228話 魂繋への憧れ

「潟さんと一緒に王館で生活すれば良いんじゃないかな?」

 

 すみさんを連れて帰ってしまったのとは違う。あの時は深く考えずに、ただ、困っている精霊を助けてあげられれば良いと思っていた。

 

 なぜ、低位精霊が王館に上がれないのか、その理由を考えなかったせいで、澄さんはベルさまの理力に耐えられなかった。

 

そえるさんも高位精霊なんだよね?」

「わ、私は仲位ヴェルだけど」

 

 仲位ヴェルなら問題ない。

 

 問題はベルさまだ。ベルさまが何て言うか。

 

 すみさんの件と言い、木理王さまの親族の件と言い、ここ最近、ベルさまに注意されてばかりだ。

 

 良かれと思って取った行動が、全て裏目に出ている。こんな王太子ではベルさまもがっかりしているかもしれない。自分が不甲斐ない。 


「雫さま。私どものことをご配慮くださり、嬉しいのですが、御上に聞かなくて宜しいのですか? 公私混同だと仰りそうですが」

 

 潟さんの言う通りだ。今まさしく考えていたことを言い当てられてしまう。 

 

「いや、聞かないとまずいよ。帰ったら説得してみるけど御上の言うことは絶対だ」

 

 理王は絶対。

 それは精霊共通の認識だ。王太子とは全然違う存在だ。

 

「でも、もし御上が良いって言ったら、添さんは王館に来たい?」

 

 添さんに向けて言う。少しだけ腰を屈めた。 

 

「そ、そんな調子の良いこと言って懐柔かいじゅうしようって言うんでしょ!」

 

 少し歩み寄れたと思っていたけど、そんなに簡単に仲良くはなれないか。

 

「んー……添さんを懐柔すると、僕に何か良いことがあるの?」

 

 添さんが何か言おうと口を開いて、音を出さずに閉じてしまった。メリットがあるなら先に教えておいて欲しい。ベルさまを説得する理由ができる。

 

 腰を伸ばすと潟さんから肩を叩かれた。

 

「雫さま。僭越ながら、そえるが王館に上がる理由がありません」

「まぁ、そうなんだけど……」

 

 魂繋したばかりなのに、離れ離れになっているのは可哀想だ。しかも僕が引き裂いたみたいになっている。

 

「もし、御上が駄目だって言ったら、潟さんは住み込みを止めれば良いよ」

 

 勿論、それもベルさまの許可をもらわないといけない。僕たちで勝手に決められる問題ではない。

 

 そもそも伯位アルの潟さんは王館と本体を一瞬で行き来できる。水流移動は伯位アルの特権だ。

 

 それなのにずっと王館に泊まり込んでいたのは、僕の護衛をするために違いない。ベルさまが視察でいないときも、僕が寝ているときもずっと警戒してくれていたはずた。

 

「僕もまだまだ未熟だけど、睡眠が必要なくなったから、その分ちゃんと警戒できると思うんだ」

 

 今度は僕が潟さんの肩に手を置いた。少しでも安心して欲しい。

 

「そうですか。私のいない間にそんなに成長なさったのですね」

 

 潟さんは安心するどころか、少し寂しそうだった。親戚の子どもを見守るおじさ……いや、お兄さんのような顔をしている。

  

「ベルさまに聞いてみないとね。先生のことも報告したいし」

「雫さま、王館に戻るなら塩湖をお使いいただいて構いません。私も同行しますのでご案内いたします」

 

 潟さんは一瞬で顔を切り換えた。さっきまでの柔和で寂しげな様子はどこへいったのか。キリリッとした眉が先生にとても似ていた。 

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 潟さんが塩湖の水を持ち上げた。それを捻って筒状にする。長いトンネルのようだ。高度を下げて僕たちが入りやすいようにしてくれた。

  

「ま、待って! ホントに、せきを返してくれるの?」

 

