220話 理力収納
土理王さまと別れて水の王館へ戻った。垚さんには会えなかったけど、目的は達成できたから良しとしよう。
「ベルさま。戻りまし……っあれ?」
執務室の扉が開かない。指一本分くらい開けたところで何かにぶつかっている。
試しにもう一度やってみる。
ゴンッという手応えがあった。何か質量のあるものに当たっているようだ。
「おかえり、雫。入っておいで」
「え、あ、開かないんですけど」
どうやって入れと言うのか。
「水流移動しておいで」
「あ」
そうだった。もう王館内を自由に移動できるということを忘れていた。
執務室のベルさまの隣をイメージする。うねった波が足を飲み込み、全身を包む。
視界が晴れたときには執務室の中だった。ちゃんとイメージした通り、ベルさまの隣に出られた。
「あ」
「どうした?」
今気づいてしまった。
「水流を使えば、歩いていかなくても土の王館へ行けましたね」
「まぁね。具体的な場所や
やっぱりか。
垚さんはいなかったから、イメージしても移動はできなかっただろう。今回は場所のイメージが必要だ。
土の王館で詳細に思い出せるところは限られている。
あそこのイメージが出来ればすぐに移動できたかもしれない。
「でも垚の側に出られればいいけど、それ以外なら土理に文句を言われるだろうね。やらなくて正解だよ」
「……そうですね」
廊下に水流移動したとして、土理王さまが歩いてきたとしよう。土理王さまに激突する自分を想像してしまった。
今回の徒歩での移動はある意味では正解だったかもしれない。そう自分に言い聞かせた。
「で、
「え、どうしてご存じなんですか?」
質問に質問で返してしまった。ベルさまはふっと軽く笑って、僕の後ろを指差した。
僕の後ろは扉の方だ。先程つっかえていたから、何かあるのは分かっている。
「なっ……何ですか、これは!?」
扉が開かないはずだ。僕の背よりも高い墫が二つ並んで鎮座している。
抱えようとしても絶対持ち上がらない。手を回そうとしても届かないだろう。
「塩だね」
「塩!? これ全部ですか!?」
土理王さまは確か、塩の量が多いから用意する時間欲しいと言ってた。なのに、仕事が速すぎる。
「二墫と伝えたら、大墫で寄越してきたよ。土理のドヤ顔が目に浮かぶようだね」
執務室の床が抜けないか心配になってきた。天井もスレスレだ。どうやって運び入れたのか問いただしてみたい気もする。
「これ、潟さんの所に持って行くんですよね?」
絶対持てない。ベルさまに頼んで、
その前に漕さんに断られそう。
「そうだよ。今の雫なら理力に収納できるよね?」
理力に収納する?
そう言われて考えてみると、ベルさまも焱さんも潟さんもやっていたことがある。
潟さんは一緒に竜宮城へ行った時、ベルさまの
それと焱さんもだ。あれはまだ
一緒に野宿したとき、荷物がやけにまとまっていた。あのときは単に荷造りが上手だと思っていたけど、実は理力にしまっていたというわけだ。
ベルさまは僕の雫を預かっていたときだ。泉の一滴が入った瓶をいつも空間から取り出していた。
あれは空間から取り出したわけではなくて、自分の理力に収納していたというわけか。
「僕にも出来るんですか?」
収納の理術は先生に教わっていない。それに指南書でも読んだ記憶がない。
「さぁ、出来るんじゃない? 知らないけど」
ベルさまの答えは雑だった。
何でも出来るベルさまに聞いたのは間違いだったかもしれない。
「水流移動が出来て、収納が出来ないことはないと思うよ」
水流移動が出来て……ということはやっぱりイメージが大切ということか。
試しに大墫に触れてみる。視覚の情報をブロックするために目を閉じた。
イメージとは言っても、どんなイメージをするか考えていなかった。
ベルさまは収納するときも取り出すときも手を捻っていた。確か竜宮城での潟さんもそうだった。
ベルさまは鍵を回すような感じで。
潟さんはノブを回すような感じで。
それらを合わせてイメージをする。
脳内で鍵を回してノブに手を掛けた。それだけでズズッと質量のあるものが僕の中に引きずり込まれてきた。
その違和感に目を開けると、墫は二つともなくなっていた。
「お見事だね。やれやれ部屋が広くなった」
胸が重い。食べ過ぎみたいな感じだ。
「入ったね。あの量が何事もなく入るということは雫の理力量も相当なものだね」
一息吐くと胸焼けは収まった。自分の体を見ても、特に変わったところはないようだ。
「理力量と収納力が関係しているんですか?」
僕がそう確認すると、ベルさまは小さく頷いた。
「だから理力量が多い
全くその通りだ。それならベルさまの
でも今更そう言っても仕方がない。気を取り直して襟を糺す。これから海豹人の視察の続きと、潟さんのお見舞いに行かなければいけない。
「と、とりあえず行ってきます。……あ、そうだ」
「どうした?」
言い忘れていたことがあった。
「土理王さまが『黄龍の場』へ紹介状を書いて下さるらしくって、あとで届けてくれるそうです」
出掛ける前に思い出して良かった。ベルさまに話が通じていないと、申し訳ないことになりそうだ。
「……黄龍の場? あそこは禁域だ。何のために」
「僕の状態……えーっと世界に好かれている状態を何とかした方が良いって言われて」
自分で自分のことを好かれているっていうのは、すごく
「まぁ……確かに雫は世界に好かれているけど、それほど問題か? わざわざ黄龍の場へ行かなくても」
ベルさまは怪訝そうな顔をしている。あまり僕を行かせたくなさそうだ。
そんなに遠いところなのか。
それともまだ仕事の途中だからか。
「さっき土理王さまと話していたら、お付きの精霊たちが苦しみだして……」
土の王館での出来事をベルさまに話す。ベルさまはますます不機嫌そうな顔になってしまった。
「そういうことか。世界に好かれているどころか溺愛だね。抑えられるなら抑えた方が良い。土理の気遣いに感謝するよ」
ベルさまの言葉とは違い、顔は固いままだった。空気が重くなってしまった。
「じゃ、じゃあ僕、
その空気から逃げるように、勢いよく窓から飛び降りた。
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