317話 金理王と水太子
「金理王さま。ひとつお聞きしても良いですか?」
「あぁ、勿論」
そうは言ったものの、口にしても良いものか悩む。一人目の
金理王さまは飲み終えた茶器の縁を五本の指で持って、所在なさげに揺らしている。
「どうした? ……あぁ、分かったぞ。その顔は
聞きたいと言いながら口を開かない僕の顔を見て、金理王さまはニヤッと口角を上げた。
「君は顔に出やすい。最近、駆け引きや小芝居もするようになったらしいが、君の根本は素直で裏表がない」
「すみません……」
バレているならはっきり言った方が良かった。かえって相手を不快にさせてしまう。
「別に謝ることじゃない。で、
「一人目の
誰から聞いたとは言わない。また金精が怒られてしまう。尤も、情報を勝手に流したという意味では、お叱りは必要かもしれない。けど、それは僕の管理外だ。
「流石に耳が速いな。古い家系に伝わっている話だ」
「その記述が見つかったって聞いたんですけど」
「あぁ、あるぞ。対談記録な。読むか?」
金理王さまは嫌な顔ひとつせず、茶器を適当に投げ出した。自分の机の端に置かれた山積みの書籍へ向かっていく。本の山を雑に崩して、下から二、三番目を取り出した。
「これだ。そこに目印がついているだろう?」
「あ、ありがとうございます」
金精の記録を読んでも良いのか少し躊躇った。まぁ、他ならぬ金理王さまが良いと言うのだから問題ないだろう。
「身共の四、五代前の金理王が
「
「あぁ、礼を欠いたな。大精霊の
驚いた。
理王と大精霊が関わりを持つなんて……。それとも大精霊の中で、玄武伯だけが政治から身を遠ざけているのか?
「珍しいだろ? 大精霊が表舞台に出てくることなど滅多にないからな。まぁ、表舞台とは言っても内々に会ったらしいがな」
内々か。それでも書記官を連れていたから、会話が全て記録されているのだろう。
頁を捲ると日付や天気、当日の衣装まで事細かに記されている。
場所は謁見の間の下。つまり初代精霊の所だ。始祖の精霊も同席したに違いない。
始祖の精霊二人と当時の金理王が混合精について何を話したのか……。
「当時の金理王は
「殲滅!?」
まだ一文字も読んでいないのに、物騒な単語に顔を上げた。金理王さまは軽く肩を竦めて、僕から目を逸らした。
読んでみろという意図を受けて、印の付いた頁を上からなぞる。
…………数行でイラッとした。
………………半分ほどで腹が立ってきた。
……………………全部読む前に深呼吸をした。そうしないと、貴重な記録を破り捨てそうだった。
「面白いだろ?」
金理王さまが嫌味たっぷりに言う。
面白くもなんともない。腹立たしい内容だ。
謀反を起こすかもしれない。
大事な金精達に何をされるか分からない。
だからそうなる前に退治する。
……という曲がり曲がった屁理屈だ。自己中心的すぎて吐き気がする。
「実際は、その対談の前に初代理王と会っているらしい。当時の金理王は混合精の排除を認めてもらうため、初代金理王へ
拒絶されて当然だ。混合精殲滅の
「それでも諦めなくて、今度は大精霊・白虎伯を呼び出したんですね」
混合精の歴史に関する真偽判断を行うための登城依頼、と記述がある。登城命令ではなく、依頼というところに大精霊への配慮が見てとれる……いや、そんなことはどうでも良い。
つらつらとイライラする内容が続いているけど、要するに呼び出しの目的はこうだ。『最初に生まれた
「金理王さま。これは事実なんですか?」
「何が?」
「本当に最初の混合精は人間に作られたんですか?」
人間に作られた精霊。正直複雑だ。それは精霊と言えるのか。
「本当らしいぞ。
そうか。月代の精霊が混合精を好かない理由のひとつがこれか。勿論、跡取りが……とか、家柄が……とか色々な理由はあるかもしれない。でも根本的なところはこれだと思う。
「それで混合精はどうなったんですか?」
「理が改定されていれば、身共はここにはいない」
それはそうか。
「水の星時代からある家系には
「でも、白虎伯が認めたのはそれだけですよね」
『最初の混合精は人間に作られた』と認めてはいる。が、精霊界で生まれた混合精は精霊から生まれたと補足が書かれている。
ある意味では精霊界の混合精の存在が保証されたことになる。これで混合精に手出しができなくなった。
当時の金理王の思惑とは反対に、殲滅しようとした混合精に、大精霊による確固な加護を与えてしまったわけだ。言葉は悪いけど、ざまぁみろ、だ。
「それを切っ掛けに当時の金理王は退位に追い込まれた。周りも混合精反対という連中ばかりではない。何より初代と大精霊からの指示を得られなかったのは痛かったんだろうな」
「何故、そんなに混合精を排除したがるんでしょう」
例え、一人目がそうであっても今は違う。同じ精霊という仲間だ。何故、そんなに煙たがるのか、僕には理解できない。
「怖いんだろ。何事も自分に理解できないものは怖いものさ。それに見た目も悪い。身共はまだ良い方だが、中には奇抜な色合いの者もいるからな」
金理王さまは自分の目を指差して言った。金理王さまの目は濃い灰色と黒だ。明るいところで見ないと違いが分からない。
でも沸ちゃんと滾さんはもっと派手な色だった。ピンクと青、それにクリーム髪の色と合わせると三色が顔に集中している。沸ちゃんは見た目が気持ち悪いと言われたことがあるそうだ。
「それから、まだ公表はしていないが……身共は今回の戦いが終わったら退位するつもりだ」
「は?」
今、退位って言った?
「な、何でですか?」
「登城を渋っている連中は身共をよく思わない者たちだ。身共が退位することを条件にすれば、鑫の直々の説得に応じるだろう」
「鑫さんは何て言ったんですか?」
鑫さんはそれで良いのか。
「鑫とも良く話し合った結果だ。鑫が『即位に力を貸してくれ』と言えば、渋々ながらも力を貸すだろう。特に古い家の連中はな」
金理王さまは僕から書籍を軽く取り上げて、元の山へと戻した。
「君と……金理王として話すのも最後かもしれないな」
金理王さまの感情は読めない。でもその顔は何故か少し明るかった。
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