26話 水拐い

 あれ、僕寝てた? 今日って、出掛けて何日目だっけ? ……やけに揺れるんだけど、なんでだっけ?


「よし、この辺でいいだろう」


 体全体に伝わる振動と、耳元で聞こえた大きな音で覚醒した。少し遅れて鈍痛が襲ってきた。


 目を開けると地面がある。ほこりっぽくて咳き込んでしまった。


「ん? 起きたんじゃないか?」

「あ?」


 まったくよく襲われるなぁ……。頭のどこかで他人事のように考えている僕がいる。兄弟に襲われたのは……昨日かな、今日かな。


 体を起こそうとして動けないことに気づいた。後ろで腕を固定されている。


「なぁ、こいつで良いんだよな?」

「あぁ、間違いない」

「火鼠の衣を来た水精なんて珍しい奴、他にいねぇよ」


 今度は何人だろう。何者かもよく分からない。また僕の知らない兄弟だったりして。


「こんなボロボロの服に価値あんのかぁ」

「火鼠の衣はどんなにボロでも高温で焼けば元に戻るってぇ話だぜ?」


 へぇ、そうなんだ。だからびょうさまは汚しても破いても構わないって言ってたんだ。そういえぱ、淡さんも後で直してやるって言ってた。


 淡さん、心配してるかな。


「おい、武器は取り上げておけよ」

「おぅ、何か持ってんのか?」

「何だこれ? 長いナイフ持ってるぜ、こんなうっすいので切れんのかよ」

「うっ……」


 腰に付けておいた刀を、鞘を残して抜き取られた。そのついでに蹴られた。びょうさまが持たせてくれた刀だ。使わないことを祈るといわれたけど……。使わないって、取られることじゃないと思う。淼さま、ごめんなさい。


 そうだ! またブリザードで……


「詠唱できないように口塞ふさいどけよ」

「そうだな。おい、布かひも持ってねぇ?」

「おぅ、おらよ」


 まずい!


「んーっ、んんっ」

「うるせぇよ!」


 また蹴られた。どうしよう。ピンチばっかりだ! 結局、何人いるのかもよく分からない。もしかして、十人くらいいるんじゃないだろうか。話に耳を傾ける。


「こいつどうする?」

「引き渡すことになってる」

「ただでか? 対価はないのか」


 引き渡す? 誰に?


「まぁ、待てよ。あいつはもう少しで昇格なんだとよ」

「だから?」

「昇格したら季位ディルの水精を何体でも俺らに寄越すって言ってんだ。煮ようが焼こうが、好きにしろってな」

「信用できんのかよ」

「出来るわけねぇだろ。だから渡す前にこいつも煮るか焼くかしてやるんだよ」


 なんか……この展開、昨日今日で味わったばかりのような……


「煮ると焼くの間違いじゃね?」

「はっ、違いねぇ」

「やり過ぎて消すなよ?」

「火精がいつまでも水精に怯えてると思うなよ」

「あぁ、消えるギリギリまでやってやろうぜ」


 まずい。火精だ!

 びょうさまが言っていた奴らだ。水精に恨みをもつ火精……。弱そうな水精を狙ってるって言ってた。僕は本体が少ないから僅かな火の攻撃でも……消えてしまうかもしれない。


「んーっ! んー!」

「うるせぇなぁ」

「『火球ボール』!!」


 やられる!!


 反射的に目を閉じた。

 ドンッという衝撃のあと……


 ……あれ、何も起こらない。肩に当たったはずなんだけど。


 恐る恐る目を開けて肩を見る。当たったところが白くなっている。火鼠の衣が僕を守ってくれたようだ。


「チッ、おい。それ脱がせておけよ!」

「腕縛っちまった、くそっ! おらよ!」

「ぐっ……ぅ」


 蹴られた。三回目だ。外套を中途半端に脱がされた。後ろ手に縛られたところで引っ掛かっている。


「これならいいだろ?」

「まずはどうする? 髪でも燃やしとくか?」

「ひひっいいねぇ、威力上げちまうか?」

「ふ、……炎の気 命じる者は」

「おい、まて! それじゃあ、髪だけじゃすまねぇ、火ダルマんなるぞ!!」

「うるせぇ、俺の姉貴は水精に消されてんだ! これくらいで済むかよ」


 あぁ、流没闘争の犠牲になった火精の家族だ。本格的な恨みがあるのだろう。


 僕はこいつらが思ってるよりも遥かに弱い。普通は消えない程度の攻撃でも僕は……非常にまずい!


「手加減ならこれくらいだよなぁ、坊主? 火の理力 命じる者は ともしの名 火玉を集め 大気を焼かん 『大火球ラージボール』」


 大水球と同じくらいの火の玉だ。僕も大水球が使えれば打ち消せるのに!


 体を丸めて衝撃を覚悟したのに、今度はそれすらなかった。


「何だ、こいつ?」


 何って? 僕が聞きたい。

 あ……れ? 鞘に何か赤い物が付いている。

 体を縮めたせいで腰に残っていた鞘に目が向いた。


 七竈ななかまどこうがいだ! 鞘につけてたの、忘れてた! 確か、七回までは火の攻撃を防いでくれるんだった!


「全然効いてねぇよ!」

「弱いんじゃなかったのか!?」

「くそっ、誰だよ、んなこと言ったのはよ!」


  弱いです! 合ってます!!

 火を防げるのはあと六回だ。その間に口を何とかして詠唱を! そうすれば、僕でも理術で抵抗できる!


「ちくしょう! 俺たちの親父はな、親友だと思っていた水精に傷つけられたんだ!! そのせいで元の半分の力も出せねぇ! 」

「お前も同じようにしてやる! 気の熱よ……」


 この二人は兄弟か。僕にも少し余裕が出てきたのか、客観的に周りを見られるようになった。


「『燃焼バーン』!」

「『火石ロック』!」


 あ、二人同時だ。


「ぐっ……ごほっごっ、ほ」


 火は大丈夫でも衝撃はある。一瞬炎に包まれたあと、まともにお腹に衝撃が来た。咳こんでしまう。


 腰を見ると赤い物体が増えていた。七竈ななかまどの赤い実だ。先ほどまで一つだったのに、今見たら三つある。


 ……なるほど、受けた攻撃の数だけ実がなるんだ。あと四回。その間に口を解放しないと!


「何でこいつ、効かねぇんだ?」

「もっと強いやつでやって良いんじゃねぇの?」

「かもな。なら……『炎爆ボム』」


 ボンッという音が耳元でしたがすぐに消えてしまった。


「全然燃えてねぇよ。焦げてすらいねぇな」 

「うっ……」


 髪を掴まれて上を向かされる。背筋を鍛えるような体勢だ。首を痛めそう。


「気持ちわりぃな」

「ぐっ……ふ」

 

 頭を地面に叩きつけられた。痛いけど氷柱で刺されたほどじゃない。消えてしまう可能性を考えれば、こんなの大したことはない。自分に言い聞かせる。


「持ってる理力が多いんじゃないか」

「いや、あいつの話では、弱いからほどほどにってぇことだ」

「弱い? 『火球』も『燃焼』も『火石』も『炎爆』も全部効かなくてどこが弱いんだよ! あぁ!?」

「俺に言うな!」


 仲間割れ? 僕に意識が向いていない今がチャンスだ!

 顔を地面に擦り付ける。ちょっと顔が痛い。擦りむいたかもしれないけど、それくらい良いや。何とかしてこの布を取りたい。


「くそっ! ちくしょう!! ……『高熱炎焼』《ハイフレイム》!」


 また衝撃が来るかと思ったけど、それはなかった。僕の周りの温度が急激に上がり、ゴゥッという炎に包まれた。

 熱くないけど息が出来ないっ。苦しい!

 七竈ナナカマドを見るとまだ守ってくれている。強い理術でも大丈夫みたいだ。


 七竈ナナカマドこうがいが守ってくれるのは、あと二回。


「っふ……」


 息が出来るようになった。目を瞑って思い切り顔を擦りつける。今度は顔が鈍く痛んだ。切れたかも。でも口に少しでも隙間が出来れば良い。何度も何度も地面に顔を擦り付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る