第72話 初めての地上での野営。

 

「よし、集めた薪はこっちに集めてくれ〜!」


 グリンガムのリーダー、バンタスの指示に従いながら、村の女子供が薪と石を集めて焚き火の準備をしていると、アリゼとコムが戻って来た。


「バンタス、結界石の設置は終わったわ」

「モンスター用の罠も仕掛け終えたよ」

「おう。ご苦労さん!」


 結局大人数での移動だった為、テイレンの村に向かうのは翌朝に持ち越す形となった。


 道中で襲ってきたゴブリン達の中に、レベル16のゴブリンリーダーがいて雑魚の統率を取っており、俺達を守りながら退治するのに苦戦したのも原因だろう。


 シルフェが手助けするか聞いてきたが、謎の狩人が次々と標的を撃ち抜いていく様を見て止めた。

 まだ姿は見ていないが、かなりの手練れだ。


 警戒されたくないので、慎重に動く事にした。


「なぁ、シルフェ。結界石ってなんだ?」

「さぁ? 少なくともパノラテーフにはありませんね」

「う〜ん。知りたいけど、聞いたら余計な詮索をされそうだなぁ」

「もしかしたら地上にしかない鉱石とか、魔術に関係しているかもしれませんしね」


 俺達は小声で話しながら結界石とやらの推測を立てている。


「そこなんだよな。魔術の効果があると逃げられないっていう縄の事を聞いた時に思ったんだが、俺達の魔法と違って、魔法陣はアイテムや武器にも魔術の効果を付与出来るんじゃないか?」

「坊っちゃまの魔剣強化みたいにですか?」

「あれとはまた違う気がする。俺は魔核の属性をその武器に纏わせるけど、魔法の効果を付与出来る訳じゃないしな」

「難しいですけど、暫くの間は様子を見ましょう」

「暴走しないように頼んだぞ、お姉ちゃん」


 一度顔を伏せて頬を染めると、シルフェは微笑みながら頷いた。良かった。鼻血は出なくなったか。


 料理役のテメロのサポートとして立候補したシルフェは、冒険者達と少し離れた場所で俺を背負ったまま野菜の下拵えをしている。


 肝心の調理役のテメロは近くの森から獲物を貰って来ると言っていた。

 恐らくだけど、狩人が肉の調達役なのだろう。


 そんな予想をしながらシルフェの肩口に森の方向を見つめていると、血抜きされた一メートル近い大きさの鶏肉を三羽持ってテメロが歩いてくる。


「遅く、なった」

「いえいえ。立派な鳥ですね」

「お帰りテメロ。ミミックバードを仕留めるなんてあの子は流石ね〜!」


 手が空いたのか、俺達の様子を見にアリゼが近付いて来た。丁度良いから教えて貰おうと質問してみる。


「あの、この鳥はそんなに狩るのが難しいのですか?」

「グレイズ君は見た事ないかぁ。ミミックバードは敵意を感じると、羽根色を変化させて景色に溶け込んじゃうのよ。気配も消しちゃうから発見するのは普通には無理ね」


 これだ! 何で俺達の索敵にこのパーティーが引っかからず、闇隠龍のマントを羽織った俺達を発見出来たのか知るチャンスがきた!


