55話 焱と煬

 さっきまで気づかなかったけど、メルトさんは足を引きずっていた。一歩進むごとコツ、コツと杖をつく音が響いている。

 

「足の調子はどうだ?」

 

 えんさんは知ってたみたいだ。だとすると昔からの怪我なのだろう。

 

「あぁ、大分いいぞ。湯治が効いているな。良かったらお前たちも入って行けよ」

 

 初対面の僕にも温泉を薦めてきた。美蛇との関わりが疑われる精霊だけど、今のところ怪しいところは感じない。それに焱さんの友だちなら、そんなに心配することもないように思う。

 

「いや、今回は友人ではなく、火の太子として来た」

「……分かってる。悪いが一旦座って良いか?」 

 

 歩くのが辛いようだ。メルトさんが杖で足下をひと突きするとドロッと赤いマグマが湧き出した。驚くまもなく冷えて固まり、色っぽい椅子の形を作り出す。

 

「お前らも座れよ」

 

 同じように椅子を二つと円形のテーブルを用意してくれた。恐る恐る触れてみたけどゴツゴツしているだけで熱くはなかった。焱さんが座るのを見て僕も座らせてもらう。

 

「今日来たのはこれだ」

 

 焱さんが小粒の塊を取り出した。目の前にかざしながら、キツめの口調に切り替わった。

 

「流没闘争が終結したのは知っているな? 」

「ああ、少し前に聞いた」

 

 メルトさんは杖に両手を乗せたまま、焱さんの指先を見つめている。

 

「その主犯と思われる美蛇江には、火精との共謀が疑われている。調査に赴いたところ、これが発見された。美蛇江にはないはずの銅。そしてそこに含まれる硫黄……貴燈山ここでは硫黄が出ているはずだ」

 

 焱さんが手にした塊をテーブルに転がした。メルトさんは黙ってそれを見つめている。

  

「つまり、俺が疑われてるわけだ」

 

 直球だ!

 

「そうだ」

 

 焱さんも直球だ。一緒に座らなきゃ良かった。焱さんと煬さんが近くで睨み合っていて、ものすごく圧力を感じる。

 

「違うなら違うと言え」

「違う」

 

 目の前の圧力に耐えられなくて、椅子の上で少し後ずさってしまう。ちゃんと聞きたいのに体が逃げてしまうみたいだ。

 

「証拠を見せてくれ」

「……そんなものない」

 

 僕、必要? いても邪魔な気がしてきた。焱さんの後ろにでも控えていようかと思い、そーっと椅子を立とうとする。その瞬間、焱さんが大きな声を出した。

 

「なら何故お前の硫黄と、ここにないはずの銅が化合しているんだ!」

「……銅は産出しないが、上に少し棄ててある。硫黄はそこで付いたんだろ」

 

 びっくりして動きが止まってしまって、席を立つのに失敗した。ドキドキしながらふと少し熱気を感じて顔を上げる。焱さんから放熱されていた。怒ってる!?

 

「それが美蛇から出たのは何故だ?」

「俺が美蛇に行ったからだろうな」

 

 僕はずっと見ていたはずなのに、焱さんの動きが見えなかった。気づいたときには焱さんがメルトさんの胸ぐらを掴んでいた。

 

「てめぇ……美蛇に手ぇ貸したのか!?」

「はっ。冗談言うなよ」

「なら何しに行った? 火精がわざわざ川に何しに行ったんだよ!」

 

 焱さんがものすごく怒っているようだけど、煬さんはとても冷静だった。僕も慌てて焱さんに近寄って止めようと肩に手をかけた。

 

「焱さん」

「雫は黙ってろ」

 

 はい、ごめんなさい。

 

 慌てて手を引っ込めた。焱さんが恐い。僕が口出しして良いことじゃなかったみたいだ。友だち相手でも追及を緩めない焱さんは、流石王太子と言うべきなんだろうか。

 

「十年ほど前から湯治に来る水精が突然増えた」

 

 メルトさんが胸ぐらを掴まれたまま静かに話し出した。十年ほど前って言うと、僕がびょうさまに拾ってもらった頃だ。

 

「初めは放っておいたが、日増しに増える一方だった。だからどこから来るのか聞いてみた」

「それが美蛇からだったと?」

 

 話し始めた煬さんから、焱さんが手を離した。不自由な足で不安定な姿勢だったんだろう。煬さんは少しよろめきながら椅子に座り直した。

 

「いや、美蛇から来たとは言ってなかったな。華龍かりゅう河だか、霧生きりゅう河だかの支流だと言っていた」

 

 華龍の支流……母上の子達だ。だから多分僕の兄姉だと思う。


「それ以外にも何人かいたようだったが、皆口を揃えて美蛇に襲われたと言ってた」 

 

 美蛇に立ち向かったという兄姉と、巻き込まれてしまった季位ディルの精霊だろうか。

 

「ここは火山だ。大量に水精がいるのは良くない。だから、何が起こっているのか確かめるために、美蛇に乗り込んだ」

「単身でか?」

「いや、兄貴と一緒に」

 

 お兄さんって言うとやっぱり火山なのかな。焱さんの熱気が少し落ち着いて来たように感じる。話を冷静に聞いているようだ。

 

「美蛇は……一応は歓迎するていだった。兄貴は伯位アルだったからな、火精の伯位アルと繋がりが持てて嬉しいとかほざいてたな。……だが」

「だが、なんだ?」

「笑顔で迎えた美蛇の後ろで、精霊がひとり寄生性原虫アメーバに喰われている最中だった……」


 僕も焱さんも言葉が出ない。精霊の魂を喰うという寄生性原虫アメーバ、美蛇は頻繁に使っていたという。

 

「俺たちに見られても全然動じなかった。それどころか、にっこり笑って誘ってきやがった」

「何て言ってきたんだ?」

「『自分と手を組めば理力の融通をする』だと!」


 メルトさんが片手でテーブルを叩いた。作りたての簡単なテーブルは端がボロッと崩れ、足下を転がる。

 

「それで?」

「俺が……俺たちがそんなことを望んでると思うか? 俺たちはこの火山を守れていれば十分だったんだ」

 

 崩れたテーブルの欠片を目で追っていると、欠片の一部が赤く輝きだした。徐々に広がって全体がドロリとしたマグマに変わったと思ったら、足下へ沈んで見えなくなった。

 

「だから、俺たちは水精を庇うことにした」


 ん? どういうことだろう。

 

「美蛇が狙っていたのは本体とその理力だ。そのために魂を寄生性原虫アメーバに喰わせて脱け殻にしていたからな」

 

 ちょっと前に聞いた話だ。話してくれたのは、淼さまだったか、それとも母上だったか。

 

「だから逃げてきた水精をここに隠してしまえば、魂は喰われずに済むし、本体にも簡単には手出しは出来ない。危険だったが、兄貴たちと協力して実行することにした」


 なるほど。美蛇に抵抗して逃げてきた水精を助けていたってことか。メルトさんって、もしかしてちょっといい精霊ひとなんじゃ……。

 

「お前ほどじゃないが、俺も火精にしては長く生きてる方だ。伊達に王館で過ごした訳じゃない。これまでの経験を活かして何とかやって来たさ」

「王館で?」

 

 しまった。思わず声に出てしまった。黙っていようと思ったのに、僕が急に喋ったのでメルトさんは少し驚いた顔をしていた。

 

「あぁ、俺もこいつと一緒に火の王館で働いていたことがあるからな。こいつも王太子候補のひとりだった」

 

 流石、高位精霊。友だちって言うからもっと軽いって……言ったら失礼だけど、そう思っていたのに、元同僚さんだった。しかも王太子候補。気が遠くなりそう。

 

 やっぱり僕だけ場違いだ。次元の違う話をしている気がする。また役に立てそうにないなぁ。

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