 トンネルに入る直前、添さんがギリギリで声を掛けてきた。返してって……別に盗ったつもりはない。でも添さんからすれば、盗られたと思うのかもしれない。

 

「出来るだけ一緒にいられるように努力するよ」

 

 添さんにそう答えると、プイッと目を逸らされてしまった。でも口の動きだけでありがとうと言っているのが分かった。

 

 気が強くて、寂しがり屋で、照れ屋で、何より潟さんのことが大好きなんだな。

 

「潟さんのこと、大好きなんだね」

 

 つい思っていたことが口に出てしまった。

 

「そ、そうよ! 何か文句あるの!?」

「ないよ」

 

 潟さんを見ると、困ったように笑っているだけだった。否定しないところを見ると、きっと潟さんも同じ気持ちなのだろう。


 いつか僕にもそう思える精霊ひとが出来るだろうか。魂を繋いでも良いと思える……愛する精霊が……。

 

「し、雫の兄貴! 俺も王館、行きたいっす!」

「え、やだ」

 

 即答してしまった自分に驚きだ。でもベルさまにあんなたちの悪いいたずらを仕掛けられたらたまらない。まぁ、流石に理王にいたずらはする度胸はないと思う……いや、思いたい。

 

 仮にいたずらされたとしても、ベルさまなら、ちょっとやそっとでは手を焼くことはないと思う。でもベルさまに悪さをしたら、ベルさま自身が怒る前に……僕がブチ切れそうだ。

 

「即答でやすか!?」

「誰もあんたなんか相手にしたくないのよ!」

 

 添さんとかちわたさんは冗談だか本気だか分からない様子で言い合っている。

 

「雫さま。放っておきましよう。あれはしばらく終わりません」

 

 とても奥さんに向けた言葉とは思えない。でも潟さんの言う通りになりそうだ。二人がこっちを見ていないうちにサッと水流の中へ入った。

 

 視界いっぱいに水が広がったのは一瞬だった。あっという間に景色が変わった。

 

 見慣れた黒い建物はまさしく水の王館だ。移動が楽なことこの上ない。

 

 雲の移動も慣れてきたけど、この水流移動の方が俄然便利だ。

 

「王館は久しぶりです。御上もお変わりないと良いのですが」

 

 潟さんがキョロキョロしている。移動に僕を巻き込んでいたせいか、僕の部屋の前に出てしまった。僕のイメージが混ざってしまったのかも知れない。


ぬりぬたっていう側仕えが出来たんだ。後で紹介するね」

 

 部屋の中には二人がいるだろう。でも先にベルさまのところへ行った方が良い。

 

「もう側仕えまで……流石です」

 

 何が流石なのか。

 潟さんの感動は無視した。

 

「じゃあ、執務室に移動するから掴まって」

 

 掴まってと言いつつ、僕から潟さんの腕を掴んだ。執務室までの移動なら僕の出番だ。

 

 足下から波に飲まれて、瞬きひとつで移動完了だ。無事、黒い扉の前に立つことが出来た。

 

「もう水流で館内移動までお出来になるのですね。嬉しいのですが、少し寂しいのは何故でしょう」

 

 そんなこと僕に聞かれても困る。

 

「雫、戻ったのか?」

 

 部屋の中からベルさまの声がする。どことなく慌ただしい雰囲気だ。切羽詰まるほどではないけど、いつもと違う声の様子に違和感を覚える。

 

 潟さんと一瞬、顔を見会わせてノックもせずに扉を開けた。

 

「ベ……御上。只今、戻りました」

 

 ベルさまとうっかり呼びそうになって思い止まった。潟さんが一緒の場では控えた方が良いだろう。

 

「あぁ、せきも一緒か。よく戻った。もう体調は良いのか?」

「お気遣い、恐れ入ります。御上のお陰で回復致しました」

 

 ベルさまは潟さんへ向けて労いの言葉を掛けた。潟さんの帰館を心から喜んでいる。それは間違いない。その割には浮かない顔をしている。

 

「何かあったんですか?」

「……面倒なことが二つあってね」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る