第48話 二足の草鞋。

 

 激辛騒動が収まった後、俺とシルフェは再びマッテンローの街を探索しながら、目新しいアイテムを取り揃えている道具屋や、武器屋に足を運んでいた。


 店内に飾られている武具の数々は、どれも細部までこだわり抜かれた意匠の逸品だ。


 使われた素材や鉱石によって値段は大きく異なったが、安くても高品質なのだとはっきり感じ取れる。

 多分、この街を取り纏めているイゴウルの弟子達が品を卸しているのだろう。


 正直に言ってギルムの里の武器屋はもっと粗雑な品物も取り扱っており、俺はバウマン爺以外の職人を知ろうともしなかった。


「シルフェ、これは何だろうなぁ。銅の剣で他の街で売ってる鋼の剣に打ち勝てちゃいそうだよ」

「そうですね、坊っちゃま。鍛治師の腕によって装備のランクが変化するのは聞いた事がありますけど、ここまでとは思いませんでした」

「ん〜イゴウルの言う通り、鍛治を少々甘く考えていたかもしれないなぁ」


 地球にいた頃も俺は覇幻を自分で手入れしたくて、鍛治職人の元を訪れた事がある。


 その時に言われた言葉があった。


『君は確かに才能を秘めているかもしれない。だけどね、二足の草鞋を履いた者の先に待つ末路はきっと、両方が中途半端に終わった後悔だけだよ』

『……じゃあ、俺は剣だけを極めると誓う。だから、お前は俺の相棒を任せられる鍛治職人で有り続けてくれ』

『ふふっ! 嫌だね。僕が求めるのはもっと先さ。きっとその刀を超える刀を打ってみせるよ』

『短い人生で間に合うかね? 俺は多分大丈夫だが……』

『僕は、無理かもなぁ。その時にはきっと後継者に全てを引き継いでから死ぬとするよ。約束する』

『そんな縁起でもない約束いらねぇよ』


 そいつは羽柴宗元ハシバソウゲンといい、現代日本において鍛治の鬼才と呼ばれていた。


 それが偶然訪れた俺の刀を見た途端、取り憑かれた様に刀造りにハマってしまい盟友となる。

 三十代の頃は良く一緒に朝まで酒を飲み続けたものだ。


 宗元の作った刀。いわば失敗作達は一本数百万という値段でオークションにかけられ、四十代前半で亡くなった死後には、その価値は数十倍にまで跳ね上がったらしい。


 俺に向けられた遺言には、『約束は守った』とだけ綴られていたが、当時の俺には何の事かさっぱり分からなかった。


 今思えば、あいつはしっかりと自分の理想を引き継ぐ者を育てあげていたのかもしれないなぁ。


 俺が異世界に来てしまったから、それも果たされぬ約束となってしまったけれど。


「どうしました坊っちゃま? 今、凄く感慨深そうな顔になってましたけど」

「ん、確かにそうだな。ちょっと懐かしい思い出に浸ってた。もう大丈夫だから、イゴウルの屋敷に戻ろうか」

「えぇ。必要な雑貨は買い揃えましたしね」

「……なぁ、シルフェは魔法と槍術、どちらかしか極められないとしたらどっちを選ぶ?」


 我ながら意地悪な質問だなぁと思いつつ、若い意見が聞きたかった。俺は年相応に物事を達観して見てしまう節がある。


 元の世界の若い頃は、とにかく強者との戦いを求めた。

 一人を倒せばそれだけ自分が強くなったと思い込める程に、力に酔っていた時期がある。


 思い出すと黒歴史だと認識出来る位に恥ずかしいが、あの頃は強い者が正義なのだと信じ切っていた。


「そうですねぇ。今は槍を選びますけど、いずれは風魔法も極めてみせますよ!」

「おい、どっちかって言ったろ?」

「ん〜、そのビジョンがありませんね。だって、私はどちらも求めて手に入れてみせますから!」


 迷う事なき翠色の瞳が俺を見つめてくる。確かにその通りだよな。


 俺達はまだ若い。これからどんな可能性だって広がってるんだから、自分でその道を閉ざしてどうするんだ。


「ありがとう。聞いて良かった」

「ふふっ! 坊っちゃまは時折弱い部分を見せてくださりますね。何を悩んでいられるのかわかりませんが、きっと全ては坊っちゃまの願うままに上手くいきますよ」

「おいおい、それは少々楽観的すぎるだろ」

「いーえ、メイドとしてハッキリ断言致します! グレイ坊っちゃまの可能性は無限大です!」


 絶壁の胸を張りながらここまで断言されると、俺も応えない訳にはいかないよね。


「明日からはイゴウルに装備の依頼を出した後、ダンジョンに篭るぞ。主に戦うのはシルフェと朱厭だ。攻略するまで厳しくいくつもりだから、しっかりと準備を整えておけよ」

「はいっ! 早く攻略し過ぎて、逆に驚かせてみせますよ」

「その意気だ」


 今回の目的は、俺達の新しい装備が完成するまでパワーレベリングを行う事だった。

