67話 魄失との対峙
声が響いて耳が痛む。
「
焱さんが
「く、そぉおオおオオおノれェええェ!」
これ……誰の声?
炎に包まれた煬さんの足がみるみる形を変えていく。足から銅が剥がれ、ドロドロと液状になって広がる。やがて形を取り始めると、現れたのは鈍く輝く巨大な黄金虫だった。
……と思ったら人型になりそうで、でもならなくて。顔だけ人型を保ちながらこっちを見た。指先から背中が寒くなって、鳥肌が立った。腕を擦って誤魔化そうとしても落ち着かない。
焱さんは続けて矢を打ち込み黄金虫の動きを止めた。逃れようとしているのか、呻きながら体を小刻みに震わせている。
「そ、もウ少しデ……俺のカらだ、ナっタノに」
煬さんの体を飲み込むつもりだったんだろうか。ジタバタと六本の足を動かしている。当たらないとは思うけど、
「諦めろ、
魄失……対面するのは初めてだ。本体をなくした精霊が理に従わず、眠りも死も拒否した姿だという。
この黄金虫は
「違ウ違う! まマままダ、消えテナい。死ンでナい」
「体ドコ? あぁアあ新シい体あレバ復活……。火山……体モらえル、そ、言わレタのに」
「何?」
魄失は息も絶え絶えに言葉を紡ぎだす。『火山の体を貰える』と聞こえた。
『そう言われた』……誰に?
焱さんも同じ事を感じたらしい。
「おい! 誰に何を言われた?」
「嫌ダ……消えタクなイ。こんな
黄金虫はもう半分以上灰になっていた。もう喋れないのか焱さんが何度問いかけても返答はなかった。
「くそ、早まったか……」
焱さんは忌々しそうに呟きながら灰を蹴り、弓を収めた。灰が舞って外へと流れていく。
その間に僕は、そっと
「足……いつから気づいてた?」
煬さんが沸ちゃんの肩を借りながら、やっとのことで立ち上がった。
「俺のこと蹴った時から違和感はあった」
至近距離から反動も助走もなしで、壁に叩きつけられるほどの蹴力があるのか疑問だったと焱さんは言う。足に別の意思と力があるように感じたそうだ。
「俺の足を折った時もそうだ。銅の足で踏みつけて、力をこめればそのまま折れるものをわざわざ杖で折った。まるで足の力を制御するようにな」
しかも治しやすいようにきれいに折りやがったと言いつつ、焱さんは僕と
「お前、嘘ついたとき目だけで笑うんだよ」
「は?」
失礼だけど煬さんの間の抜けた声を初めて聞いた。普段より高い声だ。
「それで確信した。案外自分では気づかないもんだろ? 俺は昔から『仲間に弱い』んでね。結構お前の癖も知ってるつもりだぞ」
「そうかよ……」
「鉱毒は抜けた。荒れた
焱さんが見下ろしながら軽い調子でどうするかと声をかけた。
「俺に連行されるか? それともひとりで出頭するか?」
まるで食後の飲み物を問うような口ぶりだ。確かに煬さんは連行しなくても、逃げないだろう。好きな方を選べと言う焱さんに、
「叔父さまはどんな罰を受けるのですか?」
沸ちゃんが煬さんを気づかいながら焱さんを見上げている。その三人の間を灰が漂ってきた。灰の山で
「甥姪が事実上の人質だったことは考慮されるだろうが……」
焱さんが口を閉ざしてしまった。言葉を選んでいるようだけど、どう言おうとあまり良くない結果なのだろう。
「罪の重さは変わらない。俺は
「
煬さんは足を叩きながら、どこか他人事のように呟いた。自嘲気味た笑みを浮かべている。この十年の間にお兄さんを殺されてその子供たちが質にとられて、自分は体の一部を制御される……。
一体、どんな気持ちで精霊を襲っていたんだろう。どんな気持ちで日々を過ごしていたんだろう。
「坊主……雫」
煬さんが僕の名を呼んだ。なんか新鮮だ。
「悪かったな、お前の
理力を集め終えたら、例え飲み込まれることになっても、御上に報告と沸ちゃんたちの救済を求めるつもりだったそうだ。
「俺はこいつらを助けられるなら、もっと酷な条件でも飲んだだろう。言い訳するつもりはない。どんな罰でも受ける覚悟だ」
煬さんは僕から目線を外してまっすぐに焱さんを見上げた。帽子で隠していない両目は意思の強さが窺えた。
「罰は……俺が決めることじゃない。御上の審判を待て」
焱さんが話している途中で、
呼び止める
「
温泉に駆け寄ると再び漕さんが跳ねて僕の顔にすり寄ってきて、器用にそのまま肩に乗った。ちょっと熱い。
「ああ、漕が来たのか」
「水理王の
「なるほど、
漕さんと颷さんは仲が悪いらしい。確かに颷さんは比べられるのを嫌がっていたし、水精が嫌いみたいだから仕方ないか。
「で、何のようだ? 水理皇上がまた過保護を発揮か?」
焱さんは煬さんから手を離し、ニヤニヤしながら漕さんに話しかける。漕さんは音も立てずに僕の肩から離れると、焱さんの頭を静かに一回りした。
「な……に?」
「焱さん?」
焱さんの顔色が変わった。何かあったのだろうか? てっきり
「雫、すぐに戻るぞ!
「焱さん、何があったの? 淼さまに何か!?」
焱さんが手早く身支度を整える。僕も煬さん達も何があったのか分からず付いていけない。
「木理王が危篤だ」
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