ足みたいな感じだ。


 動かない手足をダラリと垂れ下げながら、宙に浮かんで部屋のドアを開ける。


 これはこれで羽衣の操作の訓練になるなと思いながら家の外の小屋にあるトイレに向かっていると、不意に足元へ矢が突き刺さった。


「手が滑ったとかじゃ無さそうだなぁ」


 さて、どうしようか? 矢が向かって来た方向に視線を向けると、銀髪の女性がこちらを睨んでいる。


 月夜に照らされて銀髪が輝いていて美しい。暗闇を彩る妖艶な紅い瞳。身長は大体170センチ位かな。


 アリゼとは違った美しさで、妖艶なお姉さんって表現がよく似合う。


 でも、左手に握られた弓から伝わる想いは決して友好的なものじゃない。


「トイレ行ってからで良いですか? って言える雰囲気じゃないな……」


 だってもう目が合っちゃったし、そのままトイレに行ける雰囲気じゃ無いし。

 ちょっと恥ずかしいんだもん。


 幸いな事に俺の膀胱はまだ限界を迎えていない。話し合えば仲良くなって終わりさ。きっとそうに違いない。


 俺は子供。俺は子供。俺は子供。童貞の子供。童貞なのは元からだけど今は子供。


「よしっ! いける!」


 ーーザシュッ!!


「はぅわっ⁉︎」


 トイレは後だと覚悟を決めて動こうとした瞬間、俺の腹部に矢が突き刺さった。

 羽衣に守られてダメージは無い。


 だが、ツボを押されたかの如き感覚と同時に尿意が津波の様に押し寄せてくる!

 足の感覚がなくて内股になれないし、状況は最悪だ!


 ーーズキッ!!


「嘘……もしかして魔力が枯渇仕掛けてる?」


 バッチリ計算通りに深夜になって魔力枯渇による頭痛が襲ってきた。

 幸いまだ羽衣は維持できるが、魔闘天装は解除する。


 そして、俺の魔力回復役マジックポーションはシルフェに全て預けているのだ。


「こんなもんを持ってるから甘えるんじゃい! ゴブリン狩りに使うだろうし、シルフェに預けておけば問題無いだろう」


 そんな事を言っていた昼の俺をブン殴ってやりたい。一本くらい持っておけよぉ⁉︎


「初めましてと挨拶をする前に場所を移すぞ。アリゼに気付かれたくない。それに君の従者は自分の力を超えているからな」

「別に構わんが、どこに行っても一緒だぞ? どうせ直ぐに決着がつくんだから、あまり遠くには離れたくないな」

(あふあぁああああ〜〜!!!! トイレから離れたく無いんじゃああああああああっ!!)


 ーー絶対に漏らす訳にはいかない。


 こんな美女の前でお漏らしなんてしたら恥辱にまみれて引きこもってしまいそうだし、何よりシルフェの哀れむ視線に耐えられないだろう。


 ーーだって俺、精神は爺ですしね!!


「強者の余裕か……確かに自分は今日死ぬだろう。だが、仲間だけは絶対に守ってみせる!!」

「おいおい。そんなに簡単に命なんて賭けるもんじゃないぞ? 何よりお嬢さんは勘違いしてる。俺とシルフェは人畜無害なただの子供だ」


(えぇ〜⁉︎ この子めっちゃ痛い子やん! なんでいきなり死ぬ覚悟とかしてんのかマジ意味不明だし⁉︎ まずは説得開始! 話し合いで済んだら、こいつが森に戻った瞬間にトイレに突入する。現在膀胱の限界値は72%といった所か。まだいける!)


「分かっているさ。君達は何かしらの事情で実力を隠したいんだろう? 自分も同じ様な事情だからね」

「それなら敵じゃないって信じてくれないか? 最悪グリンガムのみんなの側から消えても構わない」


 別にグリンガムと一緒にいなきゃ困るって訳じゃない。

 トイレと今後の生活ならば、今は間違いなくトイレを選ぶ!


 落ち着け、落ち着くんだ。膀胱の限界値の81%まで来た。一言一句を間違えてはいけない。

 更に魔力枯渇の頭痛が微妙に身体を弛緩させてしまう。


 本当なら掌で抑え込みたいが、手も動かん! 油断したら逝くぞ!!


「アリゼの性格からして、それは無理だろう。そして、自分は確信しているんだよ」

「な、にゃにを?」

「強者は強者に惹かれ合う。きっと君達が望まなくてもいつかグリンガムを巻き込むだろう。さぁ、移動するからついて来い」

「は、はい……」


 フィアーデは俺に隙を見せない様に背中を見せぬまま、後方に跳ぶ。

 ずっと睨み続けられている感じがして、別の意味の緊張感から膀胱は破裂寸前だ。


 ーーヒュッ!


「来た! うおっしゃあっ!!」


 男ならば誰しも経験があるだろう。何故か波が一度引くというあの感覚だ。

 この時の万能感は半端ないが、油断してはいけない。


 次の第二波はきっと大津波だ。これはもう防げないぞという予兆なのだから。


 言わば決壊寸前の風前の灯火。


 俺は天の羽衣を操って、ピタリと離れない様にフィアーデと視線を交える。

 いつでも倒せるぞという余裕に見えるのだろうが、手足が動かず覇幻もない。


 そして魔力も枯渇寸前。

 次の尿意が来たら終わりだ。


 あれ? これ深淵龍アビスと戦った時よりピンチじゃね?

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