第75話 頭痛の日々をもう一度始めよう。

 

 朝起きると、目が腫れぼったくてしぱしぱする。


 昨日は散々泣き喚いた後、気が緩んだのか寝てしまったみたいだ。


 地球にいた頃、最後に泣いたのっていつだったかな? 正直言って覚えていないくらい泣かなかった気がする。

 あっ、全財産を預けた銀行が潰れた時に泣いたっけかな。


 歳を取ると涙脆くなるなんてよく言うけど、俺には当てはまらなかったと思う。


 肉体年齢に精神が引っ張られているのか、転生した影響なのか分からないけど、随分涙脆くなったもんだ。


 キュウッと小さく腹が鳴って、何も食べていないのを思い出してはどうしたものかと天井を見上げた。


 感覚はないけど俺の右側にはシルフェが、そして何故か左側にはアリゼが寝息をたてている。



(う、動けん……)


 自分で手足を動かせない以上、引き抜く事も出来ないし困った。

 アリゼなんて足を絡ませて、俺を抱き枕の様に扱っている。


 魔術師のローブを着ていると分からなかったけど、脱ぐと意外に胸がでかいんですね。

 Dカップはあるんじゃないでしょうか?

 ママンには及ばないけど。


 ーーコンコンッ!


「はい、るぞ」


 扉をノックする音が聞こえて、数秒した後テメロが入ってきた。

 こんな格好だから返事をしていいのか悩んでいたが、どうやら杞憂だったらしい。


「やっぱり、か。アリゼの寝相は、いつも、酷い」

「助けて貰えます?」


 テメロは頷くとアリゼをお姫様抱っこして持ち上げた。そのままもう一つのベッドに下ろす。


 この部屋には二つベッドがあるのに、何でこっちで寝てるのか不思議だったんだよ。


「ついでにお姉ちゃんも引き離して貰って良いですか?」

「良いの、か?」

「はい。是非に」


 ーーギュウウウウウウウウウウッ!!


 テメロが続いてシルフェを持ち上げようとしたら、掴む力が強くて俺の身体まで浮いた。


 やっぱり寝たふりか、この野郎。


「おい、起きてるのはもう分かったらから離せ」

「スー、スー」

「寝息を強めても無駄だ。寝ている人間は唾液の量が減るから、喉を見ていれば寝たふりがどうか分かるんだぞ」

「ーーーーッ⁉︎」


 ビクッとシルフェの身体が震えた。きっと知らなかったんだろうなぁ。


「腹が減った。ご飯にするぞ?」

「フアァァア〜〜ッ! ちょっと寝過ぎてしまったみたいですね。おはようございます!」

「シルフェは、嘘が、下手なんだな……」

「何の事でしょう? 着替えますのでテメロさんは部屋から出て行って貰ってよろしいですか?」


 態とらしく欠伸をした後、シルフェは立ち上がって何事も無いように振舞っていた。

 テメロは若干呆れた視線を向けつつ、部屋を出ていく。


 ちなみにアリゼはまだ夢の中だ。こっちは寝たふりじゃなくてただの爆睡だなぁ。


「手足が動くようになったら覚えてろよ?」

「……その前に決着をつけます」


 振り向きざまにボソッと何か不吉な事をつげられた気がしたが、よく聞こえなかった。


 決着って聞こえた気もしたけど、意味が分からないからスルーする。


 シルフェがメイド服に着替えると、俺は紐で背中に縛られ二人で外に向かった。


 村人も宴の影響なのかまだ寝ているみたいだ。何人かすれ違うが、会釈をしながら散歩してみる。


 所々に刻みつけられた襲撃の傷跡や、破壊された家を目をすると、テイレン村が完全に元通りになるまでには時間がかかるだろう。


 抵抗して殺された人が何十人もいると聞いた。


「なぁ、この村の為に俺達が出来る事は何だと思う?」

「珍しいですね。坊っちゃまなら自分には関係ないって言うと思っていました」

「関わってなければな。俺の世界には一宿一飯の恩義って言葉があるんだよ。関わったからには礼だってするさ」


 英雄だの王様だのに憧れは無いが、義理と人情は大事にしたい。

 ちょっと矛盾しているかもしれないけど、年長者として無礼者にはなりたくないさ。


「それなら、この周辺のモンスターとやらを狩り尽くすして治安を安全にするか、壊れた家を建て直すかのどちらかじゃ無いでしょうか?」

「ん〜。じゃあ、両方やるとするかね。シルフェは俺をここに座らせて、この周辺の魔獣を狩って肉を集めてくれ。あとで俺の次元空間に移せば今度の蓄えにもなる」

「坊っちゃま一人で平気ですか?」

「誰に言ってんだ? 魔力だけは有り余ってるし、丁度良い訓練になるさ」


 シルフェは「失礼しました」と微笑みながらお辞儀をすると、風烈龍の槍と軽鎧を装備した。


 どうやら速度重視で狩るみたいだ。


「それでは、食べられそうな獣をあらかた狩り尽くしてきますね」

「あぁ。頼んだ」


 メイド服の裾を翻すと、シルフェは風魔法を発動させて一瞬で姿を消した。


 深淵龍との戦いは、予想以上に俺達に経験値を与えてくれたみたいだ。


 俺もコールやケイオスを殺す事は出来なかったが、龍眼の発動により倒す事は出来た。

 引き分けみたいな結果だったが、経験値は入っている。


 ーー同時に『ある問題』が襲っていたが、手足が回復してから考えよう。


「さて、やりますかね」


 俺は手足をダランと伸ばして地面に座り込みながら、魔力を練り上げた。

 イメージとしては動かない手足の代わりに、魔力を自分の手足として動かす感覚だ。


 火、水、風、次元の四種類は龍の加護のお陰で習得が早い。逆に聖、闇、地の属性は不得手だ。


 野営の為の簡易小屋の様に土で固めるだけなら楽だけど、木製の家の修繕となるともう少し細かい作業が必要になる。


「う、んぅ〜! 結構難しいぞ。こんな時に『魔力制御』のスキルを覚えてないのが痛いな」


 イメージは出来ているんだけど、やっぱり攻撃以外の魔法ってなると、途端に難易度が上がる気がする。


 ママンに相談したら、普通は逆なんだけどって呆れられたっけ。


「あっ、閃いた!」


 ちょっと魔力を消費するけど、『天の羽衣』を出せば良いんだ。

 あれなら手足の様に動かせるし、今まで殆どサポートとして扱っていたけど、俺の手足の代わりになる。


「ん……? そう言えば俺って魔力回復薬マジックポーションの存在を知ってから暫くの間、魔力枯渇になってなかったな。これも己惚れて修練の手を抜いていたって事か」


 コールのMPは自己申告だが60万を超えているんだ。それに対して、俺はなんて脆弱なんだろう。


 何で『これだけあれば十分だ』なんて思ってしまったんだろう。


 神気が枯渇しており、竜人である事を隠す今、龍気は使えない。


 それなら『魔闘天装』をずっと発動するんだ。

 この手足が動かない間、俺はこの世界に生まれた頃の赤子同然に戻ったのだと思おう。


『魔気融合』のスキルをずっと発動し続け、枯渇状態なのが平常にする。


 幸い赤ちゃんの頃と違って『不屈』のスキルも身に付いてるしな。


 問題はどうやってバレない様に隠すかと、シルフェの過保護だなぁ。


 さて、まずは魔力枯渇に陥る位に村を立て直しますかね!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る