第63話 未知なる恐怖。

 

 俺はセイネリアから戦略的撤退した後、死者の嘆きの塔を駆け上がってシルフェ達に追い付こうとしている。


「クソッ! 嫌がらせにも程があるぞ!」


 だが、上の階層に向かう階段には数十体を超える大量の死霊が壁となって立ちはだかっており、まるで通せんぼしているみたいだ。


 俺は直感的にこれが誰の仕業か判っている。


『幽冥』、ーーセイネリア・スペクターは死後の世界とこの世を繋ぐ者。


 そう考えるとさっきの一戦は相当手を抜かれていたのだろう。それか値踏みされたんだ。


 俺が戦うに相応しい相手なのか、を。


「アンデットだから吸魔でMPを吸い取れないってのに! 片っ端から斬り裂くしかないか」


 覇幻を横薙ぎし、腐肉の壁を真横に両断する。

 直ぐ様発動した『風の檻ウインドプリズン』を狭め、動きを封じていくしかなかった。


 その中でも特に厄介なのが幽体だ。檻に閉じ込めても容易く摺り抜けて追撃して来る。


 しかも放ってくる魔法が何故か『炎の槍フレイムランス』だし。火って普通は死霊の弱点属性じゃないんかい!


『慈愛のネックレス』の魔法障壁が常時発動し続けてるお陰でダメージは無いが、うざったい事この上なかった。


「あぁ〜もう我慢出来ない!」


 風魔法で飛んで一気に脱出するという方法は、一人でこのダンジョンに籠っている間に何度も試したのだが、上から下には飛べるのに、下から上に飛ぼうとすると突然魔力が掻き消される。


 塔のダンジョンである所以なのかもしれないけど、こんな時には凄く不便だと思った。


 つまり残された手は一つ。凍らせてしまえばいい。


「いけっ! 『水氷竜巻アイストルネド』!」


 ーーグオオオオオオオオオオオオッ!!


 螺旋階段を冷気を纏った竜巻が昇る。呻く死霊達を次々と呑み込むと、凍りついた氷塊が中央から下に投げ出されていった。


 幽体は単純に魔力の強さからその身を散らせていく。


 水と風の複合魔法は数を減らすには手取り早いが、MPの消費が激しい。

 俺は竜巻の後を疾駆しながら一気に上層まで抜けると、ダンジョンを飛び出した。


 ついでに魔力回復薬マジックポーションを一本飲み干すと、そのまま上空へと浮かび上がり、フレメンズの里の方を見つめる。


 少しでも状況を把握できればと思った俺の視線の先では、今まさに火炎龍が撃ち落とされていた。


「何だアレ⁉︎ まさか龍が兵器を使うってのか? そうだとしたらあの深淵龍アビスも転生者の可能性が高いな」


 足先から風魔法を全体に広げると、俺はそのまま飛翔してフレメンズの里に向かった。

 先程から全てが後手に回ってしまっている。


 しかも、俺がカティナママンの側にいない時を狙われた形だ。


 セイネリアに回り込まれていた事を考えると、相手にも『予知』に近い能力を持っている者がいると判断する方が正しいだろう。


『グレイズ……こちらへ来い』

「ーー火炎龍か?」


 十五分前後空を飛び続けてフレメンズの里の外壁に近付くと、突然弱々しい念話が送られてきた。


 時間は無いが無視は出来ないと思って念話の先に向かうと、外壁の一部を崩しながら全身から血を流すダリアン・グレンを発見する。


 敵の追撃を逃れる為なのか人化していた。


 俺が『次元空間ディメンションストレージ』から上級回復薬を取り出して飲ませようとすると、突然腕を掴まれる。


「ゴフッ! お、俺の回復はいい。それより加護を受け取れ。まだ早いと思っていたが、もうお前しか頼れる者がいねぇ」

「その傷じゃ死ぬぞ。王なら自分の命の重さを知れよ」

「ばっかやろう。古龍の回復力を……舐めんじゃねぇよ」

「信じるぞ?」

「あぁ、龍鱗を見せてくれ」


 ダリアンの側に近付くと、輝天龍のサークレットを外して額の龍鱗を見せた。


 そのまま大きな掌が俺の頭部に乗っかると、温かな光を放ちながら力が流れ込んで来る。


 ーーこれが火炎龍の加護か。


「他の四龍も、ガハッ! い、異変に気付いてる筈だが、間にあわねぇだろう。巫女様、を、頼、むぞ……」


 その言葉を最後にダリアンは瞼を閉じたので、一瞬だけ絶命したのかとドキッとしてしまった。

 慌てて口元に手を伸ばすと、浅くだが呼吸はしているし大丈夫だろ。


「任せな。出来るだけ里の民も救ってやるさ」


 借りは作らない。だから、深淵龍をぶっ倒して必ず返す!


