62話 動き出す
「くっそ!あーっ鬱陶しいっ!」
非常に厄介だ。マグマごと吹っ飛ばしてしまおうか。しかし、そんなことをしたら貴燈山への影響が大きい。下手をすれば山の一角がなくなってしまう。慎重に調整する必要がある。
……これで火の王太子だって言うんだから情けねぇな。
つい自嘲じみてしまう。いずれは火理王の跡を継ぎ、不動の
煬の真意が分からない。煬の足を不自由にしたのは確かに俺だ。
煬の言葉も引っ掛かる。雫をどうする気だ。何が終わるって言うんだ。早く雫のところへ行かなければ。移動の炎は出してみたが、マグマに吸収されて意味をなさなかった。
突然部屋が少し暗くなった。火球で灯りを取ってはいる。しかし、上部に小さく空いた穴から入っていた僅かな光が遮られたようだ。
「
見上げると小さな穴の縁に
「颷、今までどこに……え? いや、忘れてた訳じゃねーって」
いや、忘れてた。でも言えるわけがない。颷は俺を覆っているマグマに近づいてきて、水浴びならぬマグマ浴びを始めた。
「いや、マジだから! 颷、そんなことしてないで雫の様子を見に行ってくれ」
ぐるりと体の向きを変え、首を
「俺? 俺は自分で何とか出来る。雫にここから離れるように伝え……おい何やってんだ?」
颷は俺の前で少しずつサイズを変えてきた。俺が乗れるほどの大きさには足りないが、ある程度大きくなると羽をばたつかせて俺を扇ぎだした。
「ちょ、ぅ、ぶっ」
顔をあげておくと口がカパカパに乾きそうだ。話しかけるのを止めて顔を反らすと、俺の体にまとわりついていたマグマが少しずつ飛ばされ始めた。もちろん全部ではないが、飛ばせないものはその場で冷えて固まり始めている。
颷の意図を読み取って、マグマとも溶岩とも言いがたい塊を自力で壊していく。固められていた手も自由になって動きやすくなった。
「颷! 悪い、助かった! 雫のところへ向かうぞ!」
そう告げると、颷は羽ばたきをしながら縮みを、俺の肩に乗ってきた。移動しようと理力をこめると、後ろでガシャンと金属が倒れたような音がした。
嫌な感じがするのを抑えて振り向くと、温泉を覆っていた銅製の格子がひっくり返っていた。颷の風に煽られて倒れたのだろうが、何本か折れて壊れてしまったようだ。
行かないのか? というように颷が俺の顔を覗き込んできた。行かなければ雫が危ない。だが、これは放っておいてはまずい。体の奥がざわつく。
「颷、頼む。
温泉の湯気が強くなる。辺りに湿気が充満してきた。小さな灯りとりの穴だけでは換気には適さない。
「早く行け! 命令だ!」
本当は俺の命令なんて意味はない。火付役は火理王の命令しか聞かない。聞くかどうかは気分次第だし、
颷はじろりと俺を睨んだように見えたが、肩から飛び立ち上部の穴から出ていった。雫と落ち会ってくれれば良いが、気まぐれの颷のことだ。あのままどこかへ行ってしまう可能性もある。
颷を見届けるとチャプッと水音がした。湯気に視界を遮られてハッキリとは見えないが、温泉の縁に指がかかったのを確認した。
「っ……てぇな、くそ」
足を治す時間があったら良かったが、そんなことを言ったら腹も治りきっていない。それでも次代の火を担う者として負けるわけには行かない。火焔之矢をつがえる。
「いいぜ……来いよ。相手してやる」
温泉の水面がゆっくりゆっくり立ち上がった。
「おいこいつ、煮てやろうぜ」
斜め後ろから嫌な提案が聞こえた。
「おもしれぇ……『
現れた火の壁。水壁の火精版なんだろう。火の壁は目の前に立ちふさがったかと思ったら、温泉めがけて倒れこんできた。
思わずお湯の中に逃げ込む。そのおかげでぶつからなかったけど、続けて火球が温泉に飛び込んできた。すぐに小さくなって消えたけど、その分温度が上がった。
上から……火壁を通して打ちこんでるのか。
火球が次々と打ち込まれ、次第に火傷しそうな温度になってきた。気休めに氷球を作ってみたけど、冷たく感じたのは一瞬だけですぐに溶けてしまう。
少しでも水温の低いところへ行きたくて、足のつかない所まで移動する。僅かに下がった温度にほっとしていると、下方から水の流れを感じた。
どうやらお湯が湧き出している所らしい。時々ボコッという音がする。
そっか、そうだよね。温泉も湧泉だから……僕と一緒だ。温度も成分も違うけど水が湧くって言う点では同じだから、僕の泉もこんな風に湧いてるんだろうな。
そう思った途端、僕の頭に涙湧泉のイメージが流れ込んできた。泉の底の……水が湧き出す場所が映し出される。華龍河の水が大地にろ過された純度の高い水。その水が止めどなく僕の
……出来る。
『真・極大水柱陣』!!
自分の理力を使って涙湧泉の水を呼び出した。お湯の中で叫ぶと口からゴボゴボという音しか聞こえないが、ちゃんと理術は展開している。上に向かって広げた両方の手の平から勢いよく水が飛び出して、あっさり火壁を突き破った。
水柱が全て飛び出すと火壁に空いた穴から空がよく見えた。橙色の火壁と相反する青い色が映えてとても綺麗だ。
太い水柱が細く裂けて、四方八方に広がり落ちる。キラキラと光を反射して輝く水の動きをうっかり見とれてしまいそうだ。温泉の外から複数の悲鳴が聞こえて現実に引き戻される。
それとほぼ同時に火壁が消えて、水面が輝きだした。底を蹴って温泉から上がり、辺りを見渡す。火精が全員倒れていた。
これ……僕がやったんだよね?あ、そんなことより沸ちゃんだ!
呆気にとられている沸ちゃんに駆け寄り岩から外す。沸ちゃんは僕と火精を交互に見ながら口をパクパクさせている。
「い……今の、何?」
「『極大水柱陣』だよ」
沸ちゃんの無事を確認したので、服と荷物を取りに行く。あちこちに横たわっている火精を踏まないようにするのは中々大変だ。
「そうじゃなくて」
「?大きな水の柱を作った後に細く散って、複数の敵に打ち付ける理術だよ」
「そうでもなくてっ!」
服を整えて乾かし、刀を拾い上げる。
「なんで、あんなすごい理術が使えるの?」
「あれは凄くないよ?初級理術なんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます