267話 混凝土合作
「あたしが必死に肉体労働している間、ずいぶんお喋りが弾んでたじゃない?」
垚さんは汗だくだ。口角は上がってあるけど、機嫌が悪そうだ。
「垚さまの仕事が遅いからだよ。僕たちやることがないんだから、お喋りでもしてなければ、瞑想でもしてろって言うのかな? 垚さまがもっと効率よく作業をすれば、待たずに済むんだよ」
竹伯の容赦ない口撃が飛んでいく。これだけズバズバ言われて嫌な感じがしないのはどうしてだろう。
「手際が悪いのは確かよね」
「知識欲はあるけど、肉体派じゃねぇからな」
鑫さんと焱さんが竹伯に便乗している。悪口は良くない。
「うるさいわね! 分かってるわよ。あと少しだから待ってちょうだい。……淼、お水くれる?」
「あ、はい」
周りの圧に押されながらも、垚さんは仕事を進めていく。
容器を覗くと、すでに砂利と砂が入っていた。垚さんから静止の声が掛かるまで、その中へ水を注いだ。
竹伯の作った
「垚さん、それが終われば完成ですよね?」
「そう、ね。あとは、これを、固めて、完成よ」
息が上がっている。手にした
端から見たら、焼菓子の材料でも混ぜているみたいだろう。でも色合いが悪すぎる。
「じゃあ、僕は固める容器を作れば良いわけだ」
竹伯が何かを察したように頷いている。そう言ってまた竹を一本生やすと、潟さんに切らせていた。
さっきよりもかなり太い。潟さんも流石に一振りでは倒せなかったようだ。大剣を何度か振って、ようやく竹を切り倒した。
倒れると本当に竹かと余計に疑ってしまう。両腕を回せばギリギリ指が届くだろうか。節と渋い緑色がなかったら木だと思うかもしれない。
「じゃ、淼さま。暇そうだから、そっち抑えててくれる?」
「分かりました。この辺ですか?」
竹の中間部を抑える。でもそれだけでは全く安定しない。全身で抑えないと意味がないので、失礼して座らせてもらった。
竹伯は端を潟さんに抑えさせて、節毎に切り分け出した。寸断された竹の一部が次々と転がっていく。
「焱さまも暇そうだね。これ、乾燥させてくれるかな?」
「お、おう」
「鑫さまはそれが割れないように、留め輪を付けてくれる?」
「分かったわ」
次々と王太子に指示を出していく竹伯。
皆、つい従ってしまう。
もしここにベルさまがいて、何かを命令されたらそれが絶対だ。でもベルさまに背反するものでなければ、きっと次も言われるまま動いてしまう。
「じゃあ、垚さま。容れ物出来たよ。はやく詰めて」
鑫さんと焱さんが手分けして竹を加工していく。竹伯はそれが終わったところから、垚さんの前に並べていった。
「流石ね。竹伯は理解が速いわ。指示しなくても、ちゃんと」
「速くしてよ」
垚さんの誉め言葉は遮られた。
垚さんは黙って竹の容れ物へドロドロした灰色の物体を流し込んでいく。次の容れ物へ移るときにボタボタと床に流れていくのは、気にしなくて良いのだろうか。
時々、ここが謁見の間だということを忘れそうだ。竹が生えたあとは床が割れているし、砂や水が散らばっている。掃除も手伝った方が良さそうだ。
僕の
「はーい。これで全部ね」
額の汗を拭いながら垚さんが大きな容器を投げ捨てた。全部、注ぎ終えるのと竹の容れ物を使いきるのとが、同時だった。まるで分かっていたかのように数がぴったりだ。
「で、これはどうするのかしら?」
「乾かすのよ。焱、自然に乾燥させるように頼むわ」
垚さんは理術を使おうとしないけど、焱さんはさっきも使っていた。その違いは何なのだろうか。
「はぁ? 火の理力を使っておいて、自然乾燥っていうのかよ」
「じゃあ、いいわよ。自然に乾くのを皆に待ってもらうわ」
「わぁ、それは嫌だね」
まだ明るいけど、ここまで結構な時間がかかっている。
僕もそうだけど、皆それぞれ仕事を抱えている。まして焱さんは火山を監視しているべきだ。早く帰りたいに違いない。
「分かったよ。やりゃーいーんだろ」
「じゃあ、僕は風を送ろうか」
竹伯が十本の指を宙に泳がせた。その姿はちょっと踊っているように見える。竹伯の動きに合わせて、そよそよと心地よい風が吹いてきた。
「僕も乾かしましょうか?」
焱さんと方法は違うけど、僕も乾かすことくらいは出来る。
「水分を飛ばすのはちょっと危ないわね。淼の理力が混ざってしまうかもしれないわ。それにやり過ぎると割れるらしいわ。様子を見てからにしましょ」
「そうですか。焱さんの理力は混ざっても平気なんですか?」
ずっと気になっていたことをこの際だから聞いてみる。垚さんは眉をちょっとだけ跳ねさせてから、すんなり答えてくれた。
「焱の理術は混ざらないわ。素材じゃないからね。ただ、水でも土でも、
「どうしてですか?」
間髪入れずに聞き返した僕を、ちょっと満足そうな目でみている。知りたがり仲間とでも思っているのかもしれない。
「混凝土から理力が検知されなかったからよ」
「なるほど。そういうことですか」
焱さんから声がかかって、垚さんとの会話を止められた。二人で寄ってみると竹が真っ黒に変色していて、中身はすっかり乾いているように見える。
「ちゃんと中まで乾いているでしょうね?」
「何だよ、感謝の一言の前に文句かよ」
垚さんが焱さんを疑っている。焱さんの腕は確かだ。でも、ちょっと失礼して竹の容れ物をひとつ拝借する。
表面はカサカサしていて、大根がすれそうだ。中身はどうだろう。
「……大丈夫みたいですよ、垚さん。中も表面と同じくらいの水分量です。流石だね、焱さん」
焱さんへのフォローも忘れない。この中では焱さんと一番長い付き合いだ。こういう真っ直ぐな誉め言葉に弱いことは承知だ。
現に焱さんは耳まで真っ赤にして、横を向いている。咳払いをしながら、照れているのを誤魔化している。
「竹筒を割れば中身は取り出せるよ」
「じゃあ。皆で割りましょう」
六人で手分けして、竹を割っていく。ひとつひとつが大きいから、割ってから剥がすのも大変だ。
中身はすっかり固まっていて、時々白っぽい粉が舞っていた。
「完成。これが
垚さんが
免との戦闘で使われた混凝土。
自分達で作ると愛着が湧くのだろうか。とても同じ物体だとは思えなかった。
「……丸いですね」
「それは竹筒に入れたからよ。他に感想はないわけ?」
垚さんが額の汗を拭いながらぶつぶついっている。
「で、出来たは良いけどこれどうすんだ?」
「あぁ、壊すのよ」
「はぁ?」
せっかく作ったものをすぐ壊すなんて、どういうことだ。
「何をもって構成され、何をもって破壊されるか。そこまで明らかになって初めて理解したと言えるわよ」
垚さんが捲っていた袖を元へ戻していく。力仕事は終わりのようだ。
「垚の言っていることも分かるけど、どうやって壊すのよ。叩き割るの?」
鑫さんの質問に垚さんは勢いよく首を振った。
「もう肉体労働は勘弁してよ。……塩を使うのよ」
「塩?」
皆の視線が潟さんに集まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます