第18話 友達失格
土曜日。
「あっ、こっちこっち~」
「~~!」
俺は紗子ちゃんと一緒に、近場の大型家電量販店に来ていた。はあはあと少し息を切らしながら紗子ちゃんがこっちに走って来る。可愛い。
「すっ、すみません、生島さん、私、遅れてっ……」
「いいよいいよ~。僕が来たくて早く来たんだから」
集合時間の二〇分前。紗子ちゃんも十分早く来ている。俺は紗子ちゃんの焦る顔が見たくて、いつも早く来てしまっているのかもしれない。
「今日は、すみません、こんな風に、一緒に来てもらって」
「大丈夫大丈夫。僕は逃げないから。紗子ちゃん、まずは息整えよ?」
吸って、吐いて、吸って、吐いて。俺は紗子ちゃんに合わせて深呼吸する。
「すみません生島さん、二回も迷惑かけて」
「いいよいいよ。それに僕も買いたいものあったしね。じゃあ行こうか」
「はい」
俺は紗子ちゃんと店の中を歩き始めた。
「ところで紗子ちゃん、今日は何を買いに来たんだい?」
「えっと、新しいパソコンが欲しくて来ました」
紗子ちゃんが今使っているパソコンはノートパソコンで、それでゲームを作っている。
「今のパソコンのままじゃちょっと動作的に不満な所があって……。生島さんにも宮戸さんにも折角ゲームを作りを手伝ってもらってるので、私も私が出来る限り頑張れたら、と思いました」
「なるほど」
確かに、本来紗子ちゃん一人で作っていたゲームだから、紗子ちゃんから見たら、俺と宮戸を巻き込んでいるように感じるかもしれない。でも、結局は俺が好奇心と下心で紗子ちゃんと宮戸に近づいたのが原因で、紗子ちゃんがそんな風に思うようなことは一切ない。
全部俺が引き起こしたことなのに、その責任の一端を紗子ちゃんにも背負わせてしまっている。胸が痛む。
「あと、いい機会だったんでそろそろパソコンも新しいのが欲しいな、と思った所もあります」
そんな俺の心境を察してか否か、紗子ちゃんがそう言った。照れるように頬を赤く染めて、そそくさと俺の前を歩く。まあ紗子ちゃんにもいいタイミングだったなら、それはそれでいいか。
「じゃあ紗子ちゃんが今日買いたいのはパソコンって訳だね?」
「はい、そうです。本当はAIスピーカーとかメモリとかハードディスクとか買いたかったんですけど、お金が足りるか微妙なのでまたにしようと思います」
「ほうほう。じゃあ僕には気を遣わないで、紗子ちゃんの好きなように見て良いよ。僕は後からついて行くからさ」
「ありがとうございます!」
紗子ちゃんは本当に俺のことを気にせずに、てこてこと歩き出した。そこら中の機械に目を輝かせている。本当に好きなんだなあ、こういうのが。俺は嬉しそうに目移りする紗子ちゃんを見て楽しんでいた。
「……」
パソコンが売ってある階にやって来た。紗子ちゃんは無言でパソコンを睨みつけている。一体ここを何周したのか分からない。
「紗子ちゃん、今回買おうと思ってるパソコンはノートパソコン?」
「はい、一応そうです。本当はデスクトップが良かったんですけど、ノートパソコンにすることにしました」
「デスクトップ?」
なんだそれ。
「あ、はい。生島さん、このパソコンを見て下さい」
紗子ちゃんは右手側のパソコンに手を向けた。
「これはデスクトップパソコンと言って、簡単に言うと固定型のパソコンです。ノートパソコンが持ち運びパソコンなら、こっちは持ち運ばないパソコンですね」
なるほど。
「でも持ち運べないのと持ち運べるのとじゃ、どう考えても持ち運べる方が良いんじゃないかい? デスクトップパソコンにする理由がないんじゃないかい?」
「そうですね、性能に差がないのならそうだと思います。私もあまり詳しいわけではないんですけど、デスクトップパソコンとノートパソコンが同じ値段なら、デスクトップの方がノートパソコンよりも性能が良いです。それにデスクトップはノートパソコンみたいに小型化する必要がないので、USB端子がいっぱいあったりディスプレイを二つ繋げたり出来るんです。それに大きいんで個人での改造も比較的に簡単にできて、やっぱり何より一番魅力的なのは小型化していないので処理能力が速いことですね。一定の場所でしか使わないなら、デスクトップ一択だと思います」
「な、なるほどお……」
何を言っているかほとんど分からない。相変わらず紗子ちゃんは好きなものの話の時だけ滔々と話す。普段でもそういう風に立て板に水な話し方をすればいいのに、どうして出来ないんだろうか。
「あまりよく分からなかったんだけど、とにかく持ち運びはノートパソコンで持ち運ばない時はデスクトップってことだね?」
「はい、その解釈で良いと思います」
好きなものの話が出来て紗子ちゃんは嬉しそうな顔をする。本当に、自分の感情を隠すのが下手な子だ。
「いらっしゃいませ」
「……!?」
紗子ちゃんが俺に長広舌をふるい終えたところで、背後から店員が現れた。これは紗子ちゃんとパソコンの話で盛り上がるパターンだろうか。
「……」
と思ったが、つい先ほどまでの威勢はどうしたものか、紗子ちゃんは店員の死角になるよう、俺の背後に隠れた。途端におとなしくなる。
「何かお探しでしょうか? よろしければ商品の方ご案内させて頂きますがいかがいたしましょうか? 先ほどご覧になっていた商品もおすすめの商品なのですが」
「……」
軽く後ろに視線を向けてみると、紗子ちゃんが怯えたような顔で黙っている。拾ってきた捨て猫みたいだ。
「いやあ、大丈夫です。自分で見るのが好きなんで。申し訳ないですけど、僕らは僕らで商品見ることにしますよ」
「左様でございますか。かしこまりました。ではごゆっくりご覧下さいませ」
俺が適当に返すと、店員は帰って行った。紗子ちゃんはほっとした顔で俺の隣にまた現れた。
「どうしたんだい紗子ちゃん、突然黙って」
「私、突然人から話しかけられるのが少し苦手で……」
俯いて、言う。
「実は電化製品とかも見るの大好きなんですけど、高いの見てるとこういう風に店員さんに話しかけられて、怖くて見られないんです」
「へ、へえ……」
全く感じたことも考えたこともなかった。俺と紗子ちゃんは対照的な部分が多い。こういう人と対峙した時に胸を張って話せない所が、安藤とか山田とかにオタクだ、だとか陰キャだ、だとかキモイ、だとか馬鹿にされるんだろう。そして俺もその一人だった。
「だから服とかを買う時も店員さんが話しかけてくるのが怖くて、試着とかも怖くて言い出せなくて、適当なサイズを買っちゃうことも多々あります……」
どんだけ不便な生活してんだ。
「だから今日も生島さんについてきてもらって……生島さんを利用するようなことしちゃってすみません……!」
ああ。そういうことか。紗子ちゃんは俺をデートに誘うくらいに俺のことを親身に思ってくれてたわけじゃなくて、単純にボディーガード的な要因として連れてきたわけね。途端に心が冷えていく。
なんだろう、このイライラは。
結局俺は紗子ちゃんから信頼されてたわけでも好かれていたわけでもなかったんじゃないだろうか。
「……」
でも、それは俺も同じだった。他人を自分の目的の為に利用して捨てる。それは今まで俺がずっとやってきたことだった。さんざ利用して最後にはそいつを捨てる。ただ自分の目的の為にだけ利用する。
安藤が周りの奴らに「俺たち友達だもんな」だとか「昨日、昂輝ん家泊ってさぁ~」だとか言うたびに感じていたものと同質のそれだった。周囲に、俺たちは友達だ、だとか喧伝することで二人の間に芽生えている友情だとか友愛だとかを躍起になって演出しようとする。結局安藤が友達だもんな、だとか言い立てるのは周囲に誰かいる時だけで、周りに誰もいないときにそんな演技めいたことは言わない。俺もアイツらも、結局は利用して利用されて、捨てて捨てられるだけの関係性だった。
紗子ちゃんもそんな人間なんだろうか。ただ俺を利用するだけ利用したいんだろうか。
「いや、別に気にしてないよ。じゃあ今度服が買いたくなったらまた一緒に行こうね」
もしそうだとしても、俺は何も言えない。俺は何も紗子ちゃんのことを悪く言う資格なんてない。俺自身が散々やって来たことなのだから。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
それに、目の前で目をキラキラさせて嬉しそうな顔をする紗子ちゃんをそんな風に思うのはどう考えても間違っていると、俺自身がそう思った。
俺は紗子ちゃんを信じたい。
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