第57話 『カティナ大佐とグレイズ軍曹』 後編

 

 兵士達の訓練初日の夜、俺は思っていたよりも練度の高い者が多かった事を喜びながら、料理に舌鼓を打っていた。


「ふふっ。何やら嬉しそうですね、グレイ坊っちゃま?」

「分かる? 流石は火の縄張りの成龍達だなぁと思ってね。明日からはシルフェにも訓練に混ざって貰うつもりだよ」

「はい! 腕が鳴ります」


 シルフェはムンっと腕を突き出して意気込んでいる。


 イゴウルにお願いしていた新しい槍は完成していないが、明日は木製武器での訓練予定なので特に問題はない。


【シルフェ・テンペスタ Lv51 HP18270 MP13272】


 俺はついでにシルフェの魂の石版ステータスを覗いてレベルを確認しておく。

 俺より加護が少ないとはいえ、並みの兵士であれば完勝出来るだろう。


 何故か直接石版を見せてはくれないんだけどね。一体何が恥ずかしいのか意味がわからない。


 続いて食事を終えた後は、カティナママンと一緒に内職だ。


 俺が小さなビー玉サイズの薄い魔力球を作ると、その周囲をママンの魔力でコーティングする。


 中には既に明日の訓練に使う雷魔法が仕込まれており、魔力の信号を送ればいつでも発動させられる様に工夫を凝らした。


 これならカティナママンの消費魔力は少ないから負担が少ない。


 問題はどうやって兵士達に装着させるかだったが、イゴウルの弟子達が協力を申し出てくれて、朝までにはブレスレット型に仕上げてくれるらしい。


 最低でも百個位は欲しいからきっと徹夜だろうに。素直に感謝しよう。


 __________


 翌日の朝、イゴウルの屋敷から工房に向かうと弟子達が真っ白に燃え尽きていた。

 机の上にずらりと並んでいるブレスレットには既に魔力球が装着されている。


 俺が収納空間アイテムストレージに仕舞っていると、ママンが微笑みながら頭を撫でてきた。

 いつでもウェルカムです。


「みんな頑張ってくれたのねぇ。感謝しなきゃだめよ?」

「うん。正直言ってかなりありがたいよ。ここまで仕上がっていれば、魔力を注ぎ込んで何回も使い回せるしね」

「きっと楽しい訓練になるわ。ママンも手伝うから頑張りましょう」

「昨日の様子からすると、やり過ぎかもしれないけどね……」


 まさかの火炎龍登場で、かなりビビりまくってたからなぁ。俺も『魔龍滅装』を発動したのは冷静さに欠けてたと反省してる。


 まぁ、俺を騙した竜王ダリアン・グレンが一番悪いけどね。


 俺達が城の訓練場に着くと、昨日とは違った緊張感が場を支配していた。


 最初から朱厭と妲己も召喚してあり、二人共嬉しそうに獰猛な笑みと牙を覗かせている。


 朱厭は分かるけど、妲己は一体自分の何に自信を持っているんだろう? 君、まだレベル10の幼女ですからね。


「あ〜! おはよう諸君。昨日は色々と邪魔が入ってしまい、中途半端に訓練が終わってしまって申し訳無い。今日はその分しっかりと準備して来たので、気合いを入れて臨むように!」

「「「「ハイッ!!」」」」

「返事はイエッサーだ!」

「「「「イエッサー!」」」」


 おぉ、この感じ久しぶりでちょっと気持ち良いな。


「まずは昨日最後まで立っていた者を中心に、五人一組の小隊を作ってくれ。元々与えられていた立場や上下関係は一切無しとする。数が足りない隊にはこちらから人員を用意するので申し出てくれ」


 俺の指示に従って、どんどん小隊が組まれて整列していく。

 もう少し上下関係でもめるかと思ったんだが、案外拍子抜けだなぁ。


 それだけ昨日のデモンストレーションが効いたかね。


「一列に並んだ隊の先頭を仮に隊長とする。五分時間をやるから、今配っているブレスレットを誰に装着するか相談して決めてくれ。それを装着した者が標的ターゲットになるから慎重に決めてくれ」


 次の命令を受けて、一斉に兵士達が騒めき始めた。


 一番強い者に装着するか、一番弱い者に装着するか、奇をてらうか、考え方はそれぞれあるだろう。

 どんどん工夫を練ると良い。


 五分という短時間にしたのは、最初に熟考させない為だ。どうせこの後にもっと真剣に考える羽目になるしね。


「さて、みんな準備は出来たみたいだな! それでは本日の訓練内容を発表する! カモンママン!」


 ーーパチンッ!