 __________


「ハァッ! ハァァッ!」

「ぜぇっ、ぜっぜぇえ!」

「……此奴、化け物なんよ」


 シルフェと朱厭は傷一つ負っていないのに、それ以上の精神的負荷を受けて激しく呼吸を乱していた。


 三人が王城に入った直後に見たのは、気絶したカティナをお姫様抱っこしながらエントランスの階段を降りてくる一人の男だった。


 肩に掛かる位のセミロングの金髪。

 知的な銀縁眼鏡をかけ、龍の素材で作られたであろう軽鎧の上に真白いローブを羽織っていた。

 背は180センチ前後で、魔導師の様に細い。


 背中からは一本の黒杖が伸びており、先端には拳大の金色の魔核が装着されている。


 だが、シルフェ達はその魔核を見つめているだけで、魂が吸い取られそうな恐怖に襲われていたのだ。


「金色の魔核……SSランク魔獣が存在しているなんて、あり得ないわ!」

「シルフェ! あの男は魔術師と見た! 反魔の武具なら勝機を見出せるかもしれんぞ!」

「わっちは後衛でサポートするんよ!」


 シルフェは一瞬で反魔の槍に持ち帰ると、カティナを救い出す為に朱厭と左右から挟撃を繰り出した。


 ーーちょっと黙っていてくれないか? 姉さんが起きちゃうだろう?


「えっ?」

「あっ?」

「ふぇっ?」


 シルフェと朱厭は飛び出す前と寸分違わぬ位置へ戻り、武器を構えていた。

 男が何かを呟いたのは覚えている。


 だが、何故自分がこの場所にいるのか理解出来ないのだ。


 背後からその光景を見ていた妲己はそれ以上に混乱していた。二人は確かに攻撃を仕掛けようと飛び出した。


 でも、瞼を閉じたほんの一瞬で自分の直ぐ前方まで後退していたのだから。


「な、何が起こったのですか⁉︎」

「分からぬが、何度でも仕掛ければ良いだけだ!」

「わっちは正面から足元を狙うんよ! か、神鳴りカンナリ!」


 三人が次は一斉に三方向から攻撃を繰り出した直後、男は溜め息を吐きながら軽く指を鳴らした。


 ーーパチンッ!


「えっ⁉︎ きゃあああああああっ⁉︎」

「グハァッ!」

「ど、退いてええええっ!」


 シルフェの肩口には朱厭の爪が刺さり、逆に朱厭の腹を反魔の槍が刺し貫いている。


 そんな二人に向けて、妲己の放った蒼雷が降り注ごうとしていた。


 元々カティナを巻き込まないように手加減しつつ、足を焼こうと狙った雷は方向を変え二人に直撃する。


「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」」

「あ、あぁぁっ!」


 互いに突き刺さった武器を通して、雷はシルフェと朱厭を感電させるには十分な程のダメージを与えてしまった。


 妲己は膝から崩れ落ち、ダメージを負った二人はそのまま地面に倒れ込む。


 妲己は至って冷静に状況を判断していたのだが、そのキャパを完全に超える事態に陥った事で戦意を消失してしまう。


 経験というバックボーンが薄過ぎたからだ。


「これで静かになるよ、カティナ姉さん。あとは神龍の後継者を殺せば、全てが元通りになるからね」


 そう穏やかに微笑みながらカティナの前髪を掻き分ける男から一瞬放たれた殺気を受けて、妲己は完全に心を折られてしまった。


 そんな中、朱厭は再び立ち上がり、胸元に爪を構えて吠える。


「主人は我にカティナ様の護衛を任せられた! 貴様の様な賊に渡すわけにはいかぬ!!」


 そのたった一言が、スイッチだった。

 男はカティナを壁際に寝かせると、ゆらりと脱力した首を傾けながらドス黒い殺気を放つ。


「ハハッ! 見た所、君ってグレイズの神獣だよね? どっちが賊か身体に教えてあげるよ、猿」

「本性を現したな。主人が来るまで時間を稼がせて貰うぞ!」

「無理無理無理無理〜〜!! だって、君は何も出来ずに死ぬんだからさぁっ!」


 朱厭は魔獣としての本能から勝てないのを悟っていた。

 それでも立ち向かう。


 誇り高き朧の神獣で在り続ける為に。

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