 主に妲己を中心にレベル差を縮めたいと考えてる。


 俺はサイズ調整機能付きの軽鎧。朱厭には神爪の発動を高める爪。妲己は魔力を流せる鉄扇と、防御壁を張れるアクセサリー。


 そしてシルフェには反魔武器以外の槍と鎧を作って貰う。


 反魔アンチマジック武具は確かに強力だが、物理が強い敵に対して有効的じゃない。


 更には自分の魔力を封じられてしまうデメリットを、ここらで解消しておきたかった。


「あっ……一体何万ルランかかるんだろ……」

「先程言っておりました装備をイゴウル様に作って頂くとなれば、白金貨数枚程だと思いますけど、坊っちゃまは特に気にしなくてよろしいのでは?」

「ちょ、白金貨数枚って数百万ルランってか⁉︎ 気にするだろ!」

「いえ、多分ですが、今回弟子を含めた命を救った件と巫女様から提供される竜王の貢物の一部を見れば、無償でも引き受けて下さると思いますよ」


 何でだろう。俺が貧乏なせいか、こういう時のシルフェは凄く頼もしく見える。


 そんな価格をもし提示されたら、俺なら鉱山で働くか、暗殺者に堕ちる未来しか浮かばない。


 そう言えば緋那ヒナは俺の依頼料を掠め取って、数百万貯めたんでしたね。よし、憎しみは全て彼奴に向けよう。


 きっと今頃彼氏にフラれて、世界の全てを憎んだ修羅が生まれているに違いない。堕ちろ、堕ち続けるがいいさ!


 いつか生まれ変わって再会する事があったら、イケメンな朱厭に一度恋に落ちさせ、どっぷりと浸からせた後にフラせよう。

 その際の指示は念話で出すのだ。


 ーー完璧な作戦プランすぎて、笑いが止まりませんなぁ。


「坊っちゃま、とっても素敵な表情を浮かべているところ申し訳ございませんが、お客様がいらっしゃったみたいですね」


 ピリッと肌がひりつく感じで、シルフェの殺気が迸る。

 火の縄張りの内部に入ってもこれか。人気者は辛いね。


 ーー次の瞬間、黒装束に身を包んだ男達が一斉に俺達を取り囲んだ。俺は呆れながらに問う。


「なぁ、お前達は一体何で同じ竜人の癖に俺に刃向かうんだ? 水の縄張りの仲間がどうなったか、知らない筈がないだろ?」


 俺達は敢えて人気の少ない路地裏に入った。


 先程から複数の視線を感じていたが、正直観察するだけで、手を出してくるとは思ってなかったからだ。


 だって、メリットが無いよね? ざっと鑑定した所レベル的に二十から三十代ばかり。こいつらは後発の部隊だろう。


 先遣隊が惨殺され、指示を出している者が痺れを切らせたのかもな。


「貴方様を拐わなければ、家族が死ぬ」

「俺達だって、必死なんだ」

「こんな事したくない……でも、でも、もうどうしようも無いんだよ!」


 はい、嘘。少なくとも最期の一人以外は絶対に嘘。呼吸音に変動が無さすぎるし、涙を流している割には眼光が鋭い。


 ーー暗殺者の常套手段だ。通じる訳ないだろ馬鹿が。子供相手と侮られてるのかね。


 でも、多分最期の一人は本当だな。今も身体を震わせながら俺を殺す事に躊躇し、拒絶の意を示してる。


 やれやれ。もうそろそろいいか。


「シルフェ、朱厭。彼奴アイツだけ殺すな。他は全て排除しろ」

「畏まりました」

「はいっ!」


 一瞬で俺の影から這い出た真紅の少年は、一瞬で暗殺者の首を捻じ切る。


 続いてシルフェは槍の穂先を次々と敵の心臓部に埋め、そのまま横薙ぎして胴体を裂いた。


 暗殺者の断末魔が響き渡る中、俺は一歩一歩近づくと、唯一ゆいいつ嘘を吐いていなかった男に向かって手を差し伸ばす。


「そろそろ俺も我慢の限界ってやつでさ、首謀者を潰すぞ。ついでに家族を救ってやるから、情報を寄越せ」

「……何で、俺だけ助けるんだ」


 周囲の惨状に怯えつつも、ゆっくりと俺の右手を力強く握り締めた中年の男に告げる。


「お前がずっと視線で助けてくれって訴えていたからだ。辛かったんだろ? あとは任せな。まずは名前を聞かせてくれ」


 俺が笑うと、男は涙を滴らせながら顔を伏せた。握られた手が震えており、心情が伝わってくる。


「……ダズン・イラと申します。本当に俺の家族を助けてくれるんですか?」

「任せな。ただし、お前もついて来い。助けた家族を真っ先に抱き締めてやるまで、心を折るなよ?」 


 ダズンはそのまま地面に崩れ落ちる。俺はその姿を見つめながら、シルフェと朱厭に視線を送った。


 最初にした忠告は無意味だったみたいだな。まずはカティナママンに相談しなきゃなぁ。


 ーー後悔させてやるぞ。水の縄張りの馬鹿王子。

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