91話 対水銀作戦
「雫さま、お怪我は?」
「だ、大丈夫です。
赤いドロドロの空間に飛び込んで、金精からなんとか逃れた。王館から月代に抜けたみたいにどこかに繋がるのかと思ったけど、周りは赤いままで景色が変わる様子はない。
「私も大事ございません。水銀には強うございます」
良かった。鋺さんも怪我はないみたいだ。鋺さんが冑を脱いで頭蓋骨が露になる。二回目だけどまだちょっと慣れない。でも叫ぶのは避けられた。
「しかし、
銅が水銀に取り込まれて
それだと少し話が変わってくる。鉄の
「今の鐐さまは水銀の
「水銀に操られてる……?」
操られてる精霊を見たことはないけど、あんなにしっかりしているものなのだろうか。自分の意思で動いていたように見える。
「それは違います。半分は鐐さまの意思です。水銀が完全に乗っ取るには相当な量が必要です。全本体を使っても鐐さまおひとりを支配できるかどうか」
水銀の量が多ければ乗っ取ることも可能なのか。
「月代のほとんどの金精が
「じゃあ、僕たちを襲ってきたのは水銀にそう誘導されているってことですか」
「
アルさん、親しげとまではいかなくても嫌悪感は受けなかった。強めの態度は姉である鑫さまを取られるんじゃないかという不安からだった。
あれ……そういえば!
「鑫さまは!? 鑫さまはどうなったんですか?」
「あの方は水銀には不利ですが、幸い本体は王館にございます。ご心配には及びません」
思わず
鋺さんは僕の腕をゆっくり撫でながら落ち着かせようとする。無事だというならひとまずは大丈夫だろう。捕まったとしても鑫さまを慕っている鐐さまのことだ。
いくら水銀に誘導されていてもそんなにひどい目には合わせない……と信じたい。鋺さんの肩から腕を下ろす。
「
本体から切り離す……っていうのは水精に置き換えるとどういうことだろう。僕の泉の水を外へ捨てるってことで良いのかな。
「……ですので王館に戻ることはできません」
「え?」
水精基準で理解を深めていたところで思考を遮られる。鋺さん、今何て?
「僅かですが水銀に入りこまれました。今王館に戻れば付いてきてしまいます。そうなると鑫さまの本体が狙われます」
この空間に水銀がいる? もしかして僕たちを狙っているんだろうか。キョロキョロしだした僕に鋺さんはご心配なくと続けた。
「この空間は私の許可なく動き回ることはできません。しかし開けた瞬間に動き出します。ここを開けたら即座に処理しなければなりません」
それって安心して良いのかな。迂闊に外に出られない。
「水銀の狙いが何なのか、ハッキリとは分かりません。鑫さまに取って変わるつもりか、それとも月代の支配権を狙っているのか」
「鋺さんはどうしてアルさん達が
隣にいた鑫さまだって気づかなかったのに、鋺さんは途中で少し違和感を訴えていた。
「以前の鐐さまは、今と変わらず鑫さまを慕ってはいましたが、当代理王を
「確かに
驚いて鋺さんの顔を見返してしまう。空洞の目がなぜか物悲しさを感じる。
「まして
しかも
金理王さまは時に虐げられるという混合精で季位。理王になる過程でかなり辛い目にあってそうな気がする。
「鑫さまや鐐さまは名門の高位ですが、だからと言って下位出身の精霊を疎んじたり、妬んだりは致しません」
鐐さんは確かに僕が下位でもちゃんと向き合ってくれた。それに確か鉄の
「私もそうですが理王になる方、理王になった方、或いは理王のご家族には敬意を払います」
金亡者は理王関係者には敬意を払う。これは淼さまも言っていたことだ。
「それと他の金精方も雫さまの装いをご覧になって、あの反応はおかしいのです。
月代での話だと僕の服に刺繍された紋章は四つだ。背中と左胸、それに両腕にひとつずつ。
「
「今はそれよりも水銀を引き離さなくてはなりません」
タイミングを逸してしまった。鋺さんは意外によく喋る。鑫さまや鐐さんがいたときは必要以上に話さない印象だったけど、実はおしゃべりなんだろうか。
この様子だと何か質問しても答えてくれそうだ。後で色々聞いてみよう。今は水銀の方が先だ。
「どうやって引き離すんですか?」
少しだけくっついている水銀をどうやって取り除くんだろう。
「水銀は沸点が他の金属よりも低いのです。それを利用しましょう」
「……フッテン?」
聞きなれない言葉が次々と出てくるので理解が苦しい。
「物質が沸騰する温度のことです。水精の方々の沸点はほとんどが百度ですが、我々金精は種類によって沸点が異なります」
水銀を沸騰させる……でもそんなことしたら金や銀も一緒に蒸発してしまうんじゃないだろうか。鑫さまや鐐さん、他の金精は大丈夫なんだろうか。
「水銀が気体になっても他の金属はまだ蒸発はしません。ですから高温の炎であぶり出して引き離します」
つまり、金や銀を残して水銀だけが蒸発するってことだ。そのあとは?
「そして気体になったところを一気に冷やし、融点以下まで下げて捕らえます。あぁ、融点とは物質が固まる温度のことです」
「えーっと……凍る温度みたいな?」
なるほど。気体になった水銀を冷やして固めれば他の金属と分離できる。ちょっと理解できた。
確認のために水精の例えで返す。左様ですと言いながら鋺さんは冑を被り直した。
「そのためには火と水それぞれを扱える者が必要です」
水銀を炙り出すのに必要な火と冷やして固めるのに必要な水だ。
「水は雫さまがいらっしゃるので良いですが、問題は火です。火太子は療養中で動かせません。他の火精に応援を頼むにしても王館勤めの者には声をかけられません」
王館に応援を呼びに行ったら鑫さまの本体が狙われる。それは駄目だ。
それに水精は僕がいるって言っても不安だ。気体になった金属を冷やすだけの冷水を扱えるだろうか。
正直自信がない。出来れば水精の応援もほしい。でも僕の知り合いなんてタカが知れている。淼さまは王館だから駄目だし、母上か、あとは……。
あっ!
「それって……火と水、どっちを扱えても良いってことですよね?」
「はい?」
鋺さんが小首を傾げたせいで冑が軋んだ音がした。
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