21話 襲撃
「どうしたのだ?」
火理に声をかけられた。向かいに座る私が不自然に動きを止めたからだろう。
違和感を覚えて瞬時に氷の瓶を取り出す。
パチンッパチパチッ……パンッパチン
瓶が激しく音を立てている。結界が中の雫を守ろうと何かを弾いているようだ。しばらく弾く音がしたがやがて静かになった。
「早速狙われているな。攻撃を受けたか」
「いや、あからさまな攻撃はされていない。これは……奪おうとしている?」
「奪う? 魂をか?」
「いや
瓶を握りしめる。これ以上結界を強くすることはできない。瓶も雫も私の力に耐えられないだろう。
「焱に任せておくがよい」
火理の声もあまり耳に入ってこなかった。
自分で送り出しておいて何だと言われようが構わない。ただただ祈るような気持ちで瓶を額に付けた。
「やっぱ、そうなるよな」
淡さんが腕を組んでうんうんと首を上下に振っている。でもそんな悠長なことしていて良いんだろうか。
「おい! 開けろ!」
「このやろぉ! 母上と兄上を誑かしやがって!」
「出て来い! ゴルァ!」
ドゴンッ、ドンッという恐らく入り口を蹴っているだろう音がする。その音と振動で深夜にも関わらず、目が覚めてしまった。淡さんも起き上がって寝床で胡座をかいている。
「淡さん、ごめんね。僕のせいで」
「なんで雫が謝るんだ? お前のせいじゃないだろ?」
ドンドンという音は相変わらず続いているが、入り口は開きそうにない。
ここの入り口は引き戸だから、もう扉ごと外れても良いと思う。鍵がかかっているとは言え、入り口はびくともしていない。
「水精では開けられないだろうな」
「淡さん?」
淡さんが灯りを付けたので、ニヤニヤしているのが見えた。今日人の悪そうな笑みを見るのは2度目だ。
「入り口に
相変わらず開けろという声は聞こえるし、扉は振動がすごいけど、淡さんに促されてて恐る恐る近づいてみる。
鍵穴に……何か刺さってる?
「
「日中、河に入るとき、淡さんが咥えてたやつ?」
「そうだ、よくわかったな」
淡さんがさらに灯りを付けた。蝋燭なんてあったっけ?
でもおかげでよく見えるようになった。川底とは言っても流石に日中は明るいが、深夜は灯りがないとよく見えない。
「さて、どうするかね」
「朝になって兄上が気づいてくれるのを待とうか……」
流石に夜が明ければ兄上が来てくれるだろう。それまで扉が壊れなければやり過ごせるんだけど。
「んー、持たないだろうな。もってもせいぜい2時間くらいじゃねぇ?」
「どうしよう」
相変わらず蹴り続けているのと、多分さっきから理術で攻撃してきてる。怒声の中に詠唱が聞こえた。
「くそっ……『河の気よ 命じる者は 大河の子 岩をば砕き 場を押し流せ……鉄砲水!』」
ゴーッという地鳴りと少し遅れてジャバンッという水が飛び散る音が聞こえた。
「やったか!?」
「……駄目だ。中から押さえてるんじゃないか?」
「くそ! 卑怯だぞ!」
寝込みを襲おうとしたくせに卑怯も何もあったもんじゃない。
「雫もやり返してみたらどうだ?」
「え?」
いつの間にか淡さんがすぐ近くに立っていた。
「ここは雫の母上の河だ。多分相性はいいだろうから、理力の流れが掴みやすいんじゃないか?」
「でも……」
日中の失敗が思い出された。簡単な
「失敗したら練習すれば良いだけだろ? その為に外に出てきたんだから。まぁ、物は試しでやってみろよ」
「う、うん」
淡さんに言われるまま、深呼吸をする。
初めて理術を使おうとしたときのことを思い出す。部屋をお湯浸しにした時だ。もう同じ失敗はしたくない。
左手を出して水の流れを掴む。
掴む? 掴めた! !
「『気の理力 命じる者は 雫の名 理に基づいて 形をば為さん
(出来た……こんなあっさり)
「やったな! じゃあそれを……『ーーーー』」
淡さんが僕から水球を取って、小声で詠唱している。聞いたことがないのか、理解できないのか、僕の耳には言葉が残らなかった。
「『
ボール? 何かちょっと雰囲気が違うような 気が……と思ったら、水球が明るく輝いている。
「ただの水球のままだと、水除けに弾かれるから、ちょっと細工させてもらったぞ」
どうやったんだろう、きれいだなあ。後で教えてもらおう。
淡さんが大きく振りかぶって球を扉に……投げた!
「ぅあ! ……なんだ水球かよ」
「 はんっ、だせぇ、これが攻撃かよ?」
「理術は使えないと聞いてたが……」
扉にぶつかると思ったのにすり抜けていった。多分、外にいる奴等にぶつかったんだろう。
「『
ドンッという音と共に物凄い振動が伝わってきた。さっき扉を蹴られていたのなんて比じゃないくらいの振動だ。天井がパラパラ言っている。
振動がおさまると静かになった。淡さんが鍵穴から蛟の骨を抜きながら僕に振り返る。また悪い顔をしていた。3度目だ。口角を上げながら扉を開けると、場所を開けて僕に見るように促した。
「あ……」
「一丁上がりぃ」
水精が2人倒れていた。ボロボロだ。服も穴だらけで、見えている部分の皮膚は黒ずんでいる。あと1人は?
「吹っ飛ばされたな」
淡さんが部屋から首だけ出してキョロキョロすると、1人が壁の出っ張りに引っ掛かっているのを見つけた。ぐったりしている。
「まぁ、これだけ騒げば流石に美蛇どのか、華龍どのが来るんじゃないか?」
「ど……どうかな?」
これ、僕が兄上に怒られるんじゃないだろうか……。
「重ね重ね申し訳ありません!!」
「怪我をさせたのでお互い様ということにしておくが、美蛇どの……次はないと思っていただきたい」
「も……もちろんでございます! この身と名に誓いまして! 」
駆けつけた兄上は跪くだけではなく、頭を床に擦り付けている。あの3人はぐったりしたまま治療もしてもらえず、捕縛されていた。
「……恐れながら、もう一度だけ反省する機会を与えてやって下さいませんか。しばらくは自身の川で謹慎とし、私が責任をもって管理いたします! こんな者たちでも私の可愛い弟たちでございます。どうか!」
兄上は頭を擦り付けたまま起き上がらない。母上はお休みなのか現れなかった。
「美蛇どの、この件はお任せする。それより申し訳ないが、我々はこれ以上ここに滞在する気はなくなった。よってこれで失礼したいと思う」
え? と思う間もなく、淡さんに腕を捕まれた。やっぱり淡さん怒っちゃったんだ。ここにいたくないんだろうな。
「いや、それは……いえ、何でもありません。確かにこちらではご不快でしょう。弁明のしようもありませんが、お泊まりはどちらで?」
「案ずるに及ばない。当てがある」
当てって何だろう、と思いながらも話はどんどん進んでいく。淡さんがもうすでに二人分の荷物を掴んでいる。
「えと、淡さん?」
「行くぞ、雫。長居は無用だ」
淡さんから荷物を渡される。兄上が近づいてきた。
「雫、すまない。またお前に嫌な思いをさせてしまった。怖かっただろう? ごめんな」
「いえ、兄上のせいじゃないですし、淡さんが一緒だから怖くはなかったです」
兄上の瞳が揺れている。怒りと悲しみが入り交じった複雑な気持ちが映っていた。
「雫、また帰ってきてくれるか」
「もちろんです、兄上!」
「失礼する」
歩きだした淡さんに遅れないように荷物を背負い直す。
「雫、元気でな」
「はい、兄上も」
兄上から離れる直前、名残惜しそうに頭を撫でられた。どこか遠くでパチンッという音が聞こえた気がした。
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