55話 焱と煬
さっきまで気づかなかったけど、
「足の調子はどうだ?」
「あぁ、大分いいぞ。湯治が効いているな。良かったらお前たちも入って行けよ」
初対面の僕にも温泉を薦めてきた。美蛇との関わりが疑われる精霊だけど、今のところ怪しいところは感じない。それに焱さんの友だちなら、そんなに心配することもないように思う。
「いや、今回は友人ではなく、火の太子として来た」
「……分かってる。悪いが一旦座って良いか?」
歩くのが辛いようだ。
「お前らも座れよ」
同じように椅子を二つと円形のテーブルを用意してくれた。恐る恐る触れてみたけどゴツゴツしているだけで熱くはなかった。焱さんが座るのを見て僕も座らせてもらう。
「今日来たのはこれだ」
焱さんが小粒の塊を取り出した。目の前にかざしながら、キツめの口調に切り替わった。
「流没闘争が終結したのは知っているな? 」
「ああ、少し前に聞いた」
「その主犯と思われる美蛇江には、火精との共謀が疑われている。調査に赴いたところ、これが発見された。美蛇江にはないはずの銅。そしてそこに含まれる硫黄……
焱さんが手にした塊をテーブルに転がした。
「つまり、俺が疑われてるわけだ」
直球だ!
「そうだ」
焱さんも直球だ。一緒に座らなきゃ良かった。焱さんと煬さんが近くで睨み合っていて、ものすごく圧力を感じる。
「違うなら違うと言え」
「違う」
目の前の圧力に耐えられなくて、椅子の上で少し後ずさってしまう。ちゃんと聞きたいのに体が逃げてしまうみたいだ。
「証拠を見せてくれ」
「……そんなものない」
僕、必要? いても邪魔な気がしてきた。焱さんの後ろにでも控えていようかと思い、そーっと椅子を立とうとする。その瞬間、焱さんが大きな声を出した。
「なら何故お前の硫黄と、ここにないはずの銅が化合しているんだ!」
「……銅は産出しないが、上に少し棄ててある。硫黄はそこで付いたんだろ」
びっくりして動きが止まってしまって、席を立つのに失敗した。ドキドキしながらふと少し熱気を感じて顔を上げる。焱さんから放熱されていた。怒ってる!?
「それが美蛇から出たのは何故だ?」
「俺が美蛇に行ったからだろうな」
僕はずっと見ていたはずなのに、焱さんの動きが見えなかった。気づいたときには焱さんが
「てめぇ……美蛇に手ぇ貸したのか!?」
「はっ。冗談言うなよ」
「なら何しに行った? 火精がわざわざ川に何しに行ったんだよ!」
焱さんがものすごく怒っているようだけど、煬さんはとても冷静だった。僕も慌てて焱さんに近寄って止めようと肩に手をかけた。
「焱さん」
「雫は黙ってろ」
はい、ごめんなさい。
慌てて手を引っ込めた。焱さんが恐い。僕が口出しして良いことじゃなかったみたいだ。友だち相手でも追及を緩めない焱さんは、流石王太子と言うべきなんだろうか。
「十年ほど前から湯治に来る水精が突然増えた」
「初めは放っておいたが、日増しに増える一方だった。だからどこから来るのか聞いてみた」
「それが美蛇からだったと?」
話し始めた煬さんから、焱さんが手を離した。不自由な足で不安定な姿勢だったんだろう。煬さんは少しよろめきながら椅子に座り直した。
「いや、美蛇から来たとは言ってなかったな。
華龍の支流……母上の子達だ。だから多分僕の兄姉だと思う。
「それ以外にも何人かいたようだったが、皆口を揃えて美蛇に襲われたと言ってた」
美蛇に立ち向かったという兄姉と、巻き込まれてしまった
「ここは火山だ。大量に水精がいるのは良くない。だから、何が起こっているのか確かめるために、美蛇に乗り込んだ」
「単身でか?」
「いや、兄貴と一緒に」
お兄さんって言うとやっぱり火山なのかな。焱さんの熱気が少し落ち着いて来たように感じる。話を冷静に聞いているようだ。
「美蛇は……一応は歓迎する
「だが、なんだ?」
「笑顔で迎えた美蛇の後ろで、精霊がひとり
僕も焱さんも言葉が出ない。精霊の魂を喰うという
「俺たちに見られても全然動じなかった。それどころか、にっこり笑って誘ってきやがった」
「何て言ってきたんだ?」
「『自分と手を組めば理力の融通をする』だと!」
「それで?」
「俺が……俺たちがそんなことを望んでると思うか? 俺たちはこの火山を守れていれば十分だったんだ」
崩れたテーブルの欠片を目で追っていると、欠片の一部が赤く輝きだした。徐々に広がって全体がドロリとしたマグマに変わったと思ったら、足下へ沈んで見えなくなった。
「だから、俺たちは水精を庇うことにした」
ん? どういうことだろう。
「美蛇が狙っていたのは本体とその理力だ。そのために魂を
ちょっと前に聞いた話だ。話してくれたのは、淼さまだったか、それとも母上だったか。
「だから逃げてきた水精をここに隠してしまえば、魂は喰われずに済むし、本体にも簡単には手出しは出来ない。危険だったが、兄貴たちと協力して実行することにした」
なるほど。美蛇に抵抗して逃げてきた水精を助けていたってことか。
「お前ほどじゃないが、俺も火精にしては長く生きてる方だ。伊達に王館で過ごした訳じゃない。これまでの経験を活かして何とかやって来たさ」
「王館で?」
しまった。思わず声に出てしまった。黙っていようと思ったのに、僕が急に喋ったので
「あぁ、俺も
流石、高位精霊。友だちって言うからもっと軽いって……言ったら失礼だけど、そう思っていたのに、元同僚さんだった。しかも王太子候補。気が遠くなりそう。
やっぱり僕だけ場違いだ。次元の違う話をしている気がする。また役に立てそうにないなぁ。
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