「……じゃあ、一体どうやって仕留めたんですか?」

「ごめんね。あの子の事はパーティーメンバー以外には話せないのよ。それが私達と組む条件に入ってるから、尚更なの」

「いえ、追求したりして申し訳ないです」

「気にしないで? ちょっと色々と事情があるってだけだからね」


 ふむ。その事情とやらを詮索する気はないけど、アリゼから重要なキーワードは聞けたな。

 俺達を発見したのは、五人目のスキルによるのだろう。


 あとは、何で俺達の索敵に引っかからなかったのか知れば最低限の危機は回避できる。


 ーーなんて思ってたら、すぐにその答えは返って来た。


「まぁ、私達C級以上の冒険者プレートには『鑑定阻害』と『索敵阻害』の効果があるんだけど、それを無効化しちゃうくらいに隠れてるメンバーは凄い子なのよ!」

「アリゼ、話、長い」

「あ、ごめんテメロ、邪魔しちゃったね! 料理楽しみにしてるわ」

「「…………」」


 掌を振りながら去っていくアリゼを見送りつつ、俺とシルフェは無言のままだった。


 どうしよう。地上の冒険者プレートの有用性がかなり高い件について。


「シルフェお姉ちゃん、手が止まってるよ? 考え事があるなら後で聞くね?」

「……そうね。話は後にして、先に仕事を終えてしまいましょうか」

「うん。それが良いね。お姉ちゃんのスープが飲みたいなぁ」


 動揺をしないように会話をしつつ、シルフェを抑えているとテメロさんが割り込んできた。


 白いローブに金色の刺繍がなされた神官服を脱ぎ去り、料理用のエプロンをしている。


 灰髪の長髪を結っており、フードを被っていない顔をしっかり見ると、睫毛が長く茶色の瞳が大きく見える。


 正直、中々の美丈夫だと思った。そして子供好き。年齢は三十前半かな。

 これで口がペラペラと回るなら、さぞかしモテただろうに。


「シルフェ、料理が出来るの、か?」

「はい。家では毎日家族の料理を作っておりましたので」

「調理も、助けてくれる、と、助かる」

「それではスープを担当しても宜しいですか? 人数が多いので大鍋があると助かるのですが」

「大鍋は、無い」

「そうですか……」

「お姉ちゃん。それならテメロさんの用意した鍋でやろう」


 俺が見たところ、中華鍋みたいな鉄製の鍋が三個あるから、それでいつもはやりくりしているんだろう。


 煮込めば味が整うようにした後は、準備された焚き火でそれぞれ煮込むつもりかな。


「それならグレイはアクアで水を注いで、フレイムで温度の調整をお願いするね?」

「わかったよ」


 解体したミミックバードの鶏ガラと肋部分を煮込んで出汁をとる。

 俺が魔法で行なっているから、シルフェの指示に従って火力調整はばっちりだ。


 鍋がガタつかないように初級土魔法で岩を隆起させて簡易カマドを作ると、調理は正直こちらメインで良い気がした。


 そして、最近活躍していなかった転生神ボウヤースから貰った『知恵の種子』が、地上では密かに大活躍している。


 きっかけを元に理解力を深めるだけのスキルかと思ったら、冒険者達が発動した魔術の解析が終わると、頭の中にその術式が流れ込んでくるのだ。


 物体に関しては鑑定を使うと何の素材で出来ているかまで、情報がゲームの様に視界に表示される。

 曖昧だった答えの裏付けをしてくれるみたいだった。


 まぁ、目にしたものだけを理解出来るという最低限の転生初心者救済スキルに変わりはない。

 いつか、知恵の花を咲かせてくれると信じよう。


 その夜は焚き火を囲いながら、グリンガムの冒険者達と村人達が大いに大騒ぎした。


 温かい食事に涙しながら感謝の意を述べる者。

 安堵したのか、すぐに藁の上で寝てしまう者。

 酒に酔って踊り出す者。


 俺達はその姿を見つめながら、丸太に腰掛けてスープを啜っている。


 俺は手足が動かないから必然的にシルフェにアーンをしてスープを食わせて貰っているが、赤ちゃんの頃から慣れているから感動も違和感もない。


 元の世界でやられたら、心臓バックバクだったかもなぁ。

 それこそカティナママンの巨乳に埋もれたら、爺ショック死してたかもしれん。


「こうしていると、地上も空もたいして変わりはないなぁ」

「そうですね。最初に見る光景が嫌な記憶として残るものじゃなくて良かったです。手足の感覚は如何ですか?」

「ちょっと右手の指先から上に向かって押してくれないか?」

「はい」


 シルフェに人差し指を摘まれるとその感覚があった。でも掌に向かった途端に何も感じなくなる。


「今は指先くらいまで回復したみたいだな。この調子なら半月くらいで完治すると思う。それまでは彼等と行動を共にして情報を収集しよう」


 そう言った瞬間、何故かシルフェは身体を震わせ、瞳を潤ませながら地面に崩れ落ちた。


 二人きりになったからか、最近こいつの考えてる事がだんだんと分かる様になった気がする。


「えぇっ⁉︎ 半月しか……」

「半月も、だ!!」


 でも、正直俺の予想が正しければどんな問題が起こっても、シルフェの力と魔力で解決出来るかもしれない。


 地上の魔獣や魔物は総称してモンスターと呼んでるみたいだけど、見たところ『魔陰の森』の雑魚よりレベルが低い。


 俺達を守りながらだとかゴブリンリーダーがいたとはいえ、冒険者パーティー『グリンガム』が苦戦しているのを見て、正直溜め息を吐きそうになったくらいだ。


 狩人がいなければ、C級だと言われても疑ってしまうかもしれない。


「もしかしたら地上の生き物って、空より弱いのかもしれないなぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る