104話 師と理王と雫
「
王館に帰って来た。鑫さまに水の王館まで送ってもらい、鑫さま自身は金字塔を連れて一瞬で金の王館へ戻っていった。後日また来ると言っていたから、落ち着いたら来るだろう。
久しぶりに入る執務室には
「水銀が大きな悪さしたという記憶はないが、その気になれば金精にとっても水精にとっても脅威じゃ」
よく無事だったと繰り返す先生は次々と僕にお菓子を差し出してきた。やっとひとつ食べ終えたときには目の前には焼き菓子の山が出来ていた。
「でも
僕は無事だったけど鋺さんはもう還ってこない。この部屋から一緒に出ていったのに……。
「金亡者は罪を償ったんだろう」
淼さまが執務席から声をかけてきた。ソファを薦めたんだけど動こうとしなかったので仕事が忙しいんだろう。
犯した罪と罰のことは鋺さん本人から聞いている。そう伝えると淼さまはゆっくりとまばたきをしてため息をついた。目が疲れているのか手をまぶたに当てている。
「金亡者は傷つけた金精と同数の金精を救わないと死ぬことが出来ないという
そう言いながら冷めたお茶をちょっとだけ雑に啜った。すぐに執務机に目を落とし、書き物をしている。最近はそこまで忙しそうには見えなかったんだけどな。今も書類は数枚程度だと思う。
「最終的には金字塔が金精を回収したそうじゃが、鋺も救い手と見なされたのじゃろう」
先生が静かに語る。月代の金精は数が多いからそれで今回罪を償いきれたのだろう。
「半死半生の内は、例え本体が砕け散っても時間が経てば再生する。金字塔が誕生したのも鋺が死期を悟ったからじゃろうな」
傷ついても死ぬことすら出来ないなんて、それはそれで苦しそうだ。確か、死を迎えていないのは始祖の精霊と鋺さんくらいだとも言っていた。周りの精霊と多くの別れを経験してきたはず。
だから罰なんだろうけど、半死半生という罰には苦しみも悲しみも詰まっている。
「そうだ、先生。始祖の精霊っていうのは何ですか?」
鋺さんが言っていた言葉が気になっていた。先生は茶器を口に付けたままチラッと淼さまを見る。でもそれは一瞬だけで、すぐに僕に視線を移した。
「始祖の精霊とは名前の通り
精霊界を作った?
「その時が来たら詳しく教えるが、少しだけ教えてやろう」
先生の教えるスイッチが完全に入ってしまった。質問したのは僕だし、真面目に聞かなければ。
「始祖の精霊は全部で十二名おる。それぞれの属性に二人ずつと光と闇に一人ずつじゃ」
「光と闇? そんな精霊がいるんですか?」
聞いたことがない。五属性に分かれているとばかり思っていた。いるなら会ってみたいけど僕の質問に先生は首を横に振った。
「今はおらん。光と闇はそれぞれ昼と夜を生み出し理力を使い果たした」
何気なく一日を過ごしているけど、その二人の精霊のおかげで昼夜があるわけだ。なのに全然知らなかった。すごく申し訳ない気がする。
「残り十名の内、五名は初代理王。他の五名は土の
ゴトンッと言う音がして少しビックリしてしまった。淼さまが重厚な
「失礼」
判を押すのに失敗してしまったらしく、紙を一枚小さく折り畳んでゴミ箱に捨ててしまった。淼さまにしては珍しい。
「階級は
「そうじゃ、例外と言えば」
聞かないでおこうと思ったのに、今度は先生から話を振ってきた。突然思い出したというより、話を変えたい雰囲気だ。
「例外の魅力……救済者
先生が腕組みをしてじっと固まっている。王館を出てから帰って来るまで、全部話してある。月代で合金に襲われて、貴燈へ逃げて水銀と戦って、それからまた月代に戻って
「そんな名の精霊は古今東西聞いたことがないの」
鑫さまもそう言ってたし、免自身が
「
僕が辰砂――賢者の石を見たのは、多分煬さんに連れられて噴火で昇っていくときだ。その時から仕組まれていた?
「
先生の言葉に頷く。免は僕の顔を見て美蛇に似ていると言った。ちょっと、いやかなり嬉しくない。
「そこも繋がっておるのか、それとも試されたか……」
「試された?」
「雫が流没闘争終結に一役かっているのは多くの精霊が知っておるからの。美蛇との繋がりを示すことで牽制した可能性もあるが」
ダンッという音がして茶器を落としそうになった。淼さまが判をゆっくりと持ち上げている。そんなに力いっぱい押したら机が壊れるんじゃないだろうか。
「
淼さまが指をひと振りすると水球が現れた。そこから漕さんが飛び出してくる。久しぶりにみた姿にホッとしてしまう。淼さまがいて、先生がいて、漕さんがいて……帰ってきたんだなぁと実感する。
「これとこれを貴燈の水精に届けて、帰りに華龍河に寄って
淼さまが紙を数枚漕さんに渡し、早口でそう告げる。漕さんはこっちには来ず、またすぐに水球に入っていってしまった。ちょっと忙しそうだ。
「雫」
「は、はい」
今度は僕が呼ばれた。慌てて茶器を置いて近寄る。淼さまはさっきまで使っていた判子を持ち上げた。
「今日は疲れているだろうからもう下がって休むと良い。明日、金の王館へお使いを頼んでいいかな。修理を頼みたい」
修理? 判子を見ると持ち手の細工に少しヒビが入っていた。さっき落としたせいか、それとも思い切り押したせいか。
「それとこれも持っていって」
淼さまは返したばかりの水晶刀を机の上にコトリと置いた。
「僕、もしかして水晶刀、壊しましたか?」
背中を嫌な汗が流れていく。まずい。水晶刀って淼さまの私物って言ってなかったっけ? 先生が茶器を置く音がずいぶん遠くの方で聞こえる。
「壊れてはいないよ。それが壊れた時には土理に頼む。刀は修理じゃないけど、まぁ持っていくといい」
淼さまの言っていることがよく分からないけど腰に挿しておくように促されたのでそれに従う。
「その格好をしていけば必要ない気もするがの」
先生ののんびりした声に振り向く。改めて自分の格好を見る。帰ってから着替えていないので、まだ紋章が四つ刺繍された豪華な服のままだ。
「そういえばこの左胸の紋章ってどなたの物ですか?」
着用したままではよく見えなかったので、実は月代の鏡でこっそり見てみたんだけど、結局誰の物かは分からなかった。母上とか淼さまのものなら分かるんだけど。
「あぁ、それはまぁ気にしなくてもいいけどね」
気にしなくてもいいって言われても、理王の紋章だって鋺さんが言ってた気がするんだけどなぁ。
そう言うと淼さまは楽しそうにフッと笑った。なんか嫌な予感がする。
「初代水理王の紋章だよ」
あぁ……聞かなきゃ良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます