237話 vs霈
ここまでの攻撃は主に『殴る』だ。理術がどこまで使えるのかという質問は、何だったのか。
義姉上となるべく距離を取る。少し時間を稼いで、次の行動を考えたい。それなのに何も思い付かない内に、義姉上が一気に距離を詰めてきた。地を蹴りながら利き腕を引いている。
「っ!」
咄嗟の判断で体を左に傾けながら屈む。
耳元でヒュッと風が鳴った。
「あら、よく躱したね!」
殴られることなく、何とか義姉上の腕をスルーした。既に何発か受けてしまったので、動きは読めてきた。
読めてきたのに……先回りしたつもりでも、避けるのが精いっぱいだ。情けない。
義姉上は指に金属の武器を装着している。初めて見るタイプだ。そう言ったら、ナックルダスターという武器だと教えてくれた。
打撃を強めるだけでなく、反動で起きる自分への衝撃を軽くすると言う。
「隙あり!」
「うわっ!」
義姉上の動きを追えず、気づいたら腕を捻られた。体勢を崩されて、片方だけ膝が地に着く。
「ナックルは力が入りやすい分、体格の大きな相手でも簡単に捻り上げられるわけ」
「痛たたたたたた」
義姉上の手のひらに指を握りこまれた。ナックルの隙間に指を入れられ、更に捻られる。
痛みに耐えながら反対の手で
「っと!」
「はぁ……はぁ」
義姉上が僕の指を放して飛び下がる。
指一本だけ、されど指一本だ。痛みで額に汗をかいていた。
ナックルの使い方は実戦で教えてくれると言って、受けてみたけど、結構相手にしにくい。剣や槍、槌、刀、弓……色々な戦い方を見てきたつもりだったけど、まだまだだ。
額に張り付いた前髪が気持ち悪い。手を入れて髪を払っていると、そのタイミングでナックルが飛んできた。
「余所見なんかするんじゃない! 怪我するよ!」
「はい、すいません!」
何とかギリギリで避けられた。自分の手で視界を遮ってしまうなんてバカみたいだ。
でもどうしても戦いの緊張感が出ない。
戦ってきたのは敵ばかりだ。義姉上は敵ではない。襲ってはくるけど、命の危機は多分ないだろう。
それに戦闘と言うより、教えを受けている錯覚に陥る。でも講義だと思った時点で
「次、行くよ!
今度は理術だ。義姉上の元に理力が集まるのを感じる。ベルさまや先生ほどではないけど、強力な塊が生まれる。水が集まって形を作り、巨大な
勿論、僕も学んだ理術だ。けど、戦闘では使ったことがない。大荷物のときにひとりで運びきれなくて、鯱に運んでもらったくらいだ。
「行きなさい!」
義姉上の命を受けて、
鯱の動きは速い。でも目で追えないほどではなかった。口を開いて、僕に噛みつこうとする。
距離が縮まるのを待って僕も飛び出した。
「『
口に極太の氷柱を押し込んだ。鯱は突然のことに驚き、ジタバタしている。理術で出来た鯱に感情があるかどうかは不明だけど、少なくとも戸惑いは感じられた。
その隙に鯱の体の下へ潜り込んだ。
「『
使い慣れた理術で応戦する。
鯱の巨体を箱の中に閉じ込めた。箱を外から徐々に縮めていく。鯱の体にぶつかっても構わず小さくし続ける。
次いで鯱の体に仕込んだ氷石を爆発させた。水の箱の中で鯱の体が分散し、箱と一緒に気化させる。
「ふぅ……はぁ。ぅわ!」
休むまもなく、金属が飛んできた。ほとんど勘で避けたせいで激突はしなかったけど、髪を掠めていった。
「本気になれない? 私が相手じゃ不満なわけ?」
義姉上は翔び回っているナックルを回収していた。機嫌が悪そうだ。
「いえ、そう言うわけではないんですが」
「私が真面目にやってるのバカみたいじゃない。何で攻撃してこないの?」
手は抜いていない。これでも一生懸命やっている。でも……。
「その義姉上の
義姉上の動きに付いていくのがやっと、というのもある。でもそれ以上に、潟さんが知らない間に魄を傷つけてしまったら……と思うと、積極的に攻撃する気にはなれない。
「侍従武官……」
義姉上は小さくそう呟いた。ナックルを嵌め直しながら、指を握ったり開いたりしている。
「そっか、そうね。うっかりしてた。さっき『水太子の相手をしろ』って言ってたね」
「どうかしましたか?」
義姉上が攻撃してこない。何やら考え始めてしまった。僕が水太子だと何か問題があっただろうか。
「ねぇ、聞いても良い?」
「何ですか?」
今までのハキハキした様子とは異なる。遠慮気味に前置きをしてから質問をしてきた。
「……今の水理王は何代目?」
義姉上の手首で
「第三十三代目ですよ」
「玄武伯の子?」
知りたいけれど、知るのが怖いという顔をしている。義姉上が心配しているのは、ベルさまのことだろう。瀕死の義姉上を置いて、ベルさまは即位した。義姉上がそうするように願ったから。
その後、どうなったのか。気にならないはずがない。
「お元気ですよ」
「元気?」
義姉上が
「はい。流没闘争も終わりました」
「流没……? あのバカげた争いは終わったの? 三十三代目ってことはあの
矢継ぎ早に質問される。
流没闘争という言い方を知らなかったみたいだ。でも争いは終わった。ベルさまが終わらせた。
まだ不安なこともたくさんあるし、
「ちゃんとひとりで髪結べてる?」
「はい?」
ベルさまは普段髪を結んでいない。背中に流した銀髪はいつも美しい。何年経っても変わらず、見とれてしまうほどだ。
でも過去の映像では確か束ねていた気がする。今より少し短めだった。
「机に足上げたりしてない?」
「し、してないです」
机に足……。執務机に足を上げるベルさまの姿を想像してみた。流石にベルさまと言えど、お行儀が悪かった。
「襟の後ろひとりで直せる?」
答える前に質問を重ねられて答えるのが間に合わない。
僕の中でベルさまの完璧なイメージが崩れそうだ。
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