「はい〜! 楽しい楽しい今日の訓練は『電撃ビリビリ球争奪戦』でっす!」


 俺がポーズを極めながら指を鳴らすと、カティナママンが垂れ幕を下ろす。

 もっと反応してくれると思ったけど、意外にもみんな冷静だった。


 冷ややかな視線が一斉に突き刺さる。ちょっと浮かれていた自分が恥ずかしい。


「ゴホンッ! えぇ〜っと。まず、小隊同士模擬戦闘を行い、先程のブレスレットを装着した相手チームの標的を狙って倒して貰います。勝利チームは敵から電撃球を奪って、別の者が装着して下さい。ブレスレットを三個集めたチームから勝ち抜けです」


 俺がスルーして説明を開始すると、何名かが一斉に挙手して質問してきた。少しでも情報が欲しいんだろうね。良い傾向だ。


「あの、質問しても宜しいでしょうか?」

「許可する」

「それだと、勝ったチームの方がブレスレットを装着した標的が増えて不利になると思うのですが……」

「大丈夫です。負けたチームは少なくとも電撃で一人は本日中の再起が不能に陥りますから」

「……ブレスレットを奪われたチームは四人で戦うという事は理解しましたが、もう一度戦う時にこちらには標的がいない状態になりますよね?」

「うん。だから二回戦行います。敗者チームにはもう一度ブレスレットを渡しますから、標的が倍になったチームから奪って下さい。勝者チームは数が四人に減った相手からもう一個奪えば上がりです」


 単純計算でいうと、一回戦の敗者二十五チームにもう一度電撃ブレスレットを渡すから、場には七十五個の数が出る。


 五百人の兵士が五人の小隊を組んでいるから、実質三個獲得して抜けるのは二十五チームとなる。


 例えば奪い返されたり、互いに標的をロストして引き分けに終わるパターンも考えると、精々十チームが良い所だろう。


 この訓練の真価は各々の工夫にある。だが、それでは時に抜け道を探して気を緩める者も出てくる筈だ。

 それが出来ない様に電撃球をカティナママンも操れる様に手配した。


 そして、シルフェには兵士達のチームに混ざって貰っている。


 俺はまず、隊長格の選別から始めた。


 模擬戦を二回戦に抑えているのは、一日毎に全身の筋肉をオールアウト、有酸素運動を繰り替えさせるからだ。


 次にダンジョンでパワーレベリング。やる事は山積みだけど、正直楽しみだなぁ。


「始め!!」


 俺の合図を受け、最初の十組が五対五に分かれて木製武器による模擬戦を開始した。

 因みに魔術師は広範囲の魔法のみ禁止にしている。


「固まれ! 陣形を組んで守るぞ!」

「私の詠唱が終わるまで守って!」

「大丈夫だ! 決して隙なんてーー」

「ーー浅はかですね。まずは1チーム撃破です!」


 最初の隊は魔術師に電撃ブレスレットを装着させ、周囲を囲んで守護する作戦を立てたみたいだ。


 だが、シルフェは俊足で間合いを詰めると一瞬身を屈ませ、下方から突き上げる様にして標的の顎を打ち抜いた。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 電撃と共に魔術師の女性の悲鳴が訓練場に伝播する。一応加減はしてあるんだけど、何故だろう。

 最初にまず女性が犠牲になるなんて思って無かったから、ちょっと心が痛い。


 ーーそして、ママンとシルフェの視線が更に痛い。


「ちょ、ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ〜? 調整しておきます……」

「グレイ。夜は説教です」


 おぅふっ! 久し振りの呼び捨てモード来ました。


 だけど、今の悲鳴を聞いた兵士達はより一層真剣になり、互いに工夫を凝らした作戦を練って日に日に練度を上げてくれるだろう。


 隊長格に選んだ者から、ジェレーレ火山で朱厭と妲己とレベリング開始だ。


 こうして俺の新しい日課が増え、火の縄張りでの生活は穏やかなまま一年を過ぎようとしていた。

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