315話 一人目の混合精
夜が明けた。免との戦いまで十日だ。
宣戦布告されてから、まだ一日も経っていないなんて……昨日は長い一日だった。
今まで宣言されてから戦ったことは一度もない。十日の猶予があっても何を準備すれば良いのか分からない。ベルさまは準備など何もないと言っていたけど、本当にそれで良いのだろうか。
ただ幸いなのは養父上のことだ。霖の義兄上によると、七日あれば概ね元の大きさに戻れるだろうということだった。大気の流れが掴めたので、ここからは速いという。
王館の演習場に停めた竜宮城を拠点に、雨の理力を集めるそうだ。雨伯の再起ともなれば、一族の復活は容易い、と霖の義兄上は言っていた。
一応、客間を用意はさせてもらった。竜宮城はボロボロだ。休む場所すらない。
それでもやはり実家が落ち着くのか、義兄上は親指サイズの養父上を連れて、竜宮城へ戻っていった。
それを見届けて、焱さんも火の王館へ帰っていった。焱さんもやっと休めると思ったら、臨時に召集した要員の訓練をするらしい。焱さんが倒れないか心配だ。
免が来る前に一度、火の王館へ伺って様子を見てこよう。
当然ながら潟は拒絶し、何故か添さんまで同調した。潟が残るというのは予想していたけど、添さんまで帰らないというのは予想外だった。
理由を聞いても、あんたには関係ないでしょ、の一点張りで教えてくれなかった。仕方ないので、あと数日したら、潟と共に退去命令を出そうと思う。
ちなみについさっき知ったことだけど、添さんの父親は、ベルさまの書記官だったそうだ。
ベルさまが即位する直前、王館の半壊に巻き込まれて大怪我を負ったらしい。その後、ベルさまの即位で全員王館から出され、領域に戻ったらしいけど、その傷が原因で長くは生きられなかったらしい。
だから父親を王館の怪我で亡くし、配偶者を王館に盗られたとなれば、添さんの王館嫌いも理解できる。
色々あったとは言え、王館で働いてくれることにもっと感謝すべきかもしれない。泥と汢がいない今、実質的に侍従の仕事も任せてしまっている。
さっきも何故か添さんが僕の服に
自室に入りにくいので執務室へ戻ろうと思って、ふと他の王館の様子が気になった。
ベルさまは準備はないもないと言っている。でも他の王館ではどうなのか。少し気になった。
焱さんはついさっき戻ったばかりだから尋ねるのは変だ。
そう考えたら自然と隣の白い王館へ足が向いた。水流移動すれば良いのだけど、金の王館がどうなっているか分からない以上、徒歩で行った方が確実だ。いきなり出現したら誰かにぶつかるかもしれない。
王館の境で警備の金精と出会った。当然と言えば当然だ。しかもいつもよりも警戒心が強い。ピリピリしている。
「な、何者……っび、淼さまっ失礼致しました!」
「ご苦労様。通っても良いかな?」
二人の警備が顔を見合わせている。
以前はここで、警備の金精を殴ってしまった。今回はそんなことしない。
……と思うけど、ベルさまの悪口を言われたら、自分でも何をするか分からない。
「勿論ですが……えー、そのー」
僕の顔を見て、上から下まで眺め、もう一度顔を見て……持ち物を全てチェックしそうな勢いだ。けれど、決して値踏みするような視線ではない。ただ仕事に忠実であるだけだ。
「あぁ、これね」
「し、失礼しました!」
僕が偽者の可能性もある。徽章ひとつで身分が保証されるのはありがたいけど、これで良いのか少し不安だ。
土の王館では免が石の精霊の皮を被っていた。徽章だって偽造されてもおかしくない。あとで、ベルさまに進言しておこう。
「た、大変失礼しました!
「あぁ、大丈夫。ひとりで行けるよ」
「しかし……」
警備のひとりが僕を止めたそうだった。太子とはいえ、部外者をひとりで
「……と思ったけど、来るの久しぶりだからやっぱり案内してもらえるかな?」
「は! 喜んで!」
目に見えて安心している。
恐らくこれが、非常事態下の正しい心理だと思う。ベルさまのように特に構えず、いつものように過ごすのは難しい。
二人の警備の内、背の高い方が僕の案内をしてくれるらしい。前に立ち先導しつつ、半分後ろを向きながら、斜めに歩いている。交差させた足が絡まりそうだ。
僕に背中を見せることが失礼だとでも思っているのか。それとも怖いのか。
「そういえば、金理王さまも鑫さんも、謁見の間でしか会ったことないけど、今、どこにいるの?」
このままずっと無言で案内されるのは耐えがたい。場を和ませるために話を振った。
「はっ、
流石に境界の警備係が、太子の予定まで把握さているわけはないか。
「ごめんね、気にしないで。金の王館も大変だよね。ご苦労様」
「恐れ入ります。しかし
良かった。
金の王館は
「ただ……」
金精の顔が曇った。
口に出して良いのかという迷いを感じる。
僕に尋ねたいことがありそうだ。
「どうしたの?」
「お聞きになりましたか? 一人目の
僕が促してようやく金精は口を開いた。けれど、今度は答えを聞くことを恐れている。
「
「左様でございます。ご存じですか?」
「いや、聞いてないけど……」
精霊の営みの中で自然に混合精は生まれてくる。
最初の混合精というのは、記録されている最古の混合精という理解の方がいいかもしれない。
「口に出すのも憚られますが、一人目の混合精は……人間に作られた精霊だったそうです」
「作られた!?」
自分の声が白い壁に当たって跳ね返ってきた。耳がキンキンする。思ったよりも大きな声が出ていたらしい。周りに僕たち以外がいなくて幸いだった。
「作られたってどういうこと?」
「昨夜の内に出回った話なのですが……御上が人間の記録を調べていたところ、混合精に関する記述が見つかったらしく、そのような内容が書いてあったようです。私もそれ以上のことは……」
どこの王館でも同じようなことをしている。
でも今の情報で糸が繋がった。
父上に見せてもらった過去の出来事。
後に二代目の水理王になる父上の侍従長。彼は、混合精を嫌っていた。侍従長の時代はまだ人間を知っている精霊も多い。
そして、ほとんどの精霊が人間を嫌っている。混合精が生まれる切っ掛けが、その嫌いな人間だとしたら……。
混合精を退けたいと思うのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます