94話 金亡者と混合精
「じゃあ、滾が雫に付いていくとして……で、それは誰なのよ? 」
「
ここに来る前に鋺さんには事前に二人の情報は伝えていた。けれど、鋺さんは聞いているのか聞いていないのか分からない。ピクリとも動かなかった。
それを見て沸ちゃんがまた怒っている。何か言おうとしたみたいだけど、滾さんに止められた。
「で、こちらが
僕がそう言い終えると
「金亡者?」
「たぎ……ギルさん?」
ギルと呼んで良いと云われたばかりだ。折角、好意を示してくれたんだから受けなくては失礼だ。
「初代 金理王の妹?」
「え?」
意外な身分が明らかになった。水精所属の滾さんがどうしてそんなこと知ってるのか分からない。けど鋺さん自身が理王の縁者だったとは。納得できるような、出来ないような……。
「あと、第三代 金理王の母親」
……ちょっともう分からなくなってきた。沸ちゃんも知らなかったらしく、ギルさんを不思議そうに見上げている。沸ちゃんの身長で滾さんの顔がちゃんと見えるのかは疑問だ。
「鋺さん?」
鋺さん本人に聞こうと声をかけてもこっちを向いてくれなかった。斧を脇に構えて溶岩付近を見つめている。
「先ほど巨漢が飛び降りた衝撃で
鋺さんはお前のせいだと言わんばかりに滾さんをチラッと見る。滾さんは沸ちゃんの肩に手を置いて背後に回った。隠れてるつもりなんだろうけど、全然出来ていない。むしろ目立っている。
カランカランッと乾いた音を立てて鋺さんの円柱壁が完全に破られた。水晶刀の柄に止まって大人しかった金蚊がもぞもぞと僕の袖の中に戻る。
「おのれ……
声はするけど姿が見えない。低い声だけど妾って言うくらいだから女性なんだろう。鋺さんが一歩踏み出す。
「
汞……さま?
鋺さんの反応が僕の予想と違った。罪はあるけどそれなりの敬意を払っているように見える。
「五月蝿い!
水銀も理王の末裔……ここに来て急に僕の周りで地位や身分の
溶岩から目に見えるほどの蒸気が吹き出していた。空気中に出たことで温度が下がったのか、銀色の液体が漂う。一瞬人型を取りかけるもすぐに銀の魚に変わってしまった。かなり高い位置まで泳いでいった。
もしかして金精は量が少ないと完全に人型を作れないんじゃないだろうか。ここに付いてきた水銀は少ないって鋺さんが言ってたし。
もしくは金精を合金にするために自分の本体を使っているわけだから、そもそも残っている本体の水銀が少ないということも考えられる。
僕は一滴しかないときでも人型になれたけど、そんなことより今はあまり良い状況ではない。再び同じ手で捕まえるのは難しい。噴火口から差し込む光を銀の魚が鏡のように跳ね返している。
「……貴女さまを見ているとかつての私を思い出します。傲慢さを認め、身の程を弁えなさいませ」
かつての鋺さんに何があったのか知る由もない。鋺さんはじっと水銀を見上げている。僕たち三人が鋺さんの後ろに庇われた。首辺りからはぼんやりした色の金髪が僅かに揺れていた。
「ふん。
銅の
会ったことはないけど悪い印象しかない。ただ、そもそもの原因は水銀が金精の皆を取り込んだことだ。水銀は何故そんなことを?
「
金理王さまが混合精?
僕の隣で沸ちゃんと滾さんが顔を見合わせていた。でも戸惑っているのは沸ちゃんだけだ。さっきの鋺さんの話といい、もしかしたら滾さんは金理王さまの情報を知っていたのかもしれない。
「速やかに
恐ろしいことを聞いてしまった。水銀は鑫さまを使って金理王さまを消し、鑫さまを理王に、そして妹の鐐さんを王太子に据える気だ!
……でも何故自分が理王や王太子になろうとは思わないのだろうか。何故こんな回りくどいことをするんだろう。
「妾の邪魔をするなら
「私を取り込めるとお思いですか?」
緊迫した雰囲気が漂う。鋺さんは斧を構えた姿勢は変わらなかったけど、僅かに踵が浮いていた。
「ふん。
もし水銀が人型だったらニタァとした下卑た笑いが見られたかもしれない。ゾクゾクっという気味の悪い何かが背中を走った。
水銀を見上げる。遠くに見えるせいでより小さく見えるけど、そもそも金魚ほどの大きさしかない。たったあれだけの量なのに水精を狂わせることが出来るなんて……。
「狂った水精数名相手にして、無傷ではおられまい? そこの
もしかしたら貴燈山に来たのは間違いだったかも知れない。これじゃあ沸ちゃんと滾さんに迷惑がかかってしまう。
「雫さま、お水を頂けますか?」
「はい?」
鋺さんは僕の方を振り返ることはせず、水銀を見上げたまま場違いな要求をしてきた。請われるままに水球をひとつ作った。水銀に見えないように、腕を下ろしてこっそりと渡す。
「何をするんですか?」
「私の本体を媒介にして硝酸を生成いたします。雫さま、後ろの水精と共になるべく退がってください」
前半は何を言われているかよく分からなかったけど、とりあえず退がっていろってことだけは分かった。鋺さんを残して逃げるのも嫌だけど、鋺さんは水精に強い。今は沸ちゃんと滾さんを守るのが先だ。
沸ちゃんたちを引っ張って走り出す。それに気づいた水銀が叫びながら追いかけてきた。振り返ると水銀は高度を下げていて、鋺さんを通りすぎて待て、止まれと繰り返しながら僕たちを追いかけてくる。
一方、視界の端では鋺さんが冑を取っていた。上を向いて僕の水球を取り込んでいるように見える。その直後、水銀の声に鋺さんの詠唱が重なって響く。
「金の実よ 命じる